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レリ・マハーシーヴァ  作者: JING
青いクジラと第0レーン
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9/19

第9話 写真に残った配達車

レリ・マハーシーヴァ オープニングテーマ「まなざしのマントラ」

https://youtu.be/6FmwM8nEabA

 パン屋さんで見かけた人がいる、という先生の言葉に、わたしはペンを握り直す。


 時刻はもう10時を少し過ぎている。


 もう、こんな時間?


 2時間もたったのに、あわてて読み返した紙は全部、まだ机に残っている。


「お母さんが、もう一度お店へきいてくれたの」


「松本、何か買ったんですか」


「帰りに買ってきてと、頼んでいたパンがあったそうよ。店員さんは顔を知っていて、本人に間違いないって」


 先生は電話で聞いた内容をメモから伝えてくれる。


「そのパンは売り切れていて、ほかの棚を見ていたそうなの。そのとき、スマホを出して誰かと電話をしたみたい」


「お母さんに、じゃなくて?」


 ことりがきくと、先生は静かに首を横に振る。


「お母さんの携帯に、その電話は残っていないの。ただ、誰と話したかまでは店員さんも知らないそうよ」


 わたしは紙の空白へ短く『電話』と書く。


「話の途中で、外へ出ていったそうよ」


「駅は、お店の反対側ですよね」


 舞人くんが机に置いた地図を先生がのぞき込み、パン屋さんの入口と、駅の位置を示す。


 パン屋さんは駅へ向かう道の最後の角にあって、普通に帰るなら、そこから駅へ曲がるはずだ。


 でも、松本くんが向かったのは逆だった。


「今来た道を、走って戻っていったって」


 わたしのペンが紙の上で動かなくなる。


 駅に着かなかった理由が、少し形になる。


 連れていかれたところを見た人はいなくて、松本くんは自分で、向きを変えて走っている。


 電話の相手は何を言ったの?


 ことりが矢印の線を手前へ伸ばす。


「じゃあ、最初は帰るつもりだったんだね」


「パンを頼まれてたのも、覚えてたんだ」


 葵の声がいつもより低く聞こえる。


 矢印の横へノートのコピーを置くと、1年の集合時刻と、先にきくという文字が目に入る。


 誰かが松本くんを呼び戻したのかな?


 でも今は、そう決めるための言葉が足りない。


「防犯カメラもあるそうだけど、確認は警察にお願いしてる」


 先生がわたしたちの前でメモを閉じる。


 店員さんの話はそちらにも伝わっているそうだから、わたしたちが、お店へ押しかける必要はない。


 舞人くんは椅子へ座り直し、両手を机に置く。


 わたしはその指のそばへコピーを寄せる。


「何かを、しに戻ったんだね」


 舞人くんは文字を見て、しばらく返事をしない。


 思い出の中では昨日の松本くんがあの校門で笑っていて、わたしは、その顔へ帰ってきてと頼む。


 それから目の前の紙へ視線を戻す。


「何をしに行ったのか、ここから探そう」


 わたしの声に、舞人くんがゆっくりうなずく。


 帰り道を引き返した、その先を見つけなくちゃ。


     *


「この写真、消さなくてよかった」


 ことりが画面の端を指で広げる。


 学校の空き教室にはわたしたち4人がいて、机の上には、松本くんのノートのコピーも並んでる。


 逸見先生は連絡が入り、先に職員室へ戻っている。


 土曜日の教室は椅子を引く音がよく響く。


「クジラを探してた日のやつ?」


「うん、貼り紙をした場所の記録」


 葵が椅子を寄せ、わたしも横からのぞく。


 写真の真ん中にあるのは、クジラの写真と学校の連絡先を貼った、あの日の掲示板だ。


 その右端に、白い車のお尻が写ってる。


「こっちも見て、倉庫のほうで撮った写真」


 ことりはもう1枚を隣に並べる。


 大きく写った赤茶色の道の奥に、同じような白い車が止まっている。


 最初の写真より、後ろの窓がよく見える。


「似てるけど、こういう車って多くない?」


「うん、色だけだと決められない」


 ことりの指が止まった右の赤いランプには、細い白い線が、斜めに2本入っている。


 写真だと電線の映り込みにも見えるけど、2枚とも、同じ場所にあるんだよね。


「……この割れたところ、同じだね」


「うん、割れ目の上に透明なテープがある」


 舞人くんが自分のスマホを取り出し、練習会の集合場所が写った画像を開く。


 部員から送ってもらった画像らしく、そこにも、白い車が小さく見える。


「矢崎さんが、荷物を積んでた車だ」


「後ろ、もっと見える?」


 葵が画面に顔を近づける。


 大きくすると輪郭が四角く崩れ、ランプの線はわからなくなる。


 肝心なところが写ってなくて、画面を横に傾けたくなっちゃうよね。


「これじゃ、同じとは言えないか」


「元の写真、撮った人に送ってもらえないかな」


 ことりが言うと、舞人くんはすぐ入力する。


 わたしは机の写真へ目を戻す。


 あの日は葵のクジラを見つけることしか考えてなくて、荷物を運ぶ車としか思わなかった。


 お返し処の人が、荷物を頼んだ車?


 それとも、たまたま近くに止まってた車?


「このとき、後ろの扉が開いてるね」


 わたしは倉庫の写真の端を指さす。


 扉の内側には細い板があり、その手前に青い台車が見える。


「布をかける、板みたいなのかな」


「りん、あの店で見た?」


 葵の問いに、首を小さく縦に動かす。


 布に触れた指の感触と、逃げ道をふさいだ棚なら忘れられない。


 その奥で見たことは、話せないけど。


「棚とか、仕切りとか……あったから」


「店を作る荷物だったら、運んだ人もいるよね」


 ことりが写真の下に時刻を書き足す。


 舞人くんはわたしの顔を一度だけ見る。


 たぶんわたしと同じで、シーヴァくんのあの言葉を思い出してる。


 看板だけじゃなく、荷物が来た道も。


 シーヴァくんの声が、頭の中でよみがえる。


 道の先にいたのは、普通の人間なの?


「駅のスポーツ店、今日は開いてるよな」


 舞人くんが机から手を離すと、葵がすぐに、その袖をつまむ。


「いきなり本人に詰め寄るのは、なし」


「わかってる。車を見たいだけだ」


「じゃあ、先生に行き先言ってから」


 教室の入口を見つめる舞人くんは、すぐに立つと思ったのに、まだ座ってる。


 スマホの中で回っている送信中の印が消えるまでの、たった数秒さえ、長い。


「松本、あんなに写真嫌がるくせにさ。昨日だけ、顔でも撮っておけばよかった」


 舞人くんの指が画面の端から離れる。


 わたしは返す言葉を探してしまう。


 写真があれば帰ってくるわけじゃない。


 でも、見たいよね、今の顔を。


 葵は袖から手を離して椅子を引く。


「戻ってきたら撮ろう、嫌がる顔ごと」


「それ、たぶん怒るぞ」


「怒るなら、ちゃんと帰ってからにしてもらう」


 舞人くんの口元が、ほんの少し動く。


 すぐ笑顔になるほど、簡単じゃないよね。


 わたしは写真の車を見て、運んでいた人のことを考える。


     *


 職員室の前で逸見先生を待つ。


 1回目の声がドアの音に負けて、わたしはもう一度呼び直す。


 普段なら、ここで葵に頼っちゃうけど。


 今日は、手に持つ写真を渡したい。


「……逸見先生、写真を見てほしいんです」


 先生は立ったままスマホへ目を近づけると、わたしが話す間、口を挟まずに聞いてくれる。


 わたしの説明が車と日付を行ったり来たりする間も、ことりが横から、順番に画面を替えてくれる。


「この2枚の車は、同じように見えます」


「矢崎さんの車かどうかを、知りたいのね」


「はい、でも……まだわからなくて」


 先生は写真の時刻も一緒に見て、学校の連絡先へ送るようにと、教えてくれる。


「話を聞くなら、人のいるお店でね」


「矢崎さんがいたら、どうしますか」


 舞人くんの声は、かたい。


 先生は4人の顔を順に見渡す。


「追いかけたり、車に乗ったりはしないで。見つけた場所を、すぐに知らせてちょうだい」


「……はい」


 わたしは連絡用の画面を開いておく。


 先生が振動する携帯を取り、松本くんの名前を口にする。


 わたしたち以外にも探している人がいるって、それがわかるだけで、息がしやすくなる。


 買い物の人が増えた商店街へ戻ると、わたしたちは、写真と同じ掲示板の前に立つ。


 白い車はもちろんもう止まっていなくて、そこには、小さな植木鉢が2つ置かれてる。


「車って、ここに入ってよかったのかな」


「お店の荷物なら、ときどき入るよ」


 葵が道路の端の小さな札を指さす。


 配送の車は時間を区切って通れるらしく、写真の時刻も、その時間の中に入ってる。


 ただの迷い込んだ車では、なさそうだね。


「あの、すみません……」


 わたしは近くの店の入口で足を止める。


 台所の道具が並ぶ店の奥から、おばさんが手を止めてこちらを見る。


「この車、見たことありますか」


「白い車? 配達なら、いろいろ来るけど」


 写真を見せる高さに迷って、近すぎたかなと下げてみると、今度は見にくそうになる。


 葵が横で、棚の手前へ場所を移してくれる。


 おばさんは眼鏡をかけ、画像を大きくする。


「……その車なら、荷物を取りに来たわね」


 舞人くんがわたしの横に並ぶ。


「先週の金曜日、ですか」


「そうねえ、台車を貸したのは先週だったはず」


 おばさんが指で示した写真の青い部分には、店の名前が、小さな白い字で書いてある。


 わたしたちにはつぶれて読めなかったけど、おばさんには、見慣れた自分の店の字らしい。


「折り畳めるやつ、あそこにあるのと同じ」


 入口の隅の青い台車には、白い字で店名が貼ってある。


 わたしはことりと顔を見合わせる。


 毎日使う人には、こんな写真でもわかるんだね。


「どんな荷物を、運んでたんですか」


「衝立の部品と、白い布だったかしら」


 おばさんはレジの横の帳面を引き寄せる。


 舞人くんの指が、スマホの縁を強く押す。


 わたしの耳にも布という言葉が残って、あの壁は、どこかで買った布なんだと思う。


 お店で値札をつけて売っている、普通の布。


「それ、誰が買ったか……わかりますか」


 最後のほうは、少し声が小さくなる。


 おばさんが帳面から目を上げる。


「どうしたの、何かあった?」


 わたしは松本くんが帰ってないことと、練習会の車に似ていることを、どうにか伝える。


 妖魔や魂のことを言わずに説明すると、口の中がからからになる。


 言えないことが、言いたいことの間に挟まる。


「この車の人を、探してるんです。学校の先生にも、同じ写真を見せてあります」


 舞人くんがわたしの言葉を引き取ってくれる。


「そう……それは心配ね」


 おばさんは帳面をわたしたちへ向けず、代わりに、先生へ電話できるかときく。


 わたしはさっき開いた画面から連絡する。


 改まったおばさんの声を聞きながら、わたしたちは入口の脇で待つ。


 鍋のふたに自分の顔が丸く映ってる。


 ……こんな顔で、さっきまで話してたんだ。


 口に力を入れすぎて、ほとんど一直線だ。


 店に入ってきた人へ、4人で道を空ける。


 待つしかない時間に、靴の先が動いてしまう。


「受け取った人の、名前が残ってたって」


 ことりが、わたしだけに聞こえる声で言う。


 電話を終えたおばさんがこちらへ来て、スマホを返しながら、ゆっくり説明してくれる。


「矢崎さん。駅の近くのお店の人よ」


 ……なんで。


「品物は別の人が頼んで、受け取りはその人」


「……どこへ運んだかも、わかりますか」


「裏の倉庫へ持っていくって、言ってたわね。受け渡しは先週の金曜日で、台車は週明けに返してもらったわ」


 受け渡しの日付も写真と同じ金曜日だ。


 帳面の記録は、先生たちへ渡してくれるそうだ。


 わたしはお礼を言って頭を下げる。


 顔を上げてもまだ店の布が目に入って、棚の上の白い布は、ふわふわして見える。


 あの日も、外からは普通の店に見えたよね。


「りん、行こう」


 葵に手首を軽くつつかれると、その手の温かさに、はっとして顔を向ける。


 取り戻せた手が、今、目の前にある。


 わたしは、手を振るおばさんへもう一度頭を下げてから店を出る。


     *


 駅の近くのスポーツ店は営業している。


 入口にはランニング用の靴が並び、窓に大会の貼り紙がある。


 ほかのお客さんも普通に靴を選んでいる。


 こんな場所に、あの倉庫への道があるの?


「矢崎さん、今日はお休みなんだ」


 名札に店長とある男の人がそう答えると、舞人くんは、そこで一度口を閉じる。


 店長さんは舞人くんを覚えてるみたいで、部活で使う物を、買いに来ることがあるんだね。


「松本くんのことなら、学校にも話したよ」


「車のことを、ききたいんです」


 舞人くんが用意していた写真を差し出す。


 店長さんは、作業用の机へわたしたちを招く。


 入口から見える丸い椅子に、わたしは葵と並んで腰を下ろす。


「この白い車は、店のものですか」


「いや、うちの車は横に名前が入ってる」


 店長さんは窓の外をあごで示す。


 駐車場にある車は横に青い文字が入り、ランプに割れ目もない。


「矢崎さんが使ってる車なら、白ですよね」


「個人の車だね。荷物が多いと乗ってくる」


「後ろのランプ、テープで直してましたか」


 店長さんがそこでわたしたちを見渡すと、その表情は、さっきまでより固くなる。


「……ああ、右のところを割っていたね」


 ことりは、金曜日の写真を指で広げる。


 店長さんはもう一度窓の外を見るけど、そこにあるのは、別の車なのに。


「これ、どこで撮った写真?」


「商店街と、奥の倉庫の近くです」


 わたしは撮った場所を地図で示す。


 店長さんはスマホを出し、誰かへ電話する。


 呼び出しが続いても矢崎さんは出ず、留守番電話に変わってしまう。


 膝に置いた手のひらに汗がにじむ。


 学校からの電話にも、出てないのかな?


 舞人くんは壁の時計を見上げている。


「練習会って、この店でやってるんですか」


 葵が机の上の案内を手に取ると、店長さんは、すぐ首を横に振る。


「店の催しなら、参加する子の保護者にも連絡する」


「じゃあ、この集合案内は?」


 舞人くんが、松本くんのお母さんからの画像を開く。


 矢崎さんの名前と集合時刻が書かれた案内には、店の住所も、小さな字で載っている。


 店長さんはその住所を長く見つめる。


「店を待ち合わせに使うとは、聞いていたけど」


 そこで言葉がいったん止まり、親指だけが、机の角をゆっくりなぞる。


「……こんな案内を出していたのか」


 声がわたしたちへの返事より小さくなる。


 店長さんの困った顔を見ると、何も知らなかった大人が、もう1人増えた気がする。


 子供たちを教えていることは知っていても、この案内は知らないんだ。


 それなら、松本くんにわかるはずないよね。


 よく行くお店で、顔も名前も知ってる人。


 教わったら、速くなったように見える。


「矢崎さん、走るのが速かったんですか」


 わたしの問いに、店長さんは机の後ろを振り返る。


「そうだね、うちの店にも記録が飾ってあるよ」


 机の後ろに飾られた新聞記事の、額に入った古い写真には、若い矢崎さんが立っている。


 ランニング用の服を着て照れた顔をする矢崎さんの横には、順位と記録が書かれてる。


「脚を傷めてからは、教えるほうが多かった」


「最近も、よく走ってましたよね」


 舞人くんの言葉に、店長さんは首をかしげる。


「子供たちと走れるようになったとは聞いたよ」


 その言い方が、わたしの中に引っかかる。


 走れるようになったことを、喜んでる声だ。


 舞人くんは机の下で膝を寄せる。


 お店の人も知らない、何かがある。


 でも、それをここで言えるわけじゃない。


「この写真、先生にも送ってあるんです。車と練習会のこと、話してもらえますか」


 ことりが連絡先を店長さんへ見せる。


「わかった。学校と警察にも伝えるよ。あとは、わたしたちにまかせて」


 わたしが立ってお礼をしても、舞人くんは新聞記事を見ている。


 そこにいる人は怖い顔をしていなくて、勝ってうれしそうな、普通の選手の顔だ。


 知らない怪物の顔よりも、その普通の笑顔から目をそらしたくなる。


レリ・マハーシーヴァ エンディングテーマ「ここにある」

https://youtu.be/RXc36LRIwuI

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