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レリ・マハーシーヴァ  作者: JING
青いクジラと第0レーン
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4/19

第4話 本物のクジラを返して

レリ・マハーシーヴァ オープニングテーマ「まなざしのマントラ」

https://youtu.be/6FmwM8nEabA

 15時過ぎ、店のあった場所へ3人で向かう。


 今度は舞人くんも一緒で、ことりが写真を出す。


 路地の入口からは立て看板がなくなり、昨日開いていた木のドアも、閉じて動かない。


 ノックしても返事は戻らない。


「昨日は、ここだったんだけどな」


 ことりが写真を見比べて、周りを歩く。


 舞人くんと目を合わせ、わたしは建物の角へ行く。


 鉄の搬入口は閉まり、荷物も1つもなく、破れた布の場所には内側から板が当ててある。


 なくなった店の跡だけが目の前に残っている。


「荷物を、どこかへ運んだんだと思う」


「それなら、車が入れる道を見てみよう」


 ことりが見せてくれた掲示板の写真の端には、白い配達車と、台車を押す人が写っている。


 運転席の人の顔は、角度が悪くて見えない。


 荷台には昨日見た箱と似た箱が積んである。


「この赤い土、入口の車輪の跡にもついてた」


 舞人くんが、写真の台車の車輪を指さす。


 そこへ通りかかった案内所のお姉さんが、わたしたちの手元を見て、足を止めてくれる。


「ああ、その車なら、裏の倉庫にも来てるよ」


「どの倉庫か、わかりますか?」


 ことりがきくと、お姉さんは商店街の奥を指す。


「道具を置く建物がいくつか残ってるの。歩けるけど、入口がこっちを向いてないのよね。時計台のある公園を回ると、古い屋根が見えるから」


 お礼を言って、その方向へ目を向ける。


 昨日の写真の奥にも、同じ時計台が写っている。


 ことりは地図を開き、歩く道へ指を添える。


 角を2つ曲がると、赤い土の作業場所が現れる。


 門を2つ行き過ぎたところで、ことりが3つ目の前に立ち止まる。


「時計台から、写真と同じ角度になるのはここだよ」


 わたしたちはそこへ続く車輪の跡をたどる。


 門の中で荷台を開けている白い配達車の右の尾灯に、透明なテープが斜めに走る。


「昨日の車、これだよね」


 ことりは門の外から、車と建物を写真に残す。


 店の看板はないけれど、中からは人の声がちゃんと聞こえてくる。


「こっち側から、今もお客さんが入ってるんだね」


 時計を見ると、もう16時が近づいている。


「わたし、葵のところに戻るね。お母さんが用事に出る間、そばにいるって約束したの」


 ことりが、届いたメッセージを見ながら言う。


 わたしがうなずいて倉庫の入口を写真に撮り、送信すると、ことりも画面を見てうなずく。


「店の人が怖かったら、出てきてから電話してね」


「うん、ありがとう。葵のことお願い」


 ことりの姿が角に消える。


 わたしが倉庫へ向き直ると、舞人くんも周囲を見渡して、そばへ寄ってくる。


「少しよくなったなら、昨日の順番で合ってそうだな」


 わたしは、別のお客さんの伝票の写真と、葵の控えを並べる。


「42で間違いないよ。葵に渡すところを見たから」


「偽物を手放してから、その人の札を破くんだな」


 わたしはうなずき、スマホと葵の控えをしまう。


「何も知らない人の札は、勝手に破いちゃダメだよね」


「葵のだけ見つけたら、すぐに出よう。向こうに人がいたら、あれは使わないから」


 舞人くんは手を開き、軽く握って下ろす。


 わたしのカバンには封筒と鉛筆が入っている。


 練習で能力を使ってしまったら、3時間も待てないんだよね。


 搬入口を少し離れた扉から人が1人出てきて、入れ替わるように、わたしたちは倉庫へ入る。


     *


 お店の中は、昨日とよく似ている。


 背の高い棚と灰色の布が壁を作っているけれど、天井の梁は木ではなく、太い鉄だ。


 床は奥の搬入口へゆるく下り、空の台車には、車輪の前に木片が挟んである。


 荷物を運ぶための場所がお店の横に残ってる。


 入口の右には背の高い白い仕切りがあり、その先を曲がると、出口のドアが見えなくなる。


 カウンターの前には、それぞれ受け取ったばかりの物を持ったお客さんが、5人待っている。


 年配の女の人は小さな花のブローチを持ち、若い男の人は、折りたたんだ財布を開いている。


 店の人が、わたしたちを見て口元を上げる。


「また、お越しになったんですね」


 わたしが封筒を出してカウンターへ置くと、紙の中で青いクジラが転がる。


「これ、葵の物じゃありませんでした」


「受け取ったときには、お喜びでしたが」


 台帳を撫でている男の人の白い手袋から、わたしは目を離さないようにする。


「写真の汚れが、クジラにもついてます」


 貼り紙の写真と、元の写真をスマホで見せる。


 黒い三日月を指すと、隣のお客さんも見る。


 店の人の笑顔が薄くなる。


「お気に召さなかったのなら、後ほど承ります」


「今、お願いします……もう、手放したから」


 台帳の上で、手袋の指がぴたりと止まる。


 舞人くんが半歩前に出て、わたしの横へ並ぶ。


 後ろでブローチの女の人が声を上げる。


「あら、これ、ピンが違うわね」


 振り返って女の人の手元を見ると、花の裏には、まっすぐな新しい金具がついている。


「直してもらったところ、ここが曲がってたのに」


「落とす前の傷とか、裏側を見てください」


 自分でも驚くくらい声が出る。


 5人の視線が集まり、のどがきゅっと縮む。


 それでも、今は目を伏せないようにする。


「写真にないところが、違うかもしれないんです」


 財布の男の人が、内側の小さなタグを引く。


「名前がない、縫ってもらったところに……」


 残る3人もハンカチやペンを裏返す。


「このペンも違うよ。クリップには傷がなかった」


 店の人は台帳を閉じず、札をまとめて外す。


「ほかのお客様を、困らせないでいただけますか」


 6枚の紙が手袋の間でぴらりと揺れる。


 わたしが見つけた42の数字は、店の人が人差し指でなぞるたび、ほかの札にも増えていく。


 見間違いじゃない、6枚とも42になってる!


 わたしは舞人くんの肘に触れ、増えた数字を指さす。


 店の人は札を、腰の後ろの板へ1枚ずつ留める。


 上下に3枚ずつ並んだ札は、切り口だけが不ぞろいだ。


「お返しの手続きは、正しく行わなければね」


 口元が少し裂けて、わたしの膝が震える。


 白い仕切りが動き、入口の通路が狭くなる。


 舞人くんがそこへ空の木箱を差し入れると、床を滑る板が止まり、出口までの道は残る。


「みなさん、そっちへ、入口側へ寄ってください」


 わたしはカウンターの手前を指さす。


 女の人がブローチを置き、最初に動いてくれる。


「こんなのいらないわ。本物を返してほしいのに」


 ほかの4人も受け取った物を台へ置いていく。


 店の人が手を伸ばすと、舞人くんが間へ箱を押す。


 白い仕切りの向こうで女の人が電話をかけ、曲がった通路の奥へ、みんなの姿が隠れていく。


 ドアを開けようとする音と、焦った声が聞こえる。


「開かないの、鍵が……!」


「待っててください。今、こっちを開けます!」


 舞人くんが答え、カウンターの後ろへ目を向ける。


 店の人の長い腕が出口の鍵を握っている。


 わたしは棚の陰へ下がり、葵の控えを出す。


 昨日、目の前で手で破った紙なんだから、番号が同じでも切り口は違うはずだよね。


「舞人くん、紙の形……描くから、見て」


「今からか? おれが、ここ押さえる」


 舞人くんは箱へ体重をかけ、腕時計を見る。


 16時5分の表示がほんの一瞬だけ見える。


 わたしは紙片とメモ帳を棚の一番下へ置き、棚の板に隠れて、後ろから手元が見えないようにする。


「アンク」


 紙の端の細い繊維が1本ずつ見えてくる。


 わたしは鉛筆を握り、2センチほどの形を追う。


 大きくへこんで、短く出て、また小さく下がる。


 茶碗の湯気を描くときとぜんぜん違って、何がどう曲がっているか、目が迷わないんだ。


 でも、手はいつもの速さでしか動かない。


 紙を全部描くんじゃなく、切り口だけを写せばいい。


「あと30秒。こっちも、持ちそうだ」


 舞人くんの声の奥で木がきしんでいる。


 最後のへこみを描いて鉛筆を置くと、メモの上の線は、そこに本物の紙を載せたみたいだ。


 これ、わたしが描いたの?


 驚いてる時間はなくて、紙を舞人くんに渡す。


「この端と、つながるところ……お願い」


 舞人くんが線を見て、壁の札へ目を走らせる。


 わたしも棚の横からぎざぎざの端を見比べる。


 左の上は先が長くて、真ん中は深すぎる。


 右の下の札に短いへこみがぴたりと合う。


「右下、一番下の右!」


 舞人くんが箱を蹴って、横へ走りだす。


 店の人の長い腕が箱を払い飛ばす。


 その間に、舞人くんが札をつかんで引く。


 床へ転がった舞人くんの手から、わたしが札を取る。


 控えの端を寄せると、線がまっすぐつながる。


 わたしは札を両手で持ち、真ん中から破る。


 指の間で薄い紙が軽くほどけ、冷たいものが一瞬通って、すぐに消えていく。


 その直後、紙の繊維が普通の白へ戻る。


 60秒が終わっても絵の線は残っている。


 舞人くんが起き上がり、わたしの肩を引く。


「まだ、あと5枚ある!」


 台帳の向こうで、白い手袋が大きく裂ける。


 棚より高く盛り上がった店の人の肩を見ると、もう人のふりをするつもりはないみたいだ。


 わたしは札のほうへ走り、カウンターの下へ潜る。


 台の上を見上げればブローチも財布も並んでいて、残りの5人は、全部の品物を手放している。


 舞人くんが棚の反対側から、台帳を引っ張る。


 飛び出した長い腕が、舞人くんのほうへ伸びる。


 今なら届く!


 わたしはその隙に残りの札をまとめて取る。


「お客さんに、手を出すな!」


 舞人くんの声に、店の人が怒って振り向く。


 鍵を持つ手がぶつかって輪が床へ落ちると、わたしは足で引き寄せ、仕切りの向こうへ滑らせる。


「鍵です! 足元、見てください!」


 女の人の声が答え、金属の鳴る音がする。


 わたしは5枚の札を1枚ずつ破っていく。


 最後の紙を離すと奥のドアが開く音がして、入ってきた外の明かりが、仕切りの上を照らす。


「みなさん、外へ出て、通りへ行ってください!」


 舞人くんが呼びかけ、足音が離れていく。


 残ったのは、棚の内側にいるわたしたちだけだ。


 真ん中の棚を挟み、店の人が歯を鳴らす。


 舞人くんは逃げながら、搬入口へ体を向ける。


 わたしもその横へ回り、台車の取っ手をつかむ。


「舞人くん、こっち、坂になってる!」


 車輪の木片を蹴ると台車が動き始め、取っ手をつかんだ腕まで、前へ引っ張られる。


 体重をかけて進む向きを棚の間へ変える。


 店の人の脚が、ちょうどその正面へ出てくる。


「手、離せ!」


 舞人くんの声で、わたしは取っ手から転がり出る。


 体を起こす前に、小さな詠唱が聞こえる。


「アヴァターラナ・ダンダー」


 台車の背を、見えない打撃が強く押す。


 低い台が店の人の脚へぶつかり、大きな体が傾く。


 舞人くんが横へ回り、もう一度手を向ける。


 黒い爪が舞人くんの肩の布をかすめる。


 わたしが空き箱を蹴って腕の下へ滑らせると、爪が箱に刺さり、引き抜く動きが少し遅れる。


「アヴァターラナ・ダンダー!」


 低く抑えた声と同時に、前掛けが大きくへこむ。


 店の人の体が搬入口の柱へぶつかる。


 わたしは頭をかばい、揺れる棚から離れる。


 次々に落ちる箱が床で軽い音を立て、その向こうで、黒い体が細く縮んでいく。


 裂けた手袋が落ちて爪の先が見えなくなり、湿った灰みたいな物だけが、床へ広がって残る。


 息を止めて待っても、もう起き上がってこない。


 舞人くんは手を下げず、その場所を見ている。


「……行こう、間宮」


 差し出された反対の手に、わたしも手を伸ばす。


 つかんだ指が同じくらい震えている。


「……こっちも、震えてるよ」


 わたしが言うと、舞人くんの指が握り返してくる。


 わたしたちは荷物を拾い、開いた搬入口へ走る。


 外までの最後の段差も自分の足で越える。


     *


 倉庫の前で、わたしのスマホが震え続ける。


 ことりからの電話を取ると、葵の声が聞こえる。


『りん、体、急に楽になったんだけど!』


 返事をしようとして唇をかみしめるけど、よかった、と言うだけなのに声が出ない。


 隣に来た舞人くんに顔をのぞかれ、わたしは何度もうなずいてから、やっと電話へ答える。


「うん……よかった、本当に、よかった」


『そっちは? ケガとか、してない?』


「外に出てるよ、偽物は、返したから」


 葵が息をつき、電話の向こうでことりが話す。


『指も温かいよ。今、お水を自分で取りに行ってる』


 わたしはしゃがみ込み、膝のすり傷を見下ろす。


 よかった……。


 通りのほうから、さっきのお客さんが呼んでいる。


 店に閉じ込められたと、警察へ知らせてくれたんだ。


 わたしたちは戻り、家族にも電話をかける。


「品物が違ったから、返そうと思ったんです。でも、扉が開かなくなって……鍵を拾って、あの人に渡しました」


 きかれた順番に答えるうちに、さっきまで出しにくかった声が落ち着いてくる。


 店の人がどこへ行ったかは、うまく言えない。


 葵のお母さんも来て、2人の肩へ手を置く。


「無事でよかった。でも、怖いことはすぐ知らせてね」


 わたしは頭を下げ、手のひらを握りしめる。


 助けてくれる大人にまで、話せないことができた。


 葵のお母さんが帰ってわたしの話も終わったころ、ことりから別の写真が送られてくる。


 今度の写真にはらんぷ亭のカウンターが写り、小さな透明袋に、青いクジラが入ってる。


『夜の店員さんが、預かってくれてたって』


 画面の中の尾びれには小さな欠けがある。


『裏の字も、ちゃんと残ってるよ』


 次に届いた写真には、わたしの書いた『また3人で』の文字が、かすれて残っている。


 わたしはスマホを近づけ、やっと笑える。


 本物はこんなところで待っていてくれたんだね。


 ことりとお母さんに付き添われ、葵が受け取ったらしい。


 わたしは落ち着いたら連絡すると伝え、家へ向かう。


 舞人くんとは途中の交差点まで、一緒に歩く。


「あれ、うまかったな……紙の絵」


「普段は、ぜんぜんなんだけどね」


 わたしが答えると舞人くんは軽く笑い、手の中のメモを見て、肩の力を抜く。


 あの60秒で描いた線が、まだくっきり残っている。


 その紙をしまったところで白い服が目に入り、通りの反対側に、シーヴァくんが立っている。


 わたしは横断歩道を渡り、銀色の髪を見上げる。


「どうして、来てくれなかったの」


 シーヴァくんの視線がわたしの膝へ動き、服についた汚れから、顔へゆっくり戻ってくる。


「戻ってこられたね」


 ……それは答えじゃないよ。


 わたしは次の言葉を探し、白い袖から目を離せなくなる。


「……あのお店の人、もう、葵を狙わない?」


「羅刹のたぐいだね。もう店は続けられないだろう」


 らせつ、という響きだけ覚えておく。


 シーヴァくんは舞人くんにも、軽く手を上げる。


 舞人くんは返さず、わたしの隣に立つ。


 スマホの中でまた明るくなった写真では、葵が戻ってきたクジラを持って、ことりと並んで笑ってる。


 目の前の銀髪の男の子まで、信じられたわけじゃない。


レリ・マハーシーヴァ エンディングテーマ「ここにある」

https://youtu.be/RXc36LRIwuI

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