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レリ・マハーシーヴァ  作者: JING
青いクジラと第0レーン
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2/19

第2話 守護者はクラスメイト!?

レリ・マハーシーヴァ オープニングテーマ「まなざしのマントラ」

https://youtu.be/6FmwM8nEabA

 まさかと思って近づくと、青いクジラは尾びれまでそっくりだ。


「これ、あたしのだ!」


 葵の声が弾み、わたしも歩くのが速くなる。


 看板の奥にある木のドアは開け放されていて、わたしたちが入るたびに、入口の小さな鈴が鳴る。


 わたしは最後に入り、ドアの横で足を止める。


 棚の上に並んだ時計やハンカチは、どれも小さくて、落としても気づきにくそうだ。


 明るい外から入ると、奥のほうが見えづらい。


 通路の向こうに背の高い男の人が立つ。


「お帰りなさい。お探しでしたか」


 ……帰ってきたのは、わたしたちじゃないけどね。


 人のいい声なので、わたしは軽く頭を下げる。


 こげ茶の前掛けに白い手袋をした男の人が、看板にかかっていたクジラを取ってくる。


「こちらで、お間違いないですか」


「はい、それです! 青いクジラのキーホルダー」


 葵が両手を出して途中で引っ込めるのは、まだ渡されていないのを思い出したからみたいだ。


 男の人はカウンターへ厚い台帳を開き、横に置いた紙から『42』の札をつまむ。


「では、お返しの記録を残します」


 札には細い縦線がいくつか入っている。


 男の人は札の端をつまみ、ミシン目もない紙を、迷いのない指の動きでゆっくりちぎる。


 残りの札を台帳へ留め、細い紙片を差し出す。


「受け取りの控えです。なくさないように」


 葵がスマホの透明ケースへ挟むと、数字の一部と、ぎざぎざの切り口が透けて見える。


 落とし物にもこういう手続きがあるんだね。


 男の人から青いクジラを手に載せてもらった葵が、両手で包み、すぐにわたしたちへ見せる。


「ほら、ちゃんと帰ってきた!」


「よかったね。今度は金具を替えよう」


 ことりが笑うと、葵が何度もうなずく。


 わたしも葵の手の上のクジラに触れ、驚いて指を引っ込める。


 冷蔵庫に入っていたみたいに、冷たい。


 手の中に置いていたら、そのうち温まるかな?


「どこで拾ってくれたんですか?」


 ことりの質問に、店の人の手が台帳の上で止まる。


「届けてくださった方は、もうお帰りでして」


「そっか、お礼を言いたかったんですけど」


 葵が残念そうに言い、クジラを握る。


 棚の奥で何かが床を引きずる音がする。


 わたしが通路の先を見ると、床まで垂れた灰色の布が揺れている。


 先だけ出て止まった台車の車輪には、赤っぽい土がこびりついている。


「荷物が多くて、失礼しました」


 男の人は体をずらして通路を隠すと、足元にあった箱も、器用に脇へ寄せる。


 お客さんの通り道はきちんと空いている。


 わたしたちがお礼を言って明るい通りへ出ると、来たときと同じように、入口の鈴が鳴る。


 背中から声が追ってきて、葵が振り返る。


「また、なくしたらお越しください」


 そこは、なくさないでね、じゃないのかな?


 首をかしげて葵の手元を見ると、青いクジラはまだ、その両手に包まれている。


「今度は、なくさない」


 葵がきっぱり言って、わたしたちも笑う。


 橋へ続く歩道を並んで3分ほど進んだところで、葵が急に口を閉じる。


 いつもより足が遅いので、わたしも止まる。


「葵? どうしたの?」


「なんか、寒い……お店の中から、ずっと」


 葵は白い顔のまま腕をさする。


 ことりが歩道の脇のベンチを指さし、2人で葵を挟んで、ゆっくりそこへ連れていく。


 手をつなぐと、さっきと温度がぜんぜん違う。


「おなかも痛い? 息、苦しくない?」


「痛くないけど、変なんだよ……手が」


 葵の指が、クジラを離さず震えている。


 ことりが葵のスマホで家へ電話をかける。


 ベンチの隣に下ろしたカバンのすぐ下へ、座って丸くなったわたしの影が伸びている。


 隣の葵にも同じ向きの影がある。


 でも、右半分が妙に薄い。


 地面の白い線が、そこだけ透けて見えてる。


 わたしはベンチに座り直して、自分の体で葵の足元の光を遮ってみる。


 やっぱり葵の足元だけ色が戻らない。


 影って、こんなふうになるものなの?


「お母さん、すぐ迎えに来てくれるって」


 ことりがしゃがみ、葵の顔をのぞく。


 葵がうなずこうとして肩ごと揺れるのを、わたしは片手を添えて、そのまま支える。


 車が来るまでの時間が、ずっと長く感じる。


 葵のお母さんが駆け寄り、額に手を当てる。


 ことりが、寒がり始めた場所から説明する。


 葵のお母さんはことりに連絡先も教えてくれる。


「病院へ寄るから、また連絡するね」


 葵の荷物を載せ、わたしは車のドアを押さえる。


 席に座った葵が、笑おうとする。


「せっかく、見つけてくれたのに、ごめん」


「謝らないで。クジラは逃げないから」


 わたしも笑い返し、クジラを握る葵の手に触れる。


 指の間から、青い尾びれがのぞいている。


 さっきまで同じ物だと思っていたクジラが、今なら細かいところまではっきり見える。


 尾びれの端がつるんと丸い。


 わたしの知っているクジラには、欠けがあった。


 ……あの小さな傷だけが、どこにもない。


 車が角を曲がる音が、遠くへ消えていく。


 ことりは葵のお母さんの連絡先を保存している。


 わたしは手のひらに残った冷たさをこするけど、さっきのクジラの尾が、頭から離れない。


「わたし、お店にもう一度きいてくる」


「今から? もう、帰ったほうがよくない?」


 ことりが眉を寄せ、らんぷ亭のほうを見る。


 葵のお母さんにはお店で何か買ったのかときかれ、クジラを返してもらっただけで、お金は払っていないと答えた。


「拾った人、思い出してくれるかもだから」


 ことりは考えてから、わたしのスマホを指す。


「じゃあ、場所を送ってね。何かわかったら教えて」


「うん、ことりも葵から来たら、お願い」


 駅へ向かうことりと別れ、わたしは道を戻る。


 さっきの店であの傷のことをきけば、直してくれたかどうか、教えてくれるよね。


 でも、無料でそこまでする店があるのかな?


「間宮、見つかったのか?」


 正面から来る舞人くんの声で、わたしは足を止める。


 シューズ袋を肩にかけ、校庭とは違う靴を履いてる。


「見つかったんだけど……葵が急に、寒がって。お店に入る前は元気だったのに、帰り道で……お母さんに迎えに来てもらったの」


 歩道の端で話し始めると説明の順番がごちゃごちゃになって、わたしは、何度も言い直してしまう。


「で、今から1人で店に行くのか?」


「きくだけ、なんだけど」


 舞人くんはカバンの持ち手を握り直す。


 怒られそうで、わたしは顔を下げる。


「おれも行く。何があったか教えてくれ」


 顔を上げると、もう半歩先で待っている。


 同じ教室でも2人で歩くのは初めてで、いつもなら何を話したらいいのか、困ると思う。


 今日は話さなきゃいけないことがある。


「尾びれに、小さく欠けたところがあるの」


「落としたキーホルダーに?」


「うん……戻ってきた物には、なかった」


 舞人くんは歩く速さを落とし、わたしを見る。


 聞き流されないだけで、続きを話しやすくなる。


 店の前の路地へ入る前に、白い布が目に入る。


 細い道の角に積まれた木箱の一番上で、銀髪の男の子が腰を下ろし、足を揺らしている。


「帰ってきた物は、本当に探していた物かな」


 シーヴァくんがわたしのほうを向いて言う。


 舞人くんと話した内容を、聞いていたのかな?


 それにしては、さっきから笑い方が変わらない。


「葵が、すごく寒がってるの……何か知ってる?」


「その子は、何を受け取ったんだろうね」


「クジラだよ、写真と同じ……みたいな物」


 最後まで言って、わたしは言葉を止める。


 同じだと言い切れない。


 シーヴァくんは木箱から下り、舞人くんを見る。


「キミは、一緒に行くつもり?」


「こいつ1人で行かせられないだろ」


 舞人くんがわたしの前へ出る。


 シーヴァくんはそんな返事を待っていたみたいに、笑ったまま、白い布の中へ手を入れる。


「だったら、守護者になってもらおうかな」


「しゅごしゃ?」


 舞人くんとわたしの声が重なってしまう。


 シーヴァくんの手には、手のひらで持てるくらいの、網目のあるメロンみたいな緑の実が載っている。


 クジラの次は、果物の話になるの?


「ぼくが選んだ子を守る人だよ。力は貸せる」


「選んだ子って、間宮のことか?」


 わたしは首を振りかけ、途中で止まる。


 神さまにならないか、とは言われたけど、さっき断ったはずなんだよね。


「さっきは、宗教はちょっと、って……」


「覚えてるよ。まだ返事を変えなくていい」


 それならどうして、先に守る人を決めるの?


 シーヴァくんは歩きだし、細い通路を指さす。


 建物の裏にある平らな荷物置き場は、今は何もないまま、高い壁に囲まれている。


 入口から奥まで見通せて、人影もカメラもない。


「ここなら、余計な人に見られない」


「何をするつもりなんだよ」


「キミが、あのお店から生きて戻る準備」


 声は軽いのに、わたしの足が止まる。


 舞人くんもシーヴァくんの手元を見直す。


 果物を食べて終わりの話じゃないんだ。


 わたしはカバンの肩ひもを、強く握りしめる。


     *


「そのお店には、人じゃないものがいるんだ。妖魔といって、人の魂を食べるものだよ」


 壁の前に並んで立つわたしたちを見ながら、シーヴァくんは緑の実を指先で回す。


「魂って……死んだ人の、おばけとか?」


「生きている人の中にもある、アートマのことだよ」


 シーヴァくんは、わたしの問いへゆっくり答える。


 葵の薄い影が足元に浮かぶ気がする。


 体から、何かが少なくなっているのかな?


「葵のも、食べられちゃったの?」


「今、ここで話している間にも、離れようとしてる」


 スマホを出してことりの通知を見ても新しい知らせはなく、わたしの手の中で画面が暗くなる。


 シーヴァくんの言葉だけを、信じていいのかな?


 それでも、ほかにきける人が見つからない。


「助けて、葵を……お願いだから」


「返してもらうには、受け取った物をよく見ることだね」


 差し出した手に答えだけが置かれたみたいで、来てくれるとも、助けるとも言ってくれない。


 舞人くんが小さなメロンを指さす。


「これ食えば、その妖魔と戦えるのか?」


「サティアの実だよ。これを食べると、力を使う入口に立てる」


 シーヴァくんが指を添えると皮が2つに割れ、白い果肉の真ん中に、金色の種が並んでいる。


 果物らしい匂いがして、妙に安心してしまう。


「おなか、壊したりしないの?」


「心配するところ、そこかよ」


 舞人くんは笑うけど、葵みたいに倒れる人を増やしたくないわたしには、大事な問題だ。


 シーヴァくんは、種を指で外して実を渡す。


「食べなくてもいいよ。決めるのはキミだから」


 舞人くんが半分になった実をじっと見る。


 知らない子に渡された物を、食べていいのかな?


 わたしが止めるより先に、舞人くんがわたしを見る。


「間宮、もし変になったら、すぐ電話してくれ」


 そう言って舞人くんが白い果肉をかじると、歯が入ったところから透明な汁が垂れる。


 舞人くんの眉が動き、もう一度よくかむ。


「甘い、けど、あとが塩っぽい」


 飲み込むまで見て、わたしもやっと息をつく。


 シーヴァくんが壁際に落ちている枝を指す。


「手を向けて、そこを押すつもりで唱えて」


 知らない言葉をゆっくり区切って教えてくれる。


 舞人くんは口の中で繰り返し、枝へ向き直る。


 わたしはその横から、少し後ろへ下がる。


「アヴァターラナ・ダンダー」


 舞人くんの手が、空っぽのまま前へ出る。


 その2メートル先で枝が跳ね上がって壁に当たり、小さな木の皮が落ちる。


 わたしは枝と舞人くんの手を見比べる。


 投げた物なんて、何も見えなかった。


「魔法か!? 今の、おれが出したのか!?」


 舞人くんの顔がぱっと明るくなって、さっきまで疑っていたのが嘘みたいだ。


 両手を返して指を1本ずつ曲げてみてる。


「すげえ、もう1回……今度はこう構えて」


「待って、舞人くん、こっち向けないで!」


 とっさに、心の中の呼び方が出てしまう。


 わたしは横へ逃げ、舞人くんが手を下げる。


 少し前までハードルを運んでいた手が、今は何も持っていないのに、急に怖く見える。


「今のは、打撃の衝撃を飛ばす術だよ」


 シーヴァくんが、跳ねた枝を足元へ寄せる。


 舞人くんは名前まで気に入ったらしく、口元を緩めながら、教わった技の名前を小声で繰り返す。


 その顔を見て、シーヴァくんが声を落とす。


「見せた相手が、すごいねって言ってくれるとは限らないよ。化け物って呼ばれるかもしれない」


 白い指が舞人くんの制服の袖へ触れる。


 舞人くんは笑うのをやめ、指先を見る。


「……人に向けたりしない。おれは」


「月曜も同じ教室に座れるって、キミは思う?」


 わたしは、いつもの朝を思い出してしまう。


 机が並んで、隣に葵が座っている教室。


 そこへ、枝を跳ね上げるこの力を持って入るんだ。


 誰が先に笑ってくれるのかな?


 誰が先に椅子を遠ざけるのかな?


「わかった。見せびらかしたりしない」


 舞人くんが答えると、指が袖から離れる。


 またわたしに顔を向けたシーヴァくんは笑っているのに、今は近づきたくない。


「りんは、もともと持っているものを使える」


「わたしも、何か飛ばすの?」


「見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる。その5つだよ」


 シーヴァくんが片手の指を順番に開く。


 全部いつもしていることだけど、何が違うの?


 顔に出たらしく、シーヴァくんは指を折り直す。


「アンク、と唱えると、60秒だけ感覚が鋭くなる」


「60秒って、1分だけ?」


「使ったあとは、3時間使えない。試すなら、いつ使うか考えてね」


 わたしは危うく復唱しそうになって口を閉じる。


 今、試すと明るいうちは使えなくなっちゃう。


 舞人くんが腕時計を見て、そっと指を添える。


「使うとき教えて。時間なら、おれが見る」


「うん……でも、そんなの本当にできるかな」


 シーヴァくんはわたしの目をのぞき込む。


「キミには、神の素質があるからね」


 その言葉を舞人くんも黙って聞いている。


「わたし、まだ、なるって言ってないよ」


「なっていなくても、狙うものはいる。神の候補のアートマを食べれば、不老不死になるといわれてるんだ」


 わたしの肩には力が入るのに、シーヴァくんは、何でもないことみたいに話している。


「それ……本当なの?」


「それを信じて、キミを食べようとするものはいるよ」


 答えは返るのに、知りたいことから外れていく。


 何をきいたら全部教えてくれるのか、わからない。


 自分の腕を片手で握ると、服の上からでも、体が温かいのがわかる。


 ……これを食べ物だと思う相手がいるんだ。


「りんが何者なのか、わざわざ教えてあげる必要はないよね」


 シーヴァくんの声が近くではっきり聞こえる。


 わたしはその言葉にうなずくしかなくて、舞人くんも、ふざけた返事をしない。


 葵に話したいことが、もう話せなくなってるんだね。


「お店を探すなら、荷物が来た道も見てごらん」


 シーヴァくんが路地のほうへ体を向けたので、わたしはあわてて、白い袖へ手を伸ばす。


 指先が届く前に、男の子がこちらを振り返る。


「明日の日暮れまでに、返してもらうといい」


「それを過ぎたら、葵はどうなるの?」


 シーヴァくんはちょっとだけ目を細める。


「取り戻せるうちに、動いたほうがいいよ」


 通路の外で大きな音を立てた配達の台車は、わたしが振り返ったときには、通りへ運ばれていくところだ。


 戻した視線の先に、もう銀色の髪はない。


 壁の向こうから、普通の人の話し声が聞こえる。


 ……わたしたちも、普通に見えてるよね?


レリ・マハーシーヴァ エンディングテーマ「ここにある」

https://youtu.be/RXc36LRIwuI

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