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レリ・マハーシーヴァ  作者: JING
青いクジラと第0レーン
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18/19

第18話 ここから、一緒に帰る

レリ・マハーシーヴァ オープニングテーマ「まなざしのマントラ」

https://youtu.be/6FmwM8nEabA

「……大人の人が、外にいます」


 わたしは矢崎さんから体を離すけど、服をつかんでいた手が、うまく開かない。


 赤い取っ手にも汗の跡が残っている。


「おまえ、何を話したんだ」


 矢崎さんが床に座ったままわたしの返事を待つ。


 助かったかどうかより、そっちが先なの?


 わたしはひりつく手をズボンへ押し当てる。


「松本くんたちが、中にいるって」


「違う、違うんだ……帰そうとは、したんだ」


 つかまれたらまた振りほどけなくなるから、伸びてきた手から、わたしは半歩下がる。


 体を引くと作業扉の縁が背中に触れて、開いたままの取っ手を、背中側で覚えておく。


「子供が無理をして、動けなくなっただけだ」


 矢崎さんは、息を整えながら言葉をつなぐ。


 そんなの嘘だ。


 自分から休んでるだけなら、助けてとは書かない。


「それなら、どうして、帰れなかったんですか」


 矢崎さんの口が開いてすぐに閉じるけど、わたしも、それ以上の言葉は出てこない。


 怒ってるときほど、うまく話せないんだね。


 搬入口のほうで重い金属音が響き、続いて、外から男の人の声がする。


「中に人はいますか? 返事をしてください!」


「います! こっちに、大人が1人!」


 自分でも驚くくらい、大きな声が出る。


 名前を呼ぶより、今は人数が必要だ。


 わたしは壁の角へ手を当て、声を続ける。


「ほかに子供が2人、奥で、座っています!」


「わかった、そこを動かないで!」


 大きい搬入口の扉が少しずつ開き、声の方向から白い光が床へ伸びてくる。


 人が通れる幅になると制服姿が入ってきて、扉の向こうに、葵の上着もちらっと見える。


 わたしは矢崎さんのほうへ手を向ける。


「この人です、足が、動かないって……」


「君は、ここで何をしているの?」


「友達が、2人……見つけたので」


 言葉が細切れで説明にならないけど、男の人は矢崎さんの横へしゃがんでくれる。


 外へ向かって、手助けを呼ぶ声が飛ぶ。


 矢崎さんが立とうとすると、その肩を支える。


 ……よかった。


「君も外へ、あと何人いる?」


「友達の2人と、弥勒くん……あの角の、すぐ奥です」


 管理通路を指さすと森田くんの靴が見えて、そこまでは、邪魔な荷物も落ちていない。


 矢崎さんが立とうとしてまた膝を崩し、男の人は、とっさに腕を回して抱え直す。


「待って、奥へは――」


「すぐそこに、いるんです!」


 わたしは返事を待たず、壁をたどって戻る。


 後ろからもう一度、止める声が追いかけてくる。


 聞こえてる、けど。


 そこにいるのに、もう少し待ってと言えない。


 松本くんはさっきより背中を起こし、手のひらを床へ置いて、膝を少し動かしている。


 森田くんが、その肩へ手を添えている。


「出口、開いたよ。大人の人が来てる」


「……よかった」


 松本くんの声が、今度ははっきり聞こえる。


 わたしはしゃがんで肩を貸せる位置へ回り、いきなり引っ張らず、手を取って待つ。


「立つ前に、足、ここまで寄せられる?」


「うん……ちょっと、待って」


 松本くんは自分の靴を見ながら膝を曲げ、足の裏が床についたところで止める。


 松本くんが深く息を吸って壁へ背中を押しつけ、わたしも片腕を支えて腰を上げる。


 途中でまた沈みかけて、2人とも膝を曲げる。


「急がなくていいよ。もう少し待つ?」


「……いける、もう1回、頼む」


 松本くんがわたしを見ると、さっきと違って、視線がわたしの顔からずれない。


 わたしはうなずき、もう一度肩を寄せる。


 今度は松本くんの足が床を押して、壁に手をついたままゆっくり立ち上がる。


 立てた、と叫びたくなるけど、ふらつく体が落ち着くまで、腕を離さずに待つ。


「……おれ、持つから」


 松本くんが、隣の森田くんへ手を伸ばす。


「待って、まだ、自分が立ったばかりだよ」


「1人じゃない。そっち、持ってくれたら」


 松本くんの顔が森田くんへ向く。


 森田くんも動いて、今度は自分でも立とうとしている。


 ずっと運ばれるだけだと、怖かったんだよね。


「じゃあ、両側で、支えるからね」


「はい……お願いします」


 わたしと松本くんで森田くんの脇へ入ると、2人の肩へ、軽い腕が回ってくる。


 森田くんの膝が伸びて3人の顔が近づき、わたしも左膝を何とか伸ばす。


 ゆっくりなら、まだ歩けるはずだ。


「弥勒……行くぞ」


 松本くんが角の向こうへ声をかける。


 舞人くんは返事の代わりに左手を上げると、すぐに顔を戻し、入口の外をにらむ。


 その背中が、ここからは遠く見える。


「あとで、追いつくから、先に行け!」


「……置いてくなよ」


 松本くんの言葉に、舞人くんの背中が揺れる。


 笑ったのか痛かったのか、わたしには見えない。


 わたしは森田くんの足元へ目を戻す。


「じゃあ、右足から、ゆっくり行こう」


 3人の靴が、少しずつ床を進んでいく。


 わたしと松本くんが1歩進んで止まり、森田くんが足を出してから、次の1歩だ。


 走っているときとはぜんぜん違う速さでも、出口から聞こえる声は、近づいてくる。


 わたしは足を止め、森田くんの背中を壁へ預ける。


 角を曲がったあとも道を見失わないように、管理通路の壁へ、黄色い紙をもう1枚貼る。


 伸ばした腕に、松本くんの声がかかる。


「それ、戻るときの、目印?」


「うん、みんなにも、見えるように」


「……角の手前にも貼っとけ。そのほうが迷わない」


 松本くんが通路の壁を指で示す。


 道を覚えるのは得意だって、バスで舞人くんが言っていた。


 こんなときまで、本当なんだね。


 言われた位置へもう1枚印を残すと、森田くんが、その小さな紙を目で追う。


 3人とも見えているなら、きっと大丈夫。


 わたしはテープをしまい、肩を支え直す。


 搬入口の明かりが次の角を白く照らす。


 手前にいる大人の人へ、森田くんを渡す。


 すぐにもう1人が、松本くんの脇へ入る。


「よし、外へ出よう。もうすぐだからね」


 森田くんの足がわたしの靴から離れ、肩にかかっていた重さも、消える。


 軽くなったのに体はうまく起こせなくて、わたしは壁へ手をつき、息を吐き出す。


 大扉は開いても、内側の荷物で通り道が狭い。


 救急の人が入るために、箱が外へ運ばれている。


「君もそこで待って。すぐに出すからね」


 わたしは返事をして、壁際へ体を寄せる。


「りん! そこ、いる!?」


 外の葵が声を張り上げている。


 わたしは明かりのほうへ左手を上げる。


 ことりもその横で、わたしを探している。


「いるよ、2人、お願い!」


「わかった、りんも早く!」


 森田くんの向こうに、松本くんの顔が見える。


 まだ青白いけど、自分で足を動かしている。


 その2人が外の明かりへ出ていくところを、わたしは、最後まで見届ける。


 そのとき、奥から大きな衝突音がする。


 舞人くんの短い声がして、わたしは振り返る。


 待っているつもりの足が、先に動いてしまう。


「待って! 戻らないで!」


 すぐ後ろで、男の人の靴音がする。


 わたしは角へ戻り、舞人くんの名前を呼ぶ。


     *


「舞人くん、2人、外へ出たよ!」


 通路を戻って角の向こうへ声をかけると、同時に、何かが壁へぶつかる音がする。


 わたしは足を止め、背中を壁へ寄せる。


 舞人くんの返事はすぐには来ない。


 もう一度呼ぼうとすると、靴音が近づく。


「わかった……間宮も、そこから出ろ!」


 角の手前へ半分だけ戻った舞人くんは、右の袖が裂けて白い肌が見えている。


 血はにじんでいるけど、腕は動いている。


 わたしが見つめると、袖を下へ引っ張る。


「平気だ。引っかけただけ」


「……その言い方、信用できないんだけど」


 言ったあとでわたしも左膝を隠すと、舞人くんは、わたしの足元を一度見る。


 同じことしてるね、と言う暇はない。


 夜叉が入口の前へ足を踏み込んでくる。


 舞人くんが前へ戻り、低い声で術を唱える。


 衝撃が床を走り、灰色の足をかすめる。


 夜叉は足を引いて、壁の縁へ飛びつく。


 何度も同じところから、腕を伸ばしてくる。


「当たらない……」


 わたしの口から思わず声が漏れる。


 今の一撃は敵の動く先を狙っているけど、そこへ足が来るより、早かったんだ。


 夜叉はこっちが構えるのを見ている。


「もう隠す者は、いなくなったな」


 夜叉の顔がわたしのほうを向くと、舞人くんの向こうで、爪が曲がる。


 その目に見られると、首元が冷たくなる。


 助けた2人をまた追うつもりなのかな?


 それとも、今はわたしだけを見ているの?


 わたしは下がり、赤い作業扉の位置を見る。


 その向こうの外周通路は設備壁の裏側で、夜叉がそっちへ回れば、ここへ出てこられる。


 矢崎さんを助けた扉は開けたままで、今は、それが敵の抜け道にもなっている。


「こっちへ回ってくる! 扉、まだ開いてる!」


「閉められるか!」


 舞人くんは、夜叉を見たまま声を返す。


 わたしは取っ手へ戻り、両手をかける。


 閉めるときは、右へ戻すだけだったよね。


 引き始めると重い金属がこすれて鳴り、手のひらの傷を、取っ手が強く押す。


 思わず力を抜き、扉が途中で止まる。


「……いた、いなあ、もう」


 手を離して袖を取っ手へかぶせ、その上から握り直す。


 痛みは少し減る。


 床のレールには落ちた小石が挟まっていて、これも取らないと、途中で止まりそうだ。


 わたしはしゃがんで指を入れ、石を横へ払う。


「動く、けど、全部閉めるまで少しかかる!」


「先に閉めろ! おれもそっちへ戻る!」


 わたしが取っ手を引いて扉を右へ動かすと、開いていた幅が、肩1つぶんまで狭くなる。


 そのとき設備壁の向こうで足音が変わり、爪のこすれる音が、こっちへ近づいてくる。


 夜叉が扉の動く音を聞きつけている。


 わたしは全体重を後ろへかける。


 あと少しなのに、重さが急に増えたみたい。


 向こう側の隙間へ、灰色の指が伸びる。


「間宮、下がれ!」


 舞人くんの声は走路側から響く。


 わたしは取っ手をつかんだまま、体を引く。


 爪が金属をこすり、顔の横を通る。


 背中を反らしたせいで、左膝が折れかける。


 扉へぶつけた肩が、ずんと重く痛む。


 それでも、手だけは離さない。


 灰色の指が引っ込み、足音が走路へ戻る。


 舞人くんがそっちから追い込んでいるんだ。


 わたしはもう一度両足を床へ置く。


 最後の幅が閉じ、扉の端が枠へ当たる。


 飛び出していた落とし棒を、下へ押し込む。


 床の穴へ金属が落ちる音に、やっと息が出る。


「閉まった!」


 取っ手から手を離すと、腕が震え出す。


 もう開け直す力は、あまり残ってないよ。


 わたしが壁に沿って管理通路の角へ戻ると、舞人くんと夜叉が、入口を挟んで向き合う。


 後ろから回る道は今のでふさがっているけど、正面の相手は、まだ立っている。


 ここで通したら、外にいる人へ向かう。


「邪魔を、するな」


 夜叉が、角へ指をかけて体を引き寄せる。


 右足は壁際で、左足が入口の縁を踏むのは、さっきも、その前も同じだった。


 狭い入口では、足を広げる場所がないんだ。


 黄色いテープの位置へ目を向ける。


 夜叉の左足は、そのすぐ横を踏んでいる。


「舞人くん、黄色の横、左足が来る!」


 舞人くんがちらっと床を見て肘を下げると、その右手を夜叉も見ている。


 灰色の足がまた後ろへ引かれる。


 さっきと同じだと、また外れてしまう。


 わたしは壁に沿って、前へ半歩だけ出る。


 夜叉の目が、わたしの顔を追って動く。


 怖い、やっぱり、ものすごく怖いよ。


 足はそれ以上出さず、壁から手を離さない。


 舞人くんも腕を伸ばさずに待っている。


 夜叉がもう一度こっちへ体を寄せると、爪が角をつかみ、左足が前へ出る。


 踏み込む先には、黄色いテープがある。


「今!」


「アヴァターラナ・ダンダー」


 低い声と一緒に、床の砂が横へ飛ぶ。


 夜叉の足首が払われ、膝が内側へ折れる。


 体を支えていた腕へ、一度に重さがかかる。


 爪が壁を離れ、長い体が入口で傾く。


 わたしは前へ出ずに壁の後ろへ戻る。


 夜叉が逃げる向きを外周側へ変えるけど、赤い取っ手の扉は、閉まっている。


 走り込んだ先で、金属が大きく鳴る。


 わたしも角を出て、舞人くんのあとを追う。


 設備壁の端まで数歩進み、そこから顔を出す。


 外周の作業帯と閉じた扉の裏側が見える。


 夜叉が肩で押しても、閉じた扉は動かない。


 夜叉が振り返るときには、舞人くんが近づいてる。


 苦しそうに右の肩が一度だけ上がり、そのまま手を前へ向けて、短く息を吸う。


「アヴァターラナ・ダンダー」


 衝撃が夜叉の体の真ん中へ届く。


 蛍光色のベストが、後ろへ大きく膨らむ。


 長い腕が空をかき、体が床から離れる。


 夜叉は設備壁の角へぶつかって、崩れ落ちる。


 舞人くんはその場で止まり、まだ手を下ろさない。


 わたしも動かずに灰色の指を見つめると、1本が動きかけて、そこで止まる。


 床に落ちた体の輪郭が少しずつ欠けていき、灰色の粉が、ベストの下から広がっている。


 誰かの足音みたいな音が、途中で消える。


 続いて頭の上の応援も聞こえなくなる。


 広く見えていた走路の奥に、近い壁が戻る。


 青い広告は消え、はがれた塗装だけが残る。


 床にしゃがんで壁を手で触ってみると、指に当たる角と、見えている角が同じだ。


 もう、ずれていない。


「……舞人くん、道、見えるよ」


 舞人くんが腕を下げて振り返ると、額の汗が、あごまで続いて落ちている。


 笑おうとして、うまく笑えていない顔だ。


「帰ろう、間宮」


 わたしは差し出された左手をつかみ、2人の手が、同じくらい震えているのを感じる。


 管理通路の向こうから、大人の声が近づく。


 わたしたちは返事をして明かりへ進み、今度は、角の数を数えなくても戻れる。


「勝手に戻らないで! 君たちまで危なくなる!」


 強い声に、わたしは頭を下げて歩調を緩める。


 途中から、やって来た人がそばについてくれる。


 出口に着くと、葵が泣きそうな顔をする。


「遅い! 2人とも、ほんっとに遅い!」


 飛びつきかけた葵はことりに腕をつかまれて、わたしの膝と、舞人くんの袖を見てる。


 そういえば、あちこち痛いんだった。


「……ごめん、ただいま」


 言ったらもう力が入らなくなって、そばの人が、わたしの肘を支えてくれる。


 毛布のような物が、両肩へかけられる。


 その先には松本くんと森田くんがいて、どちらも、人に囲まれて座っている。


「弥勒……遅い」


 松本くんが舞人くんへ顔を向ける。


 舞人くんは何か言いかけ、つないだ手から力を抜く。


「だったら、連絡しろよ」


「……しただろ、紙コップ」


 森田くんも、松本くんの顔を見て笑う。


 わたしはその横へ座らせてもらう。


 舞人くんの時計が18時20分を過ぎる。


 もう、足音を数えていなくていい。


「痛いところ、教えてくれるかな」


 救急の人が、わたしの手の下へガーゼを広げる。


 わたしは指を開いて傷のある手のひらを見せ、左膝と肩も、と言って順番に見てもらう。


 矢崎さんの横には制服の人がついている。


 わたしはそちらから、友達のほうへ顔を戻す。


 ことりが差し出す手を、傷のない指でつかむ。


 今度はこの手を、離さないでいよう。


レリ・マハーシーヴァ エンディングテーマ「ここにある」

https://youtu.be/RXc36LRIwuI

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