↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レリ・マハーシーヴァ  作者: JING
青いクジラと第0レーン
PR
14/19

第14話 止まったら、どうなる?

レリ・マハーシーヴァ オープニングテーマ「まなざしのマントラ」

https://youtu.be/6FmwM8nEabA

 壁の角を曲がると、道が広くなる。


 車のタイヤが残した黒い跡の先に、幅の広い鉄の扉が見える。


「これが、搬入口……かな」


「図の位置は合ってる。脇にも、ドアがある」


 舞人くんの指の先には、大きな扉から腕2本ぶんほど離れた、小さな灰色の扉がある。


 間に置かれた背の高い設備の箱から、細い金属の管が何本も伸びている。


 古い写真の配管と曲がり方が同じで、ようやく、図にあった場所へ立てた気がする。


「開いてるか、見てくる」


「音は……立てないほうが、いいよね」


 舞人くんがうなずいて近づくので、わたしも1歩後ろを壁に沿って歩く。


 扉の下から漏れる細い明かりは、昼間の外よりも、ずっと白い。


 舞人くんが取っ手に手をかけ、ゆっくり押す。


 指1本ほど開いた幅に、細い影が落ちる。


「鍵、かかってない」


 顔だけを向けてくる舞人くんの横で、わたしは扉の隙間を見つめる。


 ここを通れば、中に入れてしまう。


 開かない扉を想像していたぶん、足がすくむ。


「……いったん、戻そう」


「ああ」


 舞人くんが扉を元の位置へ戻し、わたしたちは、設備の箱の陰まで下がる。


 開くことだけをことりへ伝えると、すぐに返事が表示される。


『先生と合流した。車で入る道を回ってる』


 表示された道順を紙の図で追う。


 昔は開いていたらしい門に今は鎖があり、近いのにまっすぐ来られない。


 人だけなら通れた道を、車は戻ってるんだね。


「もう少し、かかるって」


「そっか……無理して、柵越えたりしてないよな」


「先生と一緒だから、大丈夫だと思う」


 舞人くんは道の曲がり角をじっと見つめ、そこへ誰かが現れるのを、待っているように見える。


 まだ、かな。


 わたしも同じ角から目を離せず、銀色の髪が見えたら、名前を呼んでしまいそうになる。


 電話番号も住所も知らない。


 いつもシーヴァくんのほうから、会いに来てたんだよね。


「間宮、あいつのこと考えてる?」


 きかれてうなずく。


 あいつで通じるのも、変な感じだ。


「電話、持ってないのかな」


「持ってても、番号教えてくれてないからな」


「……それも、そうだよね」


 二つ折りの図を出し、シーヴァくんがくれたヒントを思い出す。


 でも、この扉を見つけたのはわたしたちだ。


 次に見る場所も、今いる2人で決める。


「中の音、少し聞こえない?」


 壁へ顔を向けた舞人くんの隣で、わたしも黙って、呼吸をゆっくりにする。


 鉄の扉越しに低い声が響き、その後ろに、足音みたいな軽い音が重なる。


 何を言ってるの?


 聞き取れないまま、1つ、2つと数えかけてやめる。


 音が混ざりすぎて、どれを追えばいいかわからない。


「人、いるよね」


「いる。走ってる音もする」


 舞人くんが扉に耳を近づける。


 わたしは横に立って壁を見上げ、夕方の光を反射する、細長い換気口の枠を見つける。


 あそこなら音が通るかな?


 紙コップの出口より低くて手も届きそうだけど、網の向こうは暗くて見えない。


 背伸びをして触れた枠から、冷たい、普通の金属の感触が返ってくる。


 今は、この普通を覚えておきたい。


 景色が変に見えても、これ自体は動かないはずだ。


 わたしは換気口と搬入口を一緒に撮る。


「これ、ことりに送ってもいい?」


「いいけど、何に使う?」


「中で道がわからなかったら、ここをたたいてもらいたい」


 枠へ指を軽く触れて見せる。


 まだ音を立てるのは、怖くてできない。


 舞人くんが写真を見て、口をぎゅっと結ぶ。


「なるほど。動画でも、音は本物だったもんな」


「うん。全部が、同じように変わるわけじゃない」


 ことりへ電話をかけると、すぐに出た声の後ろから葵の声も聞こえる。


『りん? 今、裏の道に出たところだよ』


「写真、送った換気口、わかる?」


『うん、縦に長い配管の隣だね』


「そこに着いたら、連絡してほしいの」


 のどにたまった息を、一度飲み込む。


 アンクのことは言えなくても、音を頼りにしたい理由なら、説明できるはずだよね。


「中の様子が、図と違うかもしれないから……外から、同じ場所を知らせてもらいたい」


『入るつもりなの?』


 低くなったことりの声に、図を握り直す。


 まだ入ってない、とだけ答えていいの?


 ……違うよね。


「今は外にいる。でも、中に人がいる音がする」


『先生に、代わるね』


 こすれる音のあと、電話の声が変わる。


『間宮さん、中には入らないでね。先生たちも、そちらへ回っています』


「はい……入口は、鍵が開いてます」


『そこを離れて、見えるところで待っていて』


 言われた位置へ2歩下がり、舞人くんにも来てもらってから、電話をことりへ戻してもらう。


「もし道を知らせてもらうなら、3回、少し空けて2回、たたいてくれる?」


『3回と、2回……わかった』


 ことりが同じ速さで数え方を言い直し、何度も続けるのは、頼んだときと決める。


 知らない金属音と取り違えたくないもんね。


「ありがとう。危ないところには、行かないでね」


『りんもだよ』


 すぐに返ってきて、言葉に詰まる。


 本当に、そのとおりだ。


 わたしが頼むことは自分でも守らなくちゃ。


「うん……何かあったら、すぐ連絡する」


 電話を持ったままだと両手を使えないので、通話を終えてポケットへしまう。


 舞人くんは扉を見つめ、腕時計を見たあとで、もう一度耳を向ける。


「今、名前を呼ばなかったか?」


「松本くん?」


「違う……森田って、聞こえた」


 わたしも扉へ顔を向ける。


 さっきより大きく聞こえる足音の途中で、硬い物が倒れる音がして、舞人くんの靴が扉へ半歩近づく。


「もう待たないと、言っているだろう!」


 男の声が扉越しにぶつかってくる。


 低く響く声は最後のほうがつぶれていて、矢崎さんなのかどうか、はっきりしない。


 嫌な声だ。


 誰かが何かを言い返し、今度ははっきりと聞こえる。


「森田、こっち! 走れ!」


 舞人くんが扉の隙間へ体を寄せる。


 わたしも、らんぷ亭で笑いながら数字を教えてくれた、あの声を思い出す。


「松本だ」


 取っ手へ伸びる舞人くんの手を見て、わたしは、ポケットからスマホを引き抜く。


 先生に電話をかけ、応答を待つ。


 まだ、つながらないの?


 中から小さな悲鳴が上がり、足音が乱れて、何かが壁にぶつかる。


「先生、松本くんの声がします!」


『間宮さん、今どこに――』


「さっきの脇の扉です! ほかの子も、叫んでます!」


 怖いよ。


 声の途中で息を詰まらせるわたしの前で、舞人くんが扉を開け、内側をのぞく。


 廊下の先を見た顔が険しくなる。


「間宮、松本を呼ぶ。そこにいて」


「待って……わたしも行く」


 1人で待つほうが怖いからじゃない。


 中の道が本物なのか、舞人くんにも、わたしにもまだわからないけど。


 2人で見れば、気づける物があるはずだ。


「すぐ戻れるところまでです。入口は、この扉です」


 先生へ言って目の前を写真に撮るけど、送る指が滑ってもう一度押し直す。


『間宮さん、待って!』


 返事ができないまま、通話を切る。


 あとできっとすごく叱られるけど、謝るなら、松本くんたちと一緒がいい。


 舞人くんが振り返って、わたしの顔を見る。


「離れるなよ。見えなくなったら、すぐ呼んで」


「……うん、舞人くんも」


 舞人くんの腕時計は、ちょうど18時を過ぎている。


 バッグを壁に当てないよう脇へ寄せて後ろに続くと、脇戸をくぐってすぐ、靴底の感触が硬くなる。


 すぐ内側には、背の高い空の棚が1つ立っている。


 外より平らな床なのに、どうして歩きづらいの?


 刻まれた溝が靴先に引っかかる。


「足元、レールがある」


 舞人くんが振り返って床を指す。


 左側の壁に赤い取っ手が付いていて、よく見ると壁ごと大きな扉になってる。


 床のレールは、そこへつながっているんだね。


 取っ手の上には横向きの矢印が描かれてる。


「外の大きい扉、こっちから開けられる?」


「違うみたい。これは、横へ続く通路の扉だ」


 舞人くんが指をかけて左へ引くと、金属のこすれる低い音が響く。


 わたしも両手を添え、同じほうへ力を入れる。


 重い扉が動いて向こうの床が見えるけど、人が通れる幅には、まだ足りない。


 押せば、取っ手は前へ進む。


「こっちは、壁の外側へ回るんだな」


 舞人くんが開いた隙間をのぞき込むので、わたしも肩越しに向こうを見る。


 灰色の壁と壁の間にある、細い作業用の道だ。


 片側の壁は頭の上よりずっと高く、配管の隙間も板でふさがれて、向こう側はぜんぜん見えない。


 扉の反対側にも、同じ赤い取っ手がある。


 横へ引けば開いて戻せば閉まる、変な仕掛けのない扉なんだと、ほっとする。


 下には短い鉄の棒が持ち上がったままで、扉を閉じる場所の床には、棒を入れる穴が見える。


「これを落とすと、閉めたまま固定できるんだな」


 舞人くんが棒に触れ、わたしも穴の位置を覚える。


「逃げるとき、こっちも使えるかな」


「先が外へ出るならな。でも、今は入口のほうを覚えとこう」


 舞人くんが振り返った脇戸の隙間に、外の光が、まだ見えている。


 戻る道までは、たった数歩だ。


 わたしは紙の図に脇戸の丸印を書き足し、その横へ、赤い取っ手、と文字で書く。


 人が通る幅の扉は、古い図だと小さすぎるんだよね。


 絵は、やめておこう。


 扉が冷蔵庫になったら困るもん。


「松本の声、右のほうだ」


 曲がり角を見る舞人くんの横で、わたしも図を畳み、同じほうへ体を向ける。


 脇戸からまっすぐ3メートルほど進むと、道が曲がる。


 右へ折れた廊下は肩を広げられるくらいで、壁に、薄い金属の札がある。


『管理通路』


 下の矢印は角の向こうを指している。


 ここなら、人が休めるかも?


 ううん、まずは松本くんたちがどこにいるかだ。


「舞人くん……まだ、使わないよね」


 後ろから小声できくと、舞人くんは足を止めて、こちらを見る。


「うん。誰がいるか、わかんないし」


 制服じゃなくても同じクラスの舞人くんで、何でもできる人に、変わったわけじゃないんだよね。


 わたしは横へ並んで、壁に肩を寄せる。


「それに、ここで当てたら……跳ねた物が、誰かに当たるかも」


「まず、2人がいる場所を見る」


 舞人くんは確かめるように言い、口の中だけで、短く言葉を動かす。


 アヴァターラナ、と始まる形が見えたけど、声になる前に、唇は閉じられる。


 いつもなら構えまで練習していたのに、今は、握った手を一度開くだけ。


 廊下の先には白い明かりが広がり、右へ曲がった道は、もう一度左へ折れている。


 頭の中で、来た道を並べ直す。


 脇戸を入って、左の壁に赤い取っ手。


 まっすぐ行って右、それから左。


 帰りはその反対だ。


 その先から聞こえる靴音に、わたしたちは、最後の角で足を止める。


「おれが先に、顔だけ出す」


「うん……後ろ、見てる」


 来た道へ体を半分向けるけど、角の手前まで、誰も来ていない。


 入口の光は壁に遮られて見えない。


 1つ曲がるだけで、こんなに違うんだね。


 舞人くんが角から顔を出すと、そのまま戻ってこないで、わたしへ手を差し出す。


「間宮……こっち」


 差し出された手を頼りに角の先を見ると、赤茶色の走路が広がっている。


 白い線が何本も遠くへ伸び、壁際の長いテーブルと紙コップの上を、緑色の広告が横切る。


 図では、この奥に壁があるはずなのに。


 景色はずっと先まで続き、どこかから、観客の声まで響いてくる。


「ここ……こんなに、広かった?」


 舞人くんは答えずに走路の先を見る。


 白線の上を走ってくる小さな人影は2つで、片方がもう片方の腕を引っ張っている。


 近づくにつれて、顔が見えてくる。


「松本!」


 舞人くんの声に先を走る人影が顔を上げ、わたしも、走路へ半歩だけ踏み出す。


 返事より先に、低い声が響く。


「止まるな」


 2人の後ろで、人より長い腕が上がる。


「松本くん、こっち! 入口、こっちにある!」


 わたしは曲がってきた通路へ手を向ける。


 松本くんは足を止めず、小さい子の背中を押して、こっちへ走ってくる。


 助けに来たって、わかってくれたの?


 わたしが腕を伸ばすと、松本くんが首を振る。


「止まるな! おまえたちも走れ!」


「待てよ、おれたち、外から来たんだぞ!」


 舞人くんの声は松本くんに届いているのに、近づく足の速さは変わらない。


 松本くんがわたしたちの前で左へ曲がると、小さい子の腕も強く引かれていく。


「森田、足を出せ! こっちだ!」


 森田くんの唇が動いても言葉にはならず、途切れた息ばかりが聞こえる。


 名前を呼ぶより先に2人は離れ、白線をたどる背中が、広告の下へ向かっていく。


「待って、松本くん!」


 追いかけようとするわたしの腕をつかみ、舞人くんは反対の手で走路の奥を指す。


 さっき持ち上がった長い腕の持ち主が、ゆっくりとこっちを向く。


 蛍光黄緑のベストを着た、大きな男の人だ。


 ううん、人なの?


 灰色に近い肌の腕は、肘が膝の横まで下がり、曲げる指の影が床で長く動く。


 顔の両側には手のひらくらいの耳があり、額の少し上に、短い角が2本見える。


 衣装だったら、どれだけよかっただろう。


 その影だけでも、足が逃げたくなる。


「なんだ、増えたのか」


 低い声と一緒に口の端が上がり、下がった長い腕の指先が白線をなぞる。


 舞人くんが半歩前へ出る横で、わたしも動く指から目を離せない。


「弥勒……おまえ、なんでここに」


 横から聞こえた声に振り向くと、給水台の向こうに矢崎さんが立っている。


 スポーツ店で見るのと同じ人だ。


 タオルも手のスマホも普通に見えるから、余計に、ここに立っているのが気持ち悪い。


「松本を迎えに来たんです」


 舞人くんが短く答えると、矢崎さんはわたしを見て、もっと顔をしかめる。


「子供だけで、入ってくるところじゃない」


「じゃあ、どうして松本がいるんですか」


 さっきより低い声だ。


 返事がないまま足音が近づき、松本くんと森田くんが、同じ白線を通ってくる。


 もう1周してきたの?


 向かいの壁はあんなに遠く見えるのに、走って戻ってきたなら、速すぎるよ。


 森田くんは、まともに足も上げられないのに。


「松本、入口があった! そこを戻れば出られる!」


 舞人くんが走る2人の横へ付く。


 松本くんは走りながらこっちを見る。


「行っても、戻るんだよ……何回やっても!」


「おれたちが入ってきた道だって!」


「森田を、止めるな!」


 最後だけ声が裏返る。


 よろけた森田くんが引っ張り起こされ、靴の裏を引きずる音が白線の上で続く。


 来た通路を指さそうと振り返ると、そこには緑色の大きな広告がある。


 さっきの壁の切れ目は?


 通路を示すはずの指が止まる。


 ……うそでしょ。


 3歩も離れてないはずだよ?


「間宮、入口は?」


 舞人くんが戻ってきて隣に立つので、わたしは広告の前までそっと近づく。


 緑の文字が目の高さに並んでいる。


 広告の端へ手のひらを押し当てると、硬い壁の感触が指先へ返ってくる。


「……ここじゃない」


「右? 左?」


「ちょっと、待って……さっきは、ここに」


 半歩ずつ右へ動くうちに指が小さな段差にかかるけど、隙間だと思って押しても、動かない。


 緑の広告は右の先にも続いている。


 どこまでが本物の壁なの?


 わたしが見ている場所自体、ずれているの?


「間宮、しゃがめ!」


 声に膝を曲げる。


 頭の上を、丸い紙コップが飛ぶ。


 すぐ後ろの壁で、乾いた音がする。


 怪物は給水台から別のコップを拾う。


「ほら、止まってるぞ」


 何かを面白がるようにつまんだ長い指の間で、紙コップが、くしゃりとつぶれる。


 わたしは壁を離れ、舞人くんの横へ戻る。


 探してる手元を見られてた。


 出口をゆっくりなぞる時間は、くれないんだ。


「松本くん、火曜の子は助かったよ!」


 次の足音に向かって声を張る。


 森田くんの前を走る松本くんの腕は、引っ張る位置が、さっきより低くなってる。


「止まったあと、座って休めたの! 今も元気だよ!」


「……そんなの、ここじゃ」


「ここで走った子だよ! 話も聞いた!」


 松本くんの目がわたしへ向くけど、後ろの怪物を見たとたん顔がこわばる。


 森田くんを押し、また先へ進んでしまう。


 目の前で追われていたら、わたしの言葉だけじゃ足を止められないよね。


「2人を、いったんこっちへ入れよう」


 舞人くんが給水台の裏を指す。


 白線から少し離れた壁際で、長いテーブルの脚には金属の筋交いがある。


 あの大きな体では下に潜れないし、逃げられなくても、腕が届きづらくはなるかも。


「わたし、森田くんのほうに行く」


「待て、走ってる前へ出るなよ」


 舞人くんはわたしの腕を放し、2人が戻ってくる位置へ先に回り込む。


 テーブルの端でしゃがんで待つと、小さい子の靴先が床をこする音が聞こえる。


 その間隔が、だんだん長くなっている。


「松本、森田をこっちへ渡せ!」


「ダメだ、止まったら――」


 声の途中で、森田くんの膝が落ちる。


 支えていた腕も、つられて下へ引かれる。


 舞人くんが森田くんの背へ手を回す。


 松本くんの足が、半歩だけ止まりかける。


 その後ろで長い腕が上がる。


「松本、前!」


 松本くんが身を低くする。


 腕は、さっきまで2人がいたところを払う。


 わたしは森田くんの肩を横から受ける。


 急にかかった重さに、自分の膝も曲がってしまう。


「ゆっくり、こっち……舞人くん、手!」


 2人で支えて給水台の後ろへ移す。


 金属の脚に引っかかった靴を、足首を持ち上げて、内側へ入れる。


 壁を背に座らせると、肩がずるりと下がる。


 顔まで、眠るみたいにうつむいてしまう。


「森田くん、聞こえる?」


 横へ座って倒れる体を支えても声は聞こえず、顔を近づけると、息が頬にかかる。


 呼吸はしてる。


 それでも、手のひらの冷たさが怖い。


「止めたら、どうなるか見ていろ」


 テーブルの向こうで怪物が低く笑う。


 舞人くんは台の端を回り、わたしたちの前に立つ。


 わたしは森田くんの肩から手を離さない。


 怖くても、もう一度走らせたりしない。


レリ・マハーシーヴァ エンディングテーマ「ここにある」

https://youtu.be/RXc36LRIwuI

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。