第12話 地図にない練習場
レリ・マハーシーヴァ オープニングテーマ「まなざしのマントラ」
https://youtu.be/6FmwM8nEabA
「地図の色って、薄くならないんだね」
駅の広場でスマホを見つめているけど、何度開き直しても、古い競技場の印は同じ色だ。
そこへ行けば会えるって、書いてあればいいのに。
隣の舞人くんが画面をのぞき、わたしの手元で向きを変えてくれる。
「間宮、それだと駅のほうが逆」
「……あ、うん、そこはわかってた」
たぶん半分くらいは。
葵とことりは、施設図を印刷できる場所を探して、広場の案内板を見に行ってる。
スマホを4台並べても地図は見にくいんだよね。
「りん、こんにちは」
その声に顔を上げると、案内板の裏からシーヴァくんが歩いてくる。
すぐそばで銀色の長い髪が揺れ、今日も足音より先に声に気づいたんだとわかる。
「……どこに、いたの」
挨拶より先に、そんな言葉が出てしまう。
舞人くんもスマホを下ろし、まっすぐ相手を見る。
シーヴァくんは、いつもの笑顔で立ち止まる。
「キミたちは、何かを探しているみたいだね」
「松本くん、昨日から帰ってこないんだ」
わたしは声を落とし、広場を行き来する人に背を向ける。
横へ寄った舞人くんも声をひそめる。
「練習場があるはずなんだ。でも、場所がわからない」
シーヴァくんは画面へ目を落とすだけで、指を出すことも、場所を教えることもしない。
この人には、何が見えてるのかな?
「岸くんは、止まっても戻ってきたよ。同じように休んで戻れた人が、もう1人いるの」
さっき聞いた話を短く伝える間も、シーヴァくんは黙って聞いている。
正しいとも違うとも言ってくれないんだね。
「だから、今度も止まれるところを探したい」
声にしてみると、やりたいことがはっきりする。
シーヴァくんの視線がわたしの顔へ戻るけど、その目を見ても、答えは読み取れない。
「探しているのに、地図には何もないのかな」
「……建物はあるけど、あの屋根が見つからない」
シーヴァくんが見るのは、広場の大きな案内板だ。
新しい商業施設の広告が貼られていて、その下から、古い紙の端が出ている。
「地図にない場所と、地図から消えた場所は、同じじゃないよ」
スマホを近づけ、もう一度地図を見直す。
地図から、消えた場所?
隣で舞人くんが小さく息を吸う。
「昔の地図を、見ろってことか」
シーヴァくんは答えない。
このまま話を終わりにしたくなくて、わたしはスマホを両手で握り、半歩近づく。
「シーヴァくんは、一緒に来てくれないの?」
問いかけたとたん、広場を行き交う人の声がやけに近くなる。
肩からするりと落ちる銀色の髪を見ながら、わたしは次の言葉を待つ。
笑ってるの?
それとも、そう見えるだけ?
答えを聞けないまま、葵たちが戻ってくる。
「あ、宗教の子、こんなとこにもいるの」
「こんにちは」
シーヴァくんは、葵とことりに、ごく普通に挨拶する。
会釈を返したことりが、手にした案内図を持ち上げる。
「近くの図書室に、区の古い広報があるんだって。ちょうど探しに行こうと思って、呼びに来たの」
「行こう、りん」
葵に呼ばれ、わたしはシーヴァくんをもう一度見る。
返事を待っていたら、時間だけが過ぎていきそうだ。
会釈をして、2人のほうへ足を向ける。
振り返ったときには、銀色が人の列に隠れている。
……来てくれるとは言ってくれなかった。
それなら、来てくれるつもりで考えるのはやめよう。
*
図書室の受付でことりが古い地図をたずねる。
わたしは隣に立ち、きかれたら写真を見せる。
受付の人が机へ出してくれた薄い冊子は、今の案内と、表紙の色も文字の形も違ってる。
「区の施設を紹介した、昔の特集号なんですよ。運動公園の資料なら、こちらにもありますよ」
案内された棚にはスポーツ行事の記録が並び、小学生の大会や、地区の運動会の写真もある。
4人で座れる机へ冊子を運ぶと、紙をめくる音が、さっきの集会室よりよく響く。
「新しいのからじゃなくて、古い順で見よう」
ことりが冊子の年を見ながら並べ替える。
舞人くんは、学校の大会の記事を開いている。
葵は別の冊子を手に取り、写真のあるページを探し始める。
わたしも施設名を指でたどりながら、ことりの手元をのぞき込む。
名前が似てるところばかりで、目が滑りそう……。
「ここ、松本が走ったことあるやつだ」
舞人くんが小声で示した写真には、観客席と広い芝生が写っている。
岸くんの映像より、ずっと開けた競技場だ。
「屋根は、観客の席だけだね」
「うん、走るところには、かかってない」
動画を止めた画像と見比べると、同じような赤い地面なのに、周りがぜんぜん違う。
ここじゃないとわかるのも、1つ進んだことかな?
でも早く、ここだと言える写真を見つけたい。
「これ、後ろに何か写ってるよ」
葵が指で押さえた写真の端に、集まった人たちの向こうに隠れる、細長い屋根が見える。
わたしは冊子を回して上下からのぞくけど、写真が小さいうえに、色もあせてる。
「建物じゃなくて、通路に屋根をかけてる?」
ことりが椅子を寄せ、細い線を目で追う。
写真の下には雨天用の練習場所と書いてあって、舞人くんの指が、その施設名の上で止まる。
「補助走路、ここにもあったんだ」
「補助って、普通のとは違うの?」
「走る前の準備とか、短い練習に使うところ。大会ができる大きな走路とは別なんだ」
舞人くんが、冊子の後ろで施設図を探し始める。
わたしも机の上に今の地図を開く。
同じ位置には、薄い灰色の四角があるだけ。
「名前も、入口の印もないね」
「……地図から、消えた場所」
口に出すとことりがこちらを見るので、昔の図も見ようと思ったんだと説明する。
シーヴァくんに教わったと言うと話が長くなるし、教わったのは答えじゃないんだよね。
写真を見つけたのは葵だ。
「ここに名前がないから、最初は見なかったね」
ことりが画面を広げて灰色の四角を囲むと、すぐ横に、大きな競技場の名前だけが残ってる。
同じ公園なら、同じ入口だと思っちゃうよ。
「この間にあるの、外側の柵と道路だよね」
「正面の門からだと、かなり回らないと着けないな」
「主競技場から、直接入れないんだ」
舞人くんが施設図の端の線をなぞる。
わたしは、さっき先生へ送った倉庫の道を思い出す。
名前を知っていても、入口までわかるとは限らない。
この細い線が実際の道につながってるんだね。
「今も残ってるか、ほかの写真を探してみよう」
ことりの言葉で冊子を分け直すと、さっきよりも、ページをめくる手が速くなる。
1つ見つかると、次も見つけたくなるんだ。
わたしは屋根の端に目をこらし、運動会の旗の向こうや、大会の集合写真の端を探していく。
似た形は、何枚もの写真に写ってる。
走る人より建物のほうが大切なんて、今日はちょっと変わった写真の見方だよね。
「ある、屋根の端が低くなってる!」
大きくなった声に自分であわて、口を押さえる。
葵が隣で親指を立ててくれる。
ことりはそのページに、岸くんの映像を並べる。
「柱の間の、斜めになってる棒もあるよ」
葵が古い写真の柱を指でたどってみせる。
「うん、見えるところは位置も数も合ってる」
ことりも画面の同じところへ指を置く。
「入口の左側も、壁が少し出てるね」
「こっちの画像にもある、同じかも」
わたしは見つけたページへ、そっと紙を挟み込む。
赤い道だけじゃない。
屋根も柱も入口も合っていて、やっと、場所を示せそうなものが目の前にある。
舞人くんが松本くんのノートの写真を開き、横に古い施設図を置いて、顔を寄せる。
走路を示す楕円の中に、小さな数字がある。
『1周180m』
……180?
わたしは2回続けて読むけど、岸くんの動画で見えたのは、200という表示だった。
どこかで別の道へ続いてた?
ううん、走る人は同じ柱の前へ戻ってきてる。
「……20メートル、足りない?」
「これが同じ走路なら、そうなるな。同じくらいの速さなのに歩数が少ないって、松本も気にしてたし」
舞人くんがノートの書き込みを指で示す。
松本くんは、そこを何度も気にしていたんだ。
自分が200メートル走るつもりで考えると、最後の20メートルがなくなるだけでも、かなり助かる。
陸上部の人なら、もっと大きな違いなのかな?
「でも、速くなったら歩数も減るんじゃない?」
葵にうなずいた舞人くんが、ノートの写真を広げて、別の日の記録を見せる。
「それはある。歩数だけじゃ決まらないんだ」
「じゃあ、ノートだけじゃわからないのね」
「うん、でもこの図と動画もあるから」
舞人くんが岸くんの動画をゆっくり再生するけど、画面を追いかけると、わたしの目も回りそう。
代わりにことりが選んで止めたのは、走る人が、最後の曲がり角へ入る直前だ。
「ここの柱、屋根を斜めに支えてるだろ」
舞人くんは古い写真の同じ場所を示す。
柱の下にある低い白い柵の継ぎ目を、映像でも、走る人が通り過ぎてすぐに曲がる。
奥には大きく道が続いて見えるのに、そこはほとんど走っていない。
「見える景色だと、もっと先まであるのに」
曲がった人の姿を指で追うと、別のところから、さっきと同じ柱をもう一度見ている。
屋根も建物の壁も、実際にはもっと近いの?
「広く見える撮り方、ってこともあるよね」
ことりがスマホを立てたり倒したりしても、画像の角度が変わるだけで、柱の位置は同じだ。
葵は施設図が更新された年を探してる。
「そのあと工事して、長くした可能性は?」
「今のところ、そういう記事は見つかってないね」
ことりが調べたページを見返す隣で、わたしも、それよりあとの年の冊子を開く。
「あ、この一覧に、補助走路が載ってる。閉鎖したあと、建物は資材の置き場にしてるんだって」
顔を上げた葵に、わたしは、読み上げた説明の場所を指で示す。
増やしたとも作り直したとも、書いてない。
「短いままなら、記録が出て当然だよな」
ノートへ戻る舞人くんの視線を追うと、うれしくて書いた数字の隣に、疑問が残ってる。
松本くんも気づきかけてたんだ。
「だから学校では、同じタイムが出なかった……」
舞人くんがうなずく。
葵が、机の端で握った手をそっと開く。
ことりは写真の出どころをメモに書き足す。
わたしはもう一度だけ動画の柱を見つめ、遠いはずの入口から、近く聞こえた車の音を思い出す。
歩いた距離も見えた景色も、同じじゃない。
おかしいのは、松本くんの足じゃなかったんだね。
*
施設図と屋根の写真を選んで、受付の人に複写を頼み、机へ戻る。
紙の地図は2枚に分かれていて、動かしてみても、つなぎ目の道がなかなか合わない。
「こっちの端が、隣のページの左側?」
「そう、それで北が上に来るよ」
ことりが合わせると、道はぴったり1本になる。
わたしは受付でテープを借りてくるけど、つい大きく引き出してしまい、はさみで半分にする。
これくらいなら、きれいにできるよ。
「小さいテープ、持ってると便利かもね」
葵がつなぎ目を指先で押さえる。
「外だと、風で紙がめくれちゃうもんね」
帰りに小巻きのものを買おうと、わたしはうなずく。
舞人くんは施設図の住所を先生へ伝え、わたしたちの予想と、資料に載っていることを分けて話す。
「同じ屋根に見えるんです。入口の柱も合ってて」
隣で図の見出しを読み直すと、大きな競技場の名前の下に、小さく補助走路とある。
「補助走路って名前も、伝えてね」
舞人くんが電話を替わり、ことりが説明を続ける。
「主競技場とは、柵で分かれているみたいです」
わたしも指で道をたどるけど、電車を乗り継いで、最後はバスに乗る必要がある。
駅の集合場所から、こんなに離れてるんだ。
車の後ろで動画を見ていたら、どこまで来たかなんて、わからなくなっちゃうよね。
「先生も、こちらの場所を伝えてくれるって。中には入らず、着いたら連絡してねって言ってたよ」
電話を終えたことりが施設図を折り畳む。
わたしは主競技場の門に丸い印をつける。
「先生たちが来るなら、この入口で待つ?」
「そこへ行ってから、外の道を見よう」
舞人くんが答えて、4人の地図を同じ向きにする。
今までの写真だけでは決まりと言えないけど、初めて、行き先が1つにまとまった。
「よし、忘れ物ない?」
机を見渡す葵の隣で、ことりが冊子を重ねる。
……スマホは?
あわてて探すと、握った施設図の下に、最初から隠れている。
こういうときくらい、ちゃんとしたいのに!
「りん、手の下」
「うん、今見つけたところ……」
わたしは画面を押さえて3人に続き、図書室の扉を出る。
舞人くんの腕時計は16時を示している。
*
バスの座席で施設図を膝に広げると、電車を降りる前より、窓の外には緑が増えている。
住宅の間から見えてくる背の高い照明の柱が競技場のものなら、もうすぐ着くはずだ。
わたしは、バッグの上から、小さなテープを押さえる。
駅前で買った紙のテープと細い黒のペン、あとは飲み物にメモ帳、いつものスマホ。
こんな物だけで来てよかったのかな?
「間宮、地図、逆さになってない?」
「今度は、ちゃんと合ってるよ」
舞人くんがのぞく手元で、わたしは上の矢印を指さし、胸を張る。
そこまで言われたら、さすがに覚えるんだからね。
「この先、降りてから少し歩くんだよな」
「うん、今の入口までは10分くらい」
ことりが前の席からスマホの画面を見せる。
葵は停留所の名前を聞き、降りる準備を始める。
4人の動きは遠足の帰りみたいなのに、目的だけが、あのころとはぜんぜん違ってる。
窓に映った自分の顔を見つめる。
これが楽しい外出だったら、どんなにいいかな。
「松本、そういう地図読むの得意なんだ。遠征のときも、道覚えてるのはあいつでさ」
舞人くんが、膝の上の施設図を見ながら話す。
「舞人くんは、覚えないの?」
「覚えるけど、先に言われるんだよ」
その言い方に、わたしはつい笑ってしまう。
迷わずに道を選び、早く来いって振り返る松本くんなら、わたしにも想像できるもん。
「帰り道、教えてもらいたいね」
「ああ、文句言うだろうけどな」
舞人くんは、窓から照明の柱を見上げる。
バスが曲がると、柱は太い木の枝に隠れてしまう。
わたしも見失わないように体を傾ける。
ここまで来ても、簡単には見せてくれないんだね。
降りますと知らせる音が、車内に小さく響く。
レリ・マハーシーヴァ エンディングテーマ「ここにある」
https://youtu.be/RXc36LRIwuI




