第20話 異変
「イブリン! もっと光を!」
『わかってる!』
ウォルターの叫びに呼応し、胸元に結びつけられた魔導ランタンの光が爆発的に強さを増した。純白の強烈な光芒が、もうもうと舞い上がる土煙を切り裂き、広大な空洞の奥底を白日のように照らし出す。
光の先で土煙が晴れた瞬間、ウォルターは思わず息を呑んだ。
そこに姿を現したのは、身の丈が三メートルは優にありそうな、巨大な『岩の怪物』だった。
全身が第六区画の硬い岩盤で構成されており、関節の隙間からは魔力の青白い光が漏れ出している。二本足で直立しているため遠目には人型に見えたが、その胴体からは太く長い腕が『四本』も生え揃っていた。どちらかというと、人というより昆虫に近い。いわゆる六脚類に分類される、異形の魔物だった。
『うそ……天然のゴーレム!? 初めて見たわ!』
イブリンが興奮に満ちた声を上げた。恐怖よりも探求心が勝っているのか、ホログラムの瞳がきらきらと輝いている。
『文献で読んだことはあるけど、まさか本当に実在するなんて! いったいどんな構造で岩の関節を繋いでいるのかしら? 魔力回路はどうなってるの? 動力源の魔導石は何個使われているの!?』
「楽しんでる余裕は無さそうだぞ」
イブリンが早口でまくしたてている横で、ウォルターは地を蹴り、右へ大きく反復横跳びをした。
いましがたウォルター達が立っていた場所に、ゴーレムの巨大な岩の腕が二本同時に振り下ろされた。硬い岩盤の床がまるで飴細工のように砕け散り、すり鉢状のクレーターが出来上がる。
凄まじい衝撃波と飛び散る破片から顔を庇いながら、ウォルターは舌打ちをした。
「クソッ、あれをくらったら一溜まりもないな……! あの最新式の携帯掘削機があれば、腕の一本くらい容易く粉砕できたのに!」
『えっ? 掘削機は?』
「さっきの入り口の崩落の時、土砂に巻き込まれたんだ。トンネルの瓦礫のなかにある。このいつものツルハシ一でなんとかしなきゃな」
『あら……嘘でしょ? 百万ギニーもしたのに』
「あとで掘り出せば使えるさ」
言い合いをしている間にも、ゴーレムの四本の腕が、ハンマーのように次々と襲いかかってくる。
後ずさりしながら、右に左にウォルターは必死で跳ね回った。
『もっとゴーレムの近くに寄れない!? 私、至近距離で構造を解析したいわ!』
「じゃあ、このランタンをあいつの顔面に投げ飛ばしたら良いか?」
『そんな乱暴はやめてよね! レディなんだから丁寧に扱ってよ!』
「レディはこんな死地に自ら飛び込もうとしたりしないと思うぞ」
『それにしても反射神経、ずいぶん良いのね』
「あいつの動きが鈍いだけだ」
ウォルターの言う通り、岩でできた巨体は相当の質量があるらしく、動き自体は決して速くない。しかし、その威力と制圧範囲は絶望的だった。腕を振り下ろすたびに地形が変わり、逃げ場が削られていく。
「どうしたらいいんだこれ。逃げようにも、入ってきたトンネルは完全に土砂で塞がれてるし……」
『とりあえず、あの巨大な四本の腕の動きを止めなくちゃね』
「だから、どうやって止めるんだよ?」
ゴーレムの苛烈な攻撃を紙一重で避けながら、ウォルターは言う。しかし、口調に余裕こそないものの、ウォルターの目も、イブリンの声も、不思議なほどに冷静だった。お互いがパニックに陥っていないという事実だけが、この絶体絶命の状況における唯一の希望だ。
『もっとゴーレムの懐に近づいてちょうだい。そうすれば、魔力回路を解析して、弱点を見つけられるわ』
「……もう一回聞くが、このランタンだけ投げ飛ばしたら良いか?」
『乱暴はやめてって言ってるでしょ! それに、二人で近づかないと対応できないわ。私が解析して、実際に対処するのはウォルターなんだから』
「そうか……仕方ないな」
ウォルターは不満を口にしつつも、腹を括った。
幸い、ゴーレムの動きは遅く、単調だ。懐に近づくこと自体は難しくないだろう。――四本の腕を振り下ろす『以外の』攻撃手段を持っていなければ、の話だが。
相手は未知の魔物だ。闇雲に近づいて予想外の反撃を受ければ、即死は免れない。
様子を見るため、ウォルターはあえて攻撃を避けつつ、後方へと大きく距離を取った。
すると、ゴーレムはウォルターを追いかけるのをやめ、足元の岩盤を力任せに砕き、その破片を四本の腕で掴み取った。
そして、大砲のような勢いでウォルターに向けていしつぶてを連続投擲してきたのだ。
弾丸のように飛来した岩の破片が、ウォルターの頬をかすめて背後の壁に突き刺さる。
「なるほど……どうやら一定以上距離を取ると、飛び道具に切り替える性質らしいな」
距離によって攻撃方法を的確に変えてくる賢さがある。ならば、より至近距離に接近した時も、ただ腕を振り下ろす以外の『近接用の攻撃方法』が用意されていると考えた方が良さそうだ。
「おい、イブリン。あいつ……ぼくが足元まで接近した時、どんな行動をとると思う? 足で蹴り上げてくるとか、ジャンプして踏み潰してくるとか」
『……ないわね』
ゴーレムの挙動をじっと観察していたイブリンが、即座に否定した。
『よく見て。あの子、移動する時でも絶対に両足を地面から離さず、すり足で移動してるわ。おそらく上半身の質量が大きすぎて、片足立ちやジャンプをすると自分自身の関節が崩壊するのよ。だから、踏んだり蹴ったりする動作は構造的に不可能よ』
「なるほど」
『でも、だとしたら……』
イブリンは少し考え込み、
『腕をコンパクトに折りたたむ器用さもなさそうだし……至近距離の敵を確実に潰す手段があるとしたら、ひとつだけよ』
「……ああ。巨大な質量を活かして、全身で倒れ込んでくる、だな」
『ええ。間違いないわ』
「ふむ」
ウォルターは飛び交う石礫を躱しながら、口の端を少しだけ吊り上げた。
「よし。それならやっぱり、ランタンだけあいつの足元に投げ込めば、安全に解析できそうだな」
『私、岩の下敷きになって押しつぶされたくないわ! というかなんでさっきから、そんなに私を投げたがるのよ!』
「避けるのに邪魔だからだよ」
『ひどくない!?』
そんな軽口を叩き合っているうちに、ウォルターの背中が冷たい岩壁に触れた。
壁際まで追い詰められた。これ以上は下がれない。
覚悟を決める時が来たようだ。
「よし、一気に懐に入り込む。全力で援護してくれ」
『了解よ。私に任せなさい』
ウォルターが地面を蹴り、猛烈なダッシュでゴーレムに向けて駆け出す。
同時に、イブリンが集中力を極限まで高めた。
彼女の膨大な魔力が放出され、空洞の床に散らばっていた無数の『小石』がいっせいに青白いオーラを纏って空中に浮遊し始めた。
自分に向かって突進してくるウォルターに気づき、ゴーレムが迎撃のために四本の腕を大きく振りかぶる。
しかし、その岩の腕が振り下ろされるより早く――イブリンの念動力によって空中に浮かんでいた無数の小石が、弾丸のような速度でゴーレムの全身へと殺到した。
小石はゴーレムにダメージを与えるためではなく、四本の腕の『関節の隙間』という隙間に、くさびのように深く入り込んで挟まった。
関節のギアに異物を噛み込んだゴーレムの四本の腕が、不快な摩擦音を立てて空中でピタリと停止する。
「すごいじゃないか! 初めからそれをやってくれよ!」
『バカ言わないで! 数が多いうえに、動いている相手の関節の隙間をミリ単位で狙う細かい操作が必要なの! 準備と計算に時間がかかるのよ!』
「なら、この隙は絶対に無駄にしない!」
関節がロックされ戸惑うゴーレムの死角を抜け、ウォルターは一気にその足元へと滑り込んだ。
見上げるゴーレムの圧迫感は、想像を絶するものだった。まるでそびえ立つビルの真下に立っているかのようだ。
ゴーレムが、足元に潜り込んだウォルターを見下ろす。
ふたつの青白い眼と、ウォルターの視線が交錯した。
次の瞬間。
予想通り、ゴーレムは己の足の関節をわざと緩め、バランスを崩して、ウォルターを押し潰すように全身で倒れかかってきた!
数トンの岩の塊が、空を覆い隠して降ってくる。
しかし、ウォルターは冷静だった。巨大ゆえに予備動作が大きく、何をしてくるか最初からわかっていれば、避けること自体は難しくない。
ウォルターは倒れてくる巨体から逃れるように、横に向かって思い切り飛躍し、地面を転がった。
ゴーレムが地面に倒れ込んだ瞬間、空洞全体が揺れ、爆発でも起きたかのような凄まじい轟音が轟いた。
避けたとはいえ、その質量がもたらす余波は恐ろしいものだった。発生した強烈な衝撃波と風圧がウォルターの身体を木の葉のように吹き飛ばし、彼は岩壁に背中から激突した。
「……ッ!! ガァッ……!」
肺から空気が搾り出され、目の前が真っ白になる。直撃を避けてなお、この威力。もし判断がコンマ一秒でも遅れていれば、今頃は原型を留めない肉塊になっていただろう。
一方のゴーレムは、関節に小石が詰まっているため腕が上手く使えず、亀のようにのたうち回りながら、必死で重い身体を起こそうと足掻いていた。
肺に空気を吸い込み、ふらつく足で立ち上がったウォルターが叫ぶ。
「今だ! 今のうちに解析するんだ!」
『もうやってるわ!』
ランタンの中で、イブリンの眼がゴーレムの全身を巡る魔力回路を高速でスキャンしていく。
『わかった! あいつの動力源は胸じゃない! 頭部にあるあの二つの青白い光……『眼』の奥に、デュアルコア構造の魔導石が埋め込まれているわ! あの二つを同時、あるいは一瞬のうちに取り除いてやれば、回路が断絶してゴーレムは完全に沈黙する!』
「……了解した!」
ウォルターは背中に手を伸ばし、使い込まれたツルハシをしっかりと握りしめた。
最新の掘削機はない。己の腕力とこのツルハシだけで、あの硬い岩の頭部を叩き割り、コアを抉り出さなければならない。
「イブリン! あの『身体を強化する魔法』をかけてくれ!」
『えっ!? でも、あれを使ったらまた……!』
「かまわない! 今のぼくの腕力じゃ、あいつの装甲は砕けない! 一分……いや、三十秒だけでいい!」
『……わかった。無理しないでよ!』
イブリンの決死の詠唱と共に、ランタンから放たれた極彩色の魔力がウォルターの身体を包み込む。
全身の細胞が強制的に沸騰するような激痛。しかしそれと同時に、爆発的なエネルギーが筋肉の隅々にまで満ち溢れていくのを感じた。
「おおおおおっ!!」
ウォルターは咆哮を上げ、強化された脚力で大地を蹴った。
岩盤が爆ぜる音と共に、彼自身の身体が矢のように宙へと跳ね上がる。
起き上がろうと頭をもたげたゴーレムの、ちょうど顔の正面。空中に躍り出たウォルターは、両手で持ったツルハシを限界まで振りかぶった。
「石の扱いなら……誰にも負けないんだよ!!」
空中で身体を捻り、全質量と強化された筋力のすべてを乗せた渾身の一撃。
鋭いツルハシの刃が、ゴーレムの眉間――二つの青白い眼のちょうど中間の、岩の『目』へと正確に叩き込まれた。
硬質な破壊音が響き渡り、巨大な岩の頭部にピキピキと亀裂が走る。
ウォルターはツルハシの柄をテコのように抉り、魔力回路の要となっている装甲を強引に剥がし取った。
飛び散る岩の破片と共に、コアとなっていた二つの青白い魔導石がポロリとこぼれ落ち、宙を舞う。
その瞬間、ゴーレムの全身から青白い光がフッと消え失せた。
魔力による結合を失った巨大な岩の身体は、ガラガラと音を立てて崩れ落ち、ただの巨大な瓦礫の山へと成り果てた。
ウォルターが床に着地する。
直後、強化魔法の効果が切れ、想像を絶する鉛のような疲労感が一気に全身にのしかかってきた。膝から崩れ落ちそうになるのを、ツルハシを杖代わりにして必死に堪える。
「……ハァ、ハァ……。なんだ、大したこと……無かったな」
全身汗だくで、いまにも倒れそうな顔色を隠そうともせず、ウォルターは強がって笑った。
『……そうね。大したこと、無かったわ』
イブリンもまた、安堵の入り混じった優しい声で答える。
宙に浮かび上がった等身大のイブリンのホログラムが、ウォルターの前に進み出た。
彼女がそっと右手の拳を差し出す。
ウォルターもツルハシから片手を離し、自分の右手の拳を前に突き出した。
実体がないため感触などないはずなのに、二人の間には確かに、熱い絆と信頼がぶつかり合う音が響いていた。




