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第11話 魅惑のホームセンター

 魔導トラムを降りて平原の開けた道を少し歩くと、要塞のように巨大な四角い建物が姿を現した。


 街の郊外に位置する巨大ホームセンター『オズワルド・マテリアル』。それが今回の目的地だ。


 自動で開く重厚なガラス扉を抜けると、天井が遥か高くに霞む、体育館をいくつも繋げたような広大な空間が広がっていた。むき出しの太い鉄骨が交差する天井からは煌々とした魔導照明が店内を照らし、魔導自動車がすれ違えるほど広い通路の脇には、木材、レンガ、鉄パイプといった資材が山のように積まれている。


 この店は、ウォルターが日頃からよく利用する馴染みの場所だった。石工としてダンジョンで命を預ける重要な道具――メインのツルハシやハンマー、ノミといった特注品は、ダンジョン組合専属の腕の立つ鍛冶師に直接打ってもらっている。だが、岩を割るための鉄のクサビや、防錆油、ロープ、作業用の分厚い革手袋といった消耗品、そして日々の生活を支える日用品の多くは、品揃えが豊富で価格も安いここで買うことが多かった。


 普段のウォルターであれば、入店するなり迷わず無骨な工具コーナーや消耗品資材のエリアへ直行するところだが、今日は勝手が違う。


「わあ……! すっごい広い! あっち! ウォルター、あっちに行きましょう!」


 ウォルターの隣を歩く等身大のホログラム――イブリンが、ローブの袖を翻しながら一目散に駆け出していった。


 彼女が吸い寄せられるように向かった先。そこは、土と緑の匂いが立ち込める広大な『園芸コーナー』だった。


 園芸コーナーの棚には、大小様々な鉢植え、ジョウロ、シャベル、そして目的の肥料などが所狭しと並んでいる。


「見てこれ!」


 イブリンが、陳列棚の中段にある色鮮やかなスプレーボトルを指差してはしゃいだ。彼女は実体を持たないホログラムであるため、物理的に商品を手に取ることはできない。仕方なく、ウォルターがランタンを抱えたまま片手でそのボトルを手に取り、裏面のラベルを読み上げた。


「……『一吹きで葉を美しく! 観葉植物用・美葉スプレー。ツヤと潤いを与え、紫外線から守ります』……だって?」


 ウォルターは半眼になり、隣で目を輝かせている少女を見た。


「君は観葉植物ではないだろ。だいたい、今の君の本体に葉っぱなんて一枚もない。どこに吹きかけるというんだ」


「これから生えてくるかもしれないじゃない! 次! こっちのも見て!」


 イブリンが少し横に移動し、今度は細長いチューブ状のパッケージを指差す。ウォルターはスプレーを棚に戻し、言われるがままにそれを手に取った。


「……『つる植物に必須! 三つの栄養素を配合した、つる強化栄養剤。これであなたの大事なつるもしなやかに強く!』」


「それよ! 私の蔓のキューティクルを保つために絶対に必要だわ!」


「……これ以上、君の蔓を物理的に強くする必要性があるか? 魔法の回路を数秒で組める極細の蔓が、鋼鉄みたいに太く硬くなったら逆に不便だろ。だいたいこれは、普通の植物のつるが伸びてきて、果実の重みでたわみ始めた時に使うやつだ。今の君には早すぎる。というかキューティクルってなんだ。つるにキューティクルはないだろ。髪の毛じゃないんだぞ」


「細かいわね」


 ウォルターが理路整然と却下して商品を棚に戻すと、イブリンは不満げに頬を膨らませた。そして、めげずに別の棚へと走っていく。


「じゃあ、これはどう!? 絶対私にぴったりよ!」


 彼女が次に指差した真紅のボトルを手に取り、ウォルターは再び朗読した。


「……『美味しくなあれ! 果実の甘味を限界まで増す魔法の肥料! 一日一粒で、奇跡の糖度と最高の味覚を手に入れる!』……」


 ウォルターはそこまで読んで、スッと真顔になった。そして、膝の上のランタンと、隣のイブリンの顔を交互に見比べた。


「……君は、誰かに食べられたいのか?」


「……」


 ホログラムのイブリンの動きが、ピタリと止まった。


「これは人間の口に入る農作物用の肥料だぞ。これを君の本体ぶどうに与えたら、君は最高に甘くてジューシーな、極上のフルーツになってしまうわけだが」


「……食べられたくはないわね」


 そこでようやく、イブリンは我に返った。商品パッケージの甘いマーケティングの謳い文句に乗せられ、自分が元人間であることをすっかり忘れていたようだ。


「今日買うのは、生存に必要な普通の液体肥料だけだ。そんな美容液みたいな贅沢品を買う余裕はないぞ」


 ウォルターが釘を刺すと、イブリンはあからさまに唇を尖らせた。


「けちー」


「倹約家、と呼んでくれ」


「……ほぼ同じ意味では?」


「ぜんぜん違う。石工の給料は不安定なんだ。使える額には限度がある」


 イブリンの的確なツッコミを華麗に交わし、ウォルターは本格的な肥料が並ぶコーナーの奥へと足を踏み入れた。


「それにしても……肥料とひとくちに言っても色々あるんだな」


 ウォルターは、棚にズラリと並んだ膨大な種類の商品を見渡して圧倒された。


 有機肥料、無機肥料、速効タイプ、緩効タイプ、遅効タイプ、液体型、固体型……。主要成分や形状だけでもこれだけ細かく分かれているのに、その上さらに、使用目的や対象となる植物、育て方(土壌か水耕栽培か)に応じて専用の肥料が山のように用意されている。


「とりあえず、水耕栽培で、なおかつ『ぶどう用』で探してみるか……」


 しかし、これだけ種類があるというのに、ドンピシャで目的のものとなるとなかなか見つからない。手軽な観葉植物や、庭先で楽しむ花、自家栽培されることの多いトマトなどの果菜類の肥料は豊富にあるのだが、ぶどうのような本来、広大な農園ワイナリーで地植えにして育てる本格的な果樹を、あろうことか『室内の水耕栽培』で育てるのに向いたニッチな肥料など、そう簡単にあるわけがなかった。


 端から順番にボトルの裏面を確認していく地道な作業にウォルターが疲れ始めた頃、不意にイブリンが声を上げた。


「ウォルター、私、これが良い!」


「どれどれ」


 イブリンが指し示した棚の最上段から、ウォルターは少し重みのある箱を手に取った。中には透明なボトルが二本、セットになって入っている。


「……おい。これ、パッケージにデカデカと『真っ赤なトマト用』って書いてあるぞ?」


「裏を見て! ぶどう専用のはないけど、その下に小さく『ぶどうなどの果樹にも使えます』って書いてあるわ!」


 言われて裏面を見ると、確かに注意書きの端の方に、対象植物としてぶどうのアイコンが小さく記載されていた。


「……なるほど」


 ウォルターは成分表に目を落とす。


『植物の生育に不可欠なN(窒素)、P(リン酸)、カリウムを黄金比でバランス良く配合! さらにマグネシウムやカルシウムなどの必須微量栄養素を独自添加! 使用法は簡単。薬剤①と薬剤②をそれぞれ五百倍の水に希釈して注ぐだけ!』


 ――五百倍に希釈、かぁ……


 ウォルターは頭の中で計算を始めた。部屋にあるイブリンが入ったサラダボウルの水量は、おおよそ二リットルほど。となると、必要な薬剤はそれぞれほんの数ミリリットルだ。


 ――料理用の計量カップじゃ大雑把すぎるし、目薬の空き瓶か何かで一滴ずつ計量してスポイトみたいにいけるかな……


 石工特有の緻密な計算と実用性の検討を終え、ウォルターは頷いた。


「……よし。成分的にも問題なさそうだし、イブリンが良いと言うならこれにしよう」


「やったー!」


 等身大のホログラムが、その場でくるりと嬉しそうにターンを決める。自分から「トマト用」の肥料を選んで子どものようにはしゃぐその姿を見て、ウォルターは、身も心もすっかり植物のぶどうなんだなぁと、妙な感心をしてしまった。


「それにしても良く裏の記載に気づいたな。商品持てないのに」


「持てるわよ?」


 そう言ってイブリンのホログラムはひょいと近くにあった適当なボトルを掴んで持ち上げて見せた。


「私ほどの天才ならホログラムの動きに合わせてものを動かすなんて造作もないのよ」


 得意げなイブリンに、ウォルターは感嘆とも呆れとも取れるため息をついた。


 目的の品を手に入れ、レジへ向かって広い通路を歩いている途中だった。


 不意に、ウォルターの鼻腔を、機械油と鉄の削りカスが混ざったような、無骨で心地よい匂いがくすぐった。


 無意識のうちに、ウォルターの足がピタリと止まる。そして、まるで強力な磁石に引き寄せられるように、自然と横の通路――プロの職人御用達の『工具・特殊機材コーナー』へと足を踏み入れていた。


「おっ、最新型の『トルク調整柄』じゃん。これ、現物見るの初めてだな……」


 ウォルターは、壁に掛けられた金属製の重厚なハンマーの柄を食い入るように見つめた。手に持った肥料の箱などすっかり忘れ、ガラスケース越しに熱い視線を送る。


「なるほど、中に特殊なスプリング機構が仕込んであるのか。これならノミを叩く時の手首への反動が吸収されるから、長時間の採掘作業がかなり楽になるかもしれない。今のやつと交換できるかな……」


 ブツブツと独り言を呟きながら、ウォルターはさらに奥の大型機材コーナーへと歩みを進める。


「こっちは……『魔導小型掘削機ドリル』かぁ。相変わらずロマンの塊みたいなフォルムだな。欲しいけど、高くて手が出ないんだよなぁ……。それに、魔導石の地脈に直接ドリルを当てるとなると、魔力の逆流フィードバックを防ぐための絶縁体の組み込みも考えなきゃいけないから、結局自分で大掛かりな改造も必須だし……。おや? こっちの棚にあるミスリル合金製のクサビは……」


 完全に『石工のオタクモード』に入り、ショーケースに顔を近づけてニヤニヤしていたウォルターの背後に、冷ややかな声が降ってきた。


『……ウォルター?』


「……っ!」


 ビクッと肩を震わせて振り返ると、そこには腕を組み、仁王立ちでこちらを睨みつけるイブリンの姿があった。


「私には「美容液みたいな贅沢品を買う余裕はない」「無駄遣いするな」と偉そうに言っておいて、自分はちゃっかり高価な仕事道具で贅沢するつもりじゃないでしょうね?」


「ち、違う! ただ見てただけだよ! 職人の市場調査だ!」


「あやしいわね。さっきからよだれが出そうな顔でドリル見てたじゃない」


「よだれなんてたらしてない! 買わない! 買わないから! ほら、早くレジに行くぞ!」


 痛いところを突かれたウォルターは慌てて言い繕うと、逃げるようにその場を離れ、レジの列へと向かった。


 結局、あれほど広大なホームセンターを歩き回ったにもかかわらず、ウォルターが購入したのは『トマト・果樹兼用液体肥料(二液混合タイプ)』が一つだけだった。

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