三、酔舌奇譚②
こんばんは。
酒を飲むと、人は陽気になるそうです。嘘だと思います。
私の場合、酒を飲むと人の嫌なところばかり見えるようになります。もっとも、自分の嫌なところも見えるようになりますので公平ではあります。
他人を裁くたび、自分にも判決が下る仕組みです。
今回も例によって、他人を眺め、勝手に分析し、勝手に失望し、勝手に納得しております。
実に忙しい夜です。
どうぞ、お暇潰し程度にお付き合いくださいませ。
「凄く品のある物語ですね。もっとサリンジャーみたいな、野卑な感じを想像してましたよ」
「まあ、これも自意識だよね。品よく見られたい、そんな見栄が明け透けなんだ。けど、それも含めて俺らしいかなって思うよ、逆にね」
「続き、楽しみにしてます」
「ありがとう、また見せるよ。それよりさ、あの毛塚の野郎、どう思う?俺、いつか必ずやってやろうと思ってるんだ」
「やってやろうって……ドストエフスキー的な話ですか?」
「えっ、ドストエフスキーって誰?」
「正気ですか?ロシアの有名な作家で、内面世界の王様みたいな人です。文学に携わるなら絶対に読んだ方がいいと思いますよ」
「いや、俺昔の本無理なんだよね。もう、現代の本オンリー。まぁ、あとはユーチューブとか見て、色々文学勉強してるって感じ」
「にしては作風がだいぶ古典的でしたね」
「うーん、逆に現代文学しか読まないから、その反動的な?なんか人間ってさあ、矛盾の生き物じゃん」
「ドストエフスキーと気が合うと思いますよ」
「そうなん?気が向いたら読んでみるわ。それより毛塚の話に戻るんだけど、取り敢えずは録音的なことはしようと思ってるんだ」
「録音ですか」
「うん。それを内部告発でもいいし、エスエヌエスで晒すのもアリかもしれない。とにかく、どうにかしなきゃと思ってる。聖太はどう思う?」
「私ですか?うーん、そうですねえ……馬鹿だとは思ってます。でも、嘲弄の相手としたら最適なので放置ですかね……」
「それは良くない。皆、あいつに苦しめられてるんだからなにかしないとダメだよ」
「……もしやるなら、協力は致しますよ」
「ありがとう。じゃあ、また考えておくわ」
文学の風上にも置けぬ戦略だ。孫子もきっと、泡を吹いて笑うだろう。
嗚呼、下らない、下らない、安閑、安閑。そう唱えるたびに、胸の奥でなにかが小さく揺れています。それは、まだ赦しを諦めきれない、私の心に漂う青蛇の残り香です。
電話の着信
これは、これは──毛塚様ではありませんか。少し席を外し、通話に出ました。受話口からは、すでに酒で湿った声が響きます。
「今から飲みにこい」
まるで命令のような口調です。
「お断り、お断り、誰が余暇のいとまにお前なんかに会いに行くか、ボケナスが。図に乗るなよ」
それが第一印象でした。しかし、なにか怖いもの見たさのような引力が、酔いどれ頭をくすぐるんですよ。こりゃあ行くしかありませんでしょう。
「すいません、ちょっと家族で色々ありまして……お金、ここに置いておきますね。また明日」
「あっ、おう……また明日」
非道な虚言をつきました。乾君にではありません。自分に、です。どうやら私は、毛塚様の邪悪に足並みを揃えているのでしょう。とんだ畜生野郎です。
着きました。こりゃあ、毛塚様らしいや。大衆居酒屋に脛毛が生えたような、わずかに洒落気を装った、しょうもないお店。
「よお、来たか。随分と早かったな」
「はい、近くにいたもので」
「あ、これね。俺の彼女の舞華」
「舞華です。初めまして」
「初めまして。いつも毛塚様にはお世話になっております」
「こいつとは、大学のサークルからの付き合いでな。まぁ、今日はちょっと、職場の後輩にも会わせてやろうかと思って誘ったんだよ。ほら、ぼうっとしてないで店員呼んでよ、早く。聖太、生ビールでいいか?」
「いえ、このシャンディガフというやつをお願いします」
「はいよ。てか、なんで黙ってんだよ、早く店員呼べよ」
「ごめん。すいませーん」
「声ちっせえよ。もういい、俺が呼ぶ。すいませーん、注文いいですかあー!」
──よくいるでしょう?幼き頃から、醜き容姿と、それに由来する気弱な性格。その二つに長年蝕まれ、異性と満足に話すことも叶わぬまま思春期を通過してしまった方々。
彼らは、心のどこかで手つかずの劣等感を温め続けています。けれど、それを真正面から見つめることもできず、他者との距離を縮める努力もせず、代わりに頑張る場所を、成績や資格や肩書きにすり替えてゆく。そうして、ある日ようやくお金を持ち、学歴という札をぶら下げ、世間に受け入れられる大人として社会に出る。
すると、それまで一度も口を利いたことのない異性から、笑顔を向けられるようになる。優しい言葉をもらう。「素敵ですね」だの「知的ですね」だの。それを、お世辞とも気遣いとも知らず、まるごと鵜呑みにしてしまうのです。あれほど緊張して声すらかけられなかったくせに、今では女性に偉そうに説教を垂れ、鼻白むような下ネタを撒き散らすようになる。
赤ら顔でペコペコしていたシャイボーイが、気づけば横柄なバイオレンス野郎に成り下がっている──あの変貌、あの増長。自信の根っこが嘆かわしいのです。欠落に飾りをかぶせただけで、それを乗り越えた気になってしまっている男性たち。毛塚様は、まさにその悲しき種族の先頭を突き走っているのです。なんとお労しいことでしょう。……もっとも、私もまた、その隊列のどこかに並んでいるのかもしれませんが。
「俺なあ、大学の時、宇宙工学を勉強しててな。その話をさっきコイツにしてたんだよ。けどなコイツ馬鹿だから、ちっともピンときてねえんだよ。これだから馬鹿は嫌なんだよ、馬鹿は」
「すいません。おそらく、私にも分からないと思います」
「いや、聖太はいいんだよ。ちゃんと契約とってくるし。多分、地頭はいい筈だぜ」
──馬鹿が発する、破家の乱打。無視するが最良の術。首肯だけして他へ意を回す。
私は、気まぐれに舞華様を横目で観察しました。観察は時に、上等な肴になるものです。
歩く速度のぎこちなさ。声を出すときの無駄な震え。言葉の末尾で必ず息を濁す癖。首の傾きの不安定さ、宙を泳ぐ視線、まばたきの多さ。痩せれば美しいとでも思ったのか、頬は削がれ、顎は貧相に萎びている。耳たぶは厚ぼったく、皮脂が光を鈍く弾く。背筋だけが妙に張っており、ヨガかなにかの風潮に毒された不自然な直立。食べ物を口に運ぶ手つきも、まるで習い事のように型ばっている。口を開くときは必ず手で覆い、咀嚼は品を演じるための遅さ。あれを品と呼ぶなら、風鈴の舌も恥じらいましょう。
化粧は流行の猛毒です。唇には鮮烈すぎる紅、頬には過剰な血色、瞼には煌きを塗りたくり、まつ毛は扇のよう。服装は雑誌の亡霊めいて今風を気取る。バッグとアクセサリーは、値札の幻影をぶら下げ、香水は体臭の延長と見まごう締まりのない残り香を撒き散らす。
爪は年齢と競うように地味で、飾れば飾るほど老いを露呈する。ヒールは素質に不相応な高さで、誤魔化しの象徴として脚にぶら下がっている。
──どれをとっても、劣等感。コンプレックスという言葉を擬人化したなら、それが舞華様に他なりません。あんなに人の癪に障る容姿は滅多に拝めるものではない。いっそ今すぐこの酒をぶっかけ、あの仮面を剥ぎ取り、人の顔に戻してやりたい。努力が仇となるなど、衆生の中であってはならないのです。
もう、自己の性質通りの献立で飯を下品に喰らい、食後は豪快に屁でもこいて笑ってやればいい。それを可愛いと笑ってくれる者こそ、貴方の王子様です。私に関して申せば、閻魔でございますから、もし貴方がそんな真似をなさるなら、地獄へ叩き落としますがね。
──まぁ、とにかく気楽に生きな晴れ。
ねえ、雛さん。どうして私は、貴方の屁を許せるのでしょうか。貴方なんか、えっヘラえっヘラ屁をこいて、それでも勇ましい。私は、貴方が誇らしいのです。珍味佳肴とは貴方のこと。嗚呼、早く帰って、私がえっヘラ屁をこきたい。
「それでな、俺が最後に書いた論文がな〜」
毛塚様は、酒に拍車をかけながら、ひたすらに語り続けています。嗚呼、自己の機嫌が損なわれるのを感じます。貴方は、自分の世界のなかだけで思考し、発話し、肯定され、そして完結しておられる。ええ、あなたは強い世界に生きておられます。とても強く、完結していて、外からは少しも傷つかない。その装甲のまま、今日も、ただ生きておられる。
けれど、それは他者の心に己を沈める力を欠いた強さです。それは、スポーツ馬鹿の筋肉となんら変わらぬ、思索の肉体です。どれほどインテリを気取ろうが、貴方は馬鹿なのです、最上の。
私にとって「知」とは、己の足を溶かして、他人の地面に沈めること。その泥の底で、他者の痛みを我がものとして呻きながらも、なお言葉を選び、触れようとすること。それだけが、私の認めうる尊敬です。
ですから、どうか、師をください。私の心の底の、そのまた底に届くような、ぬるく濁った深みに、臆さず潜ってくださるような方を。息が詰まるほどに優しい眼を持ち、そしてときに、無慈悲な真理を語る師を。
それは救済のためなのか、あるいは裁きのためなのか、私にも分かりません。もし優しさを与えられれば、私は赤子のように甘え、泣き崩れるでしょう。けれど、もし鞭を与えられれば、囚人のように頬を差し出し、悦んで打たれるでしょう。
どちらが真の望みか、もう見分けがつかないのです。救い手であれ、処刑人であれ。ただ一つ確かなのは「私を見てくださる」というその一点。見つめられることさえあれば、赦しであろうと断罪であろうと、私はようやく自分を生きられる。
嗚呼、師よ──どうか、私を拾い上げてくださいませ。いや、打ち捨ててくださる方でも結構です。どちらであっても、それは褒美なのですから。
……もう、間もちの独語も限界です。飲んで、飲んで、飲むしかありません。
「すいませーん、赤ワインありますう〜?」
「あっ、店員さん、大丈夫です。お会計ください。もうやめとけ、明日も仕事だろ」
──嗚呼、あなたも銭勘定のお得意さんですか。それはそうですよね。一丁前に奢ることだけはしてくださる。けれども、勘定はする。あっぱれの所業。
水を飲まなくては、水を。明日は仕事、明日は仕事。この水だけが、私と社会との、細くも確かな繋がりです。
脳に鬱陶しく流れ込んでくる言葉の数々。これは人間に与えられた特権なのでしょうか。それとも、この“感情すること”そのものが特権なのでしょうか。そんなことまで考えてしまい、目が回りそうです。酔拳か、酔眼か。どちらが勝つとも知れません。嗚呼、こりゃあ駄目です。理の灯が、霧に溶けてゆきます。
「じゃあ、そろそろ行くか。おい、お前大丈夫か。顔真っ赤だぞ」
「最初から赤かったですよ。大丈夫です。本日は誠にありがとうございました、毛塚様」
毛塚様は少しばかり笑い、勘定を済ませると、あのコンプレックス様と並んで店を出ていかれました。二人はそのまま腕を組み、ゆっくりと夜道を歩き出します。普段は嫌悪しか覚えない毛塚様の背中が、今夜ばかりは妙に穏やかで、その後ろ姿だけは、なぜだか愛おしく見えるのです。
痛々しさと愛情は、紙一重。
──私人間やってる。
そんな自覚が、笑けてきます。
私は昔から、人の嫌なところを見つけるのが好きでした。容姿や話し方や癖や価値観。
「この人のこういうところが鼻につく」
そんなことばかり考えております。
そして、それを言葉に出来た時がいけません。まるで誰も見つけていない鉱脈を掘り当てたような気分になるのです。
ああ、この人はそういう人だったのか。この嫌悪感には、こういう名前がついていたのか。
そんなふうに、自分だけの言葉を見つけたような気持ちになります。
人間を理解したのではありません。ただ、人間を言い当てた気になっているだけです。けれど、その瞬間だけは、どういうわけか少し気持ちが良いのです。
あるいは、人の美しいところより、醜いところに先に目が行くと言った方が正確かもしれません。そして、その醜さを上手に言葉へ変換できた時、妙な快感があるのです。
まるで野山で珍しい虫でも捕まえたような。あるいは、名無しの化け物に勝手に名前を付けたような。
「なるほど、お前の正体はそれだったか」
そんな気分になります。
実に下品な趣味です。他人の欠落を観察して悦に入るなど、人間として褒められたことではありません。けれど文学というやつは、時折そういう卑しい快楽を「洞察」などと呼んでしまうものですから、なお始末が悪い。
もっとも、最近は思うのです。
私が見つけたと思っていた化け物は、本当に化け物だったのでしょうか。
意地の悪さ。見栄。嫉妬。寂しさ。
そんなものは、人間なら誰しも少しくらい持っているものでしょう。私が怪物だと思っていたものも、よくよく覗き込んでみれば、せいぜい天邪鬼が関の山であります。
それなのに私は、そのありふれた弱さへ大仰な名前を与え、まるで大発見でもしたかのように喜んでしまうのです。
人を見ているつもりで、自分の見たいものを見ていただけなのかもしれません。
毛塚様も。主人公も。そして私も。
皆、それぞれに少しばかり拗ねていて、少しばかり寂しくて、少しばかり格好をつけて生きている。
私が見つけたと思っていた怪物も、蓋を開ければ見栄や嫉妬や寂しさの寄せ集めです。
化け物になるには少々凡庸すぎる。
かといって聖人になるには随分と卑しい。
要するに、人間です。
なんとも救いのない結論ですが、どうやら私は、この結論が嫌いではないのです。




