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泥華  作者: 神保 小太郎
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二、東京百面相①

東京の人間は、皆きれいな顔をしております。

希望の顔。

諦めの顔。

優しさの顔。

性欲の顔。

善人ぶった顔。

私は、そのどれも少し苦手でした。

だからせめて、小説の中だけでは、醜く笑ってみようと思います。

 東京の街を闊歩しております。私は、顔というものがどうにも苦手です。顔ほど厄介なものはありません。あれは心を隠すくせに、隠しきれぬものまで漏らす──なんとも無礼な看板なのです。

 見渡す限り、顔、顔、顔。目の前では、炭鉱顔の青年が摩天楼をわざとらしげに見上げ、 嘘臭い希望と夢を堂々と大衆に見せつけている。いやらしいったらありゃしません。

 左を見れば、醜悪な皺を刻んだ年増が、文句たれの図々しい面をしている。口なんて開けば、熟れすぎた文句の腐臭がだらだらと漏れ出して、周囲を陰気にする。年増のしかめっ面ほど、洒落にならないものはありません。

 斜め前の背の高い男。静かな眼鏡の奥から、嗜虐の匂いが漂っております。その視線の先には、拒食症のような女性の生足。あれは、サディストに見せたマゾヒストの変態野郎。ああいう男が一番気色が悪い。

 また交差点。 嘘くさく微笑ましげに細めたどんぐり眼が、犬を優しく見つめております。無策無能の性欲眼が、その尻を追いかけております。なんとも、微笑ましきラブストーリーです。

 その横には、爛れ眼に青白い肌。嘘くさい不健康を纏い、どこか“構ってほしさ”の匂いが漂っております。

 人を不衛生物のように扱う、潔癖ぶった狐目の女。手には真っ白い手袋。潔癖症など、自らを清潔に見せたい欲が生んだ、自意識の産物にすぎません。不衛生の極です、彼女は。 

 東京の顔というのは、思ったより率直な物言いをするものです。田舎者の私は、いったいどんな顔をして歩けばよいのでしょうか。おたふく顔、モナリザ顔、アインシュタイン顔──どれもしっくりきません。無表情で、下を見て歩くのが妥当でしょう。さあ、前へ、前へ。一世一代の職探しでございます。


「高校卒業して、すぐ上京してきったて感じなんだね。なるほど、なるほど」

「どうしてコールセンターの仕事をやろうと思ったの?」

「言葉に触れる時間が好きなんです。本とか、落語とか、ラジオとか。だから、そういった自分の特性を考えた時に、常に誰かの言葉に触れて、寄り添える仕事がしたい。それができそうなのが、コールセンターだと思って応募致しました」

──人の顔を見なくていい仕事しか、できないと思ったからです。

「なるほどね、健全な理由だね。ウチは営業がメインだから、客に寄り添うみたいな感じではないけど、大丈夫? ただただ、電話をかけて契約をもぎ取る感じだよ」

「大丈夫です。契約していただくことで、お客様の生活に寄り添って、豊かにしていく。そう考えればいいのではないでしょうか」

「俺に質問する? 面白いね、君」

「……」

「でもね、割と金目的とか、人と顔合わせたくないとか、そういうあっさりした奴の方が向いてる仕事なんだよ。意外とね」

──大適任ですよ、私。面接の方、ここに天賦の才能を秘めた者がいらっしゃいます。その大輪の華を見逃してはいけませんぞ。しっかり目を凝らして、今の私を見つめなさい。

「向いてると思います、私」

「そうは思わないけど。厳しいと思うよ」

「向いてますよ、私。本当に」

「……分かった、分かった。取り敢えず気持ちは伝わってきたから。また、追って連絡する」

「はい。お待ちしております。本日はありがとうございました。失礼致します」

──嗚呼、だめだこりゃあですよ。

 裏の裏をかいていけばよかった。いや、悔やんでも仕方なし。初めてにしては上出来、上出来。お疲れ様。私を落としたのならば、あの方はただの盆暗野郎です。呪うが正解です。取り敢えずは、お待ちしましょう。


 私が正直に物申せる職場なんてあるのでしょうかね。悪口支援機構なんてあればいいのになあ。

「特技は?」

「人の醜さを見抜くことです。悪口を言わせたら天下一品ですよ」

「じゃあ、それを見してください」

「え、私の悪口を試してみろと?望むところです、クソ野郎」

「ええ〜、貴方の第一印象は、顔が至らないということです。瞼は重く垂れ下がり、鼻筋は粉砕されたかのように影もなく、口は醜く分厚く、歯並びは氷山の崩落のように不揃い。そう、劣等遺伝の塊です。アーメン。あれ、その頭、クールビズにはちと早くはないですか?あっ、ごめんなさい、先取りというやつですか。こりゃあ洒落たお方だ。それから──」

「もう結構です」

「言い足りない、言い足りない。フラストレーションですよ。誤解なきよう申しますが、あと三時間は言い続けられましたよ」

「心強いですね。ご趣味は?」

「人の傷を拾い集めて、標本のように並べて悦に入ることです」

「欠点は?」

「欠点と書いて、私と読みます」

「夢は?」

「中指に金箔を貼り、舌を覗かせ、誰彼かまわずその金ピカな中指を突き立てることです」

「好きな食べ物は?」

「へつらった顔です」

「嫌いな食べ物は?」

「さっきの対義語です」

「座右の銘は?」

「赦しよりも嘲笑を、涙よりも歯ぎしりを」

「はい、面接は以上です。明日から、新しいプロジェクトのリーダーをやってもらいます。また明日こちらにいらしてください」


「ねえ、お母さん、仕事決まったよ。しかも、プロジェクトリーダーだって。まるでインテリみたいだよ」

「これはお父さんも聞いたら喜ぶね。一緒にご馳走を買いに行きましょう」

「わーい、ご馳走だー。お父さん、早く帰ってくるといいな」

 独語です、妄想です、化け物です。なにはともあれ、終わった、終わった、ご苦労様でした。私は楽しく下を向いて帰りました。右手にお酒、左手にタバコ。なんの難もなく買えました。他人は本当に、私の顔を見ていないようです。悲しや、悲しや。


 電話の着信。

「はい、そうです。先ほど面接を受けさせて頂いた者です」

「来週の月曜日からお願いします」

「はい、承知致しました。有難うございます。今後ともどうぞよろしくお願い致します」

こりゃあ、宴だ、宴だ、乾杯だ。


ここまで読んでくださった方、有難うございました。

主人公は散々、人の顔を悪し様に語っておりましたが、結局のところ、一番見たくなかったのは自分の顔なのかもしれません。

東京は今日も眩しく、私は相変わらず下を向いて歩いております。

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