外伝 毒物が異世界に行った場合[3]
『フォルトゥナ歴303年☯月㍵日』
――アルクスよ、私は帰ってきた!
気づいたら年の節目を迎えていた。
本気で戦争を阻止すべく、反乱軍やら革命軍やらと全速力で行き来して情報を流用し合い、アルスの商会を通して大陸中の商会における物価を調整して流通を難航させたり、ヘーロスに戦乱時に関わるであろう獣人傭兵団との折り合いを付けてもらったり、とにかく外交官僚も真っ青な仕事量をこなしていった。
戦争阻止の活動としてきっかけとなったグレゴリウス公爵の隣国への拉致並びに身柄引き渡しを切っ掛けに、賛同者達の駆逐といった大掛かりな活動はこちらとしても相当に稼がせてもらったよ。
首謀者はグレゴリウス公爵だったが、一番の協力者が敵国の第二王子だというのも呆れた事情だな。
マッチポンプで戦争の勝敗を操り、これによって生じた功績と起こり得る『悲劇』を上手く利用する。
公爵は王宮内での発言力を強め、第二王子は現国王兼父と継承権第一位の第一王子兼兄を蹴落として次代の権力者に成り替わろうという筋書き。
何とも権力者に在りがちな強欲の形だ。
国際連合のような国際平和・安全の維持、諸国間の友好関係の発展等を目的とした組織という名の『抑止力』が存在しない以上、国という単体の力が暴走するのは必然か…。
とりあえず、隣国の方はあのような愚鈍な男に王の椅子を明け渡さずに済んでよかったと私も思っている。
民を率いる――人の上立つとは『何でも思い通りにする事が出来るようになる』と勘違いしているような輩に政治を任されては民草も安心して枕を高くして眠れやしないだろう。
だからこそ首謀者二人組には特別講習を施してやった。
答えを間違えたら『ニンニク・ネギ・トウガラシ』を絶妙なバランスで配合した特製風呂へと頭から十秒間ぶっこむという拷問紛いな代物だ。
お蔭で全てが終わった後にて両者をそれぞれ自国に返還したら凄まじい反応をしていた。
うーむ、せめてニンニクを抜いておいた方が良かったかもしれん。
現に回収しようとしても、凄まじい匂いのせいで兵士達が近づけないという事態が発生していたからな。
やり過ぎたとしか言い様がない。
あの二人だけでなく、賛同者達に対しても『囚人のジレンマ』に則った尋問を行った事でバンバン証拠が集まったものだ
それも国家転覆を狙える程の…逆に扱いが困るくらいに、だ。
忠誠心が足りないな、腐らない国家が完成するのは決してありえないという訳か。
それに、正体不明は相変わらずとはいえ、今回の一件で私の存在がやや浮き彫りになりつつある。
おまけに二つ名までもが付けられてしまった。
――『黒風』
私が纏う裏用の仕事服は袖口の広い夜での活動を対象とした黒衣だ。
モデルとしたのは日本人として子供の頃、一度は憧れたであろう忍者。
そこへ匿名性を更に高めるべく、傷一つない真っ黒に染め上げた無形の仮面を付ける。
速度は突風の如し。
地力の少ない私は技巧という引き出しを増やした事で高速移動を可能とさせた。
真正面から敵を圧倒する力は私には殆どない。
なぜなら私は戦士ではない。
卑怯、姑息、狡猾――。
全てを許容し、殺し合いを逃避してただ一方的な蹂躙を好む者。
捨身が必要な瞬間にのみ、重ねに重ねた技巧で補完する。
私はこの姿勢を一生解きはしないだろう。
受ける者にとっての嫌悪感を知る一方、この姿勢における頼もしさを誰よりも知っているのだから。
『フォルトゥナ歴303年☯月☸日』
近頃、フィリウスの私に対する態度に些か不安を覚える。
表の便利屋として働く際、依頼主の元へ赴く時には必ずといっていい程について来るようになった。
本人は「後学のため」だと理由付けているが、あれは手に職を持つ事を目的として率先して行動している訳じゃない。
もっと単純な…寂しさを紛らわせるべく私に着いてきているという子供らしい理念から来るものだろう。
それぐらいならば別にいい。
だが知らぬ間にベッドへ潜り込んだり、風呂へ一緒に入ろうとするのは流石に止めてほしい。
酷い時には私の上着を剥き出しにし、乳に吸い付いた状態のまま眠りに就いてた事もあった。
良い歳して二重の意味で乳離れ出来ないままでいるのは保護者としても心配なのだ。
精神に幼児退行化の傾向は見受けられないため、後は切っ掛けさえあればなんとか…。
いいや、あの子は手ごわい。フィリウスは基本的に私と私に親しい者以外の話を聞こうとしない。
幾分かマシにはなったが、不機嫌になるような事をされると忽ち魔力を解放して副産物である衝撃波によって周りを吹き飛ばす事もある。
その度に拳骨を喰らわせて強制的に止めているがな。
せめてどうにかして制御だけでも目途が立てられれば文句はないのだが…。
フィリウスが包容する魔力量は余りにも多く、一般に流通している制御系の魔導具では間に合わない。
紹介してもらった店の店長が「ここまで凄まじいのは見た事がないです!」と驚嘆していたくらいにだ。
ならば今度、カラールという港沿いの街にでも出掛けてみるとしようか。
あそこには別大陸から流れてくる品々が多く、しっかり見極めれば相当の掘り出し物も手に入れられる。
思えば、これがフィリウスとの初めての旅行になる。
あの子がどこからどのようにして来たのかは未だに知らない所が多くとも、私にとって彼は『家族』の一員である事に変わりはない。
『フォルトゥナ歴303年☯月☤日』
久々の休日による遠出でやって来たカラール。
ここは海鮮食材が卸される事でも有名であり、私としても久々に生の魚を口にできる機会に巡られる場所であった。
冷凍技術が確保されておらず、魔術師の力もしくは高価な魔導具を使わなければ氷すら生み出せないこの世界。
魚といえば、干物か燻製が当たり前な食材という見解に妻の料理で舌の肥えた私には我慢できない実態だ。
おまけに元日本人の私には慣れ親しんだ調味料――醤油も山葵も存在しない。
あー刺身が食べたい……。
まずいまずい、食に対してこの頃貪欲化しつつあるようだ。
お蔭で当日、獣人の血が混じっているからと客を差別しようとした商人に前回の依頼で手にした金貨が入った袋を顔に叩き付けて魚類を大人買いしてしまったくらいだ。
それも払っても御釣りがかなり返って来る金額で…。
今思えば馬鹿をやったな。
買い物後、保存が効かないから一日で全部消費しないといけないので、その場で調理する事になったんだが、知らず一人また一人と物珍しげに寄ってきた。
結果、何故か現地の人間達――主に漁師中心――で寄せ鍋を囲う事となった。
――まぁ、楽しかったよ。
それに唯楽しかったばかりじゃない。
別大陸における情報然り、目当ての魔力制御を旨とした魔導具が次の日港へ入るとの有力な情報が入った。
そのため、一泊二日を予定していたのを一日伸ばして競りへと参加する事になった。
ここまでは順調だったのだ。
泊まった宿屋で真夜中、二階から艶めかしい嬌声とベッドが軋む音で就寝中に起こされ、隣で不機嫌となったフィリウスが魔力砲で『逆ナイアガラの滝』を実践し、宿屋に風穴開けた事は別として…。
――早朝から『海賊大強襲祭(サプライズ編)』だなんて流石の私も予想できぬよ!
お蔭で競りは中止になってやって来る筈の商船もおじゃん。
気持ちの良かった海景色が一瞬にして黒煙満ち溢れる騒乱の街へ早変わり。
だんびら振り回して押し入り込む不衛生な風貌の男達。
…もうね、調子に乗んなこの[表面が強く擦ったように抉れて読めない]。
街を襲撃する際、『ルチアーナ海賊団』だの何やら船の上で高々と名乗り出ていたらしいが、この街で出される海鮮名物の朝食を食べ損ねた私は海賊船に向かって所持していた発火式催涙玉を仕返しに投げ入れたんだったな。
隣ではフィリウスが魔力を練って炎属性である火炎球をマシンガンの如く浴びせてたりと――。
結果、ものの十分経たぬ内に敵海賊船を五隻沈める事になり、船長らしき女も捕える事となった。
まさか海賊の船長を女性が率いているとは思いもしなかった。
縄でふん縛り、道端に転がしている間に女性ながら聞くに堪えない罵声や下品な言葉が飛んできた所を見るに、女だてらに荒くれ共の海賊を率いる程の度胸は身に付けているようだったが…。
同じく女の身を持つ私としても賞賛を送ってやりたい。
とにかく、その後は街ならびに私達へと迷惑をかけた海賊共(男達)に制裁の意を込めて上と下の毛をちゅるちゅるになるまで剃刀で剃り上げ、全員を憲兵に突き出した。
こうして最後に残った船長――ルチアーナという女性には今回襲撃した根本的理由を個人的に問い詰める事になった。
強奪目的で襲うのには旨みが少ないこの街を海賊が襲うのは人身売買用の奴隷を手に入れるためという線が高いからだ。
バックにいる黒幕を彼女自身の口から吐かせる事で得られる情報。
情報屋を併合している私にとっても嬉しい飯の種なのだ。
役人共に手渡してもみ消されるくらいだったら再利用させてもらった方が得という訳である。
港にて設置型の小型鉄檻に閉じ込められていたルチアーナは「拷問くらいでアタイが吐くとでも思ってんのかい!」と相変わらず強気な発言が目立ったが、そう言って私の考案する身体的欠損且つ傷害ではなく、主に精神を折るタイプの拷問に屈さなかった者などこれまで見た事がない。
このままいざ始めようとしたのだが、横からフィリウスが突如として割り込んできたのだ。
何でも、自分もやり方ぐらいは覚えておきたいという事らしく、私の代わりに挑戦したいという意気込みに満ち溢れていた。
拷問でやる気を見出すというのはどうかと考えてはいたが、やり方における注意事項を説明してから後ろで見守っていた所――。
――肥料用に積み荷として置かれていた『馬糞』をどこからか運び出し、用意していた焚火へと石炭燃料のようにくべ込めこんで発生した酷い悪臭を放つ煙をもくもくもくもくと…。
いやーその発想はなかった。
おまけに煙を板切れで扇いでいる間、言葉責めフルコースまで追加。
フィリウス君、君はSM職人でも目指すつもりなのかね。
やっぱりレミータお姉さん、本気で君の将来を心配せねばいかんかもしれん。
初めの頃は姉御肌な女性として印象的だったルチアーナが最後には「えぐッ…もうやだよぉ…全部話すから許してよぉ…ひっくッ……」と子供のように泣きじゃくったくらいだったからなぁ。
…さすがの私もこれには同情せざるを得なかった。
商店で買った魚介類全般 帝国金貨25枚――。
海賊討伐で使った発火式催涙玉12個 帝国金貨1枚・銀貨68枚――。
海賊団女船長から仕入れた黒幕情報 プライスレス――。
『フォルトゥナ歴303年☯月☮日』
ユースティアが久々にアルクスへと帰ってきた。
現在、人気沸騰中の歌劇団にて大トリを務める歌姫でもあるため、彼女の姿を目にした途端に街中がお祭り騒動へと発展したくらいだった。
この大陸において私達五人の中で存在を大々的に宣伝されていると言ってもいい存在だ。
うむうむ、人気者で何よりだ。
私の方は出会い頭、数ヶ月前に開催した運動会にてユースティアの提案で出されたという賞品の事で問い詰めようとし、その瞬間に逃げられたが…。
兎人の脚力で逃げられては私ですら追い付かないのだ。
特に跳躍力には目を見張る。
三階建てのビルを軽々と飛び越えてしまうくらいの力だ。
私もまだまだだな。しばらく本気の鬼ごっこを二人で楽しんでいたが、肉体強化による純粋な速力しか取り柄のない私ではトリッキーなユースティアの動きを捕える事は適わなかった。
ふふふ、これで32勝38敗か…。
小さい頃は知略戦で地の利を生かした先回りで勝てていたのだが、身体が大きくなるにつれて地力が差を見せるようになってからは黒星が目立ってきたという訳だ。
歌劇団での生活は順調との事だった。
時折、行き過ぎたファンが暴走して突発的な行動に走る事があるものの、持ち前の逃げ足によって大事に至った事はないらしい。
ユースティアのファンか。一般市民ならまだしも、中には豪商や貴族も混じっているから迂闊な扱いは厳禁。
故に有無を言われる前に『逃げる』という行為で凌いでいる。
下手すると求婚を求められる事もあるらしいが、本気ですると他のファンから恨みを買うため、それぞれが抑止力として働いているのが幸いか。
だが、それでもなお抑えられない勢力というのは存在する。
『広報人』という職人団体――前世の言葉で言い表すならばマスコミ――が…。
情報規制における法律が整備されていないこの世界では彼らの存在はストーカーそのものだ。
飯の種を得る為ならばリスク覚悟で本人の元へと突っ込んでいく蛮勇をふるう。
私や妻も彼らには結構厄介になった経験があるから良く分かる。
彼らに目を付けられたら本気で気を抜けない。
接触を回避するべく、裏をかいた心理戦も回避するごとに難易度が上がっていくのだから、蟻地獄そのものである。
まぁ、あんまりにもしつこかったので『公正且つクリーンな裏技』を使って黙らせた事はあったが、あれは失敗した場合のリスクが大きいので今世は使いたくない。
これまでも有力貴族とのスキャンダルだのと色々と流されたユースティア。
自分が元奴隷だという事がバレる情報以外ならば何を言われても気にはしないらしいが、お世話になっている歌劇団の仲間達に迷惑は掛けたくないという願いがあった。
悪質という分類に入る広報人に対してはアルスが商会全体で支援を図って対処している。
けど広報人達が立ち入って来るタイミングが何やらおかしく、ユースティアはこの異変に関して私に依頼を持ち掛けてきた。
――いち歌姫として、自分の歌を楽しみにしている御客様のためにも…。
ユースティアの話を聞くに候補として一番怪しいのは二週間前、豪華な贈り物を伴って楽屋へとやって来たスペルヴィア伯爵子息。
本人曰く、私から教わった心理学を混ぜ込んだ哲理学を元に分析した彼の行動における心理と深遠道理を分析してみた所、親密希求型・パラノイド系に分類される行動パターンが多かったそうだ。
宿泊する予定の宿へと先回り――。
過度な面会の要求――。
不必要な品々の贈り物――。
うむ、典型的な『ストーカー』だな。
ストーカーにおける刑法など整備されていないこの世界ではたとえ状況・物的証拠が揃っていようとも相手を拘束する事は適わない。
精々が「やり過ぎないように」と警告される程度だ。
それも相手が貴族となると、警告すら行動に移せない可能性が大きい。
機嫌を損なえばどんな報復をされるか、役人共には気が気でないのだ。
――あい分かった、レミータ姉さんに任せときなさい。
大事な妹分を守るのも君の姉である私の役目だ。
君が君にしか出来ない事があるように、私は私にしか出来ない事をさせてもらう。
あ、でも依頼料としては今度首都で開催される公演の劇券をフィリウス含めて五枚分用意してもらおう。
実を言うと、私も君の歌を聞く事が大好きなのだよ。
歌劇用の台本や歌詞について手紙でアドバイスしてる事もあるから、どこまで形になっているかを感じてみたくてね。
それと、私を強引にお風呂場へと連行しないでくれないか?
元男として、スレンダー豊満ボディに育った君の身体を直視するのは老骨の心を持つ私でさえ恥ずかしい。
あと、私の成長具合を確かめるとか言って胸を捏ね繰り回さないでほしい。
そんな娼館にいる売上第三位な私の友達が好きそうな百合百合しい展開は欲しくない。
最期にフィリウス、私にちょっかい出してるユースティアを変な目でみるんじゃない。
厳密には違うとはいえ、近親●姦な展開なんて私は許しませんよ!
『フォルトゥナ歴303年Φ月¢日』
うん、何ていうか…。
書く事が思い浮かばない。
ついさっき、スペルディア伯爵家へ侵入してかの伯爵子息の元へと帰ってきたところなのだが…。
――いかん、変態という存在を嘗めていた。
テレビの中にはストーカーが自分の部屋に大量の写真を張り付けるという場面があるそうだが…。
あんなのが生易しいと感じるレベルな光景がかの部屋に存在していたとは――。
床下から天井に至るまでユースティア関連のグッズで埋め尽くされ、その一部には『おたまじゃくしスープ』が引っ掛けられてテカテカと――。
初めて侵入した際、その光景を見て「変態だあぁぁぁ――ッ!!」と心の中で叫びつつ、驚きを通して恐れが身体を貫いていったよ。
あぁ、蕁麻疹が…。
凛々しい顔立ちした二枚目な癖してこんな、こんな事って…。
前世であった『残念イケメン』とは彼の事を指すのだろうな。
ちなみに、現スペルディア当主は名君として名を馳せる素晴らしい人との評価が多くある。
まさに遺伝子の奇跡というか、その――。
――同情待った無しな息子さんでご苦労様です。
だがしかし、あんなのでもスペルディア伯爵家の次期当主である。
苦労してらっしゃる親御さんに免じて薬をぶち込むのではなく、催眠術を駆使した暗示の方を施す事に変更しておいた。
暗示の内容はこうだ。
《ユースティア以外の女性を好きになるまで『不能』になる》
念入りに力を込めた暗示だ。
下手すれば死ぬまで解けない代物ではあるが、あの素晴らしい一族から性犯罪者が出てくるよりかはマシだ。
あのバカ息子によって伯爵の領地統治に影響が起こり、領民達の負担が増える真似など断じて許さん。
恋というのは確かに素晴らしい。妻を持った私には良く分かる感情だ。
永遠の伴侶というのは簡単には得られないという事も知っている。
だからこそ、強引な手を取りたくなるのも理解は出来る。
それでも愛する者と仲良く過ごすには色々と違ってくるのだ。
相手を思いやる事、お互いを信じ合う事。
そして一番大事な事、それは――。
――決して愛し過ぎない事。




