余波:世界が覚えた名前
王都に、
本当の“夜”が戻ってきた。
灯りがともり、
風が通り、
人々のざわめきが――
少し遅れて、
街に染み込んでいく。
つい数刻前まで、
空が割れていたとは
思えないほどの静けさだった。
「……終わった、のよね?」
セシリアが、
観測塔の窓から空を見上げながら言った。
「“今回は”な」
ガルムが肩をすくめる。
ソーマは、
壁にもたれたまま
深く息を吐いた。
(……身体、
思った以上に重いな)
耳の奥には、
かすかなノイズが残っている。
完全に元通り――
というわけではない。
◆
◆天象庁・事後室
簡易の事後報告室は、
いつもより静かだった。
セイル・アルヴェインは
書類を一枚閉じ、
ソーマを見る。
「……相馬颯真。
今回の判断、
記録上は“無謀”だ」
「否定はしません」
「だが――」
セイルは、
言葉を選ぶように
一拍置いた。
「王都は守られた」
室内の空気が、
わずかに緩む。
セシリアが、
疲れた声で付け加える。
「被害は、
建造物の一部損失のみ。
人的被害は……
奇跡的に、ゼロ」
「奇跡じゃない」
リュミが小さく言った。
「ソーマさんが……
立ってくれたからです」
ガルムは、
腕を組んで頷く。
「世界相手に
仁王立ちとか、
正気じゃねぇがな」
「褒めてるのか?」
ソーマが苦笑する。
「半分な」
◆
◆記録できない事象
ノアは、
静かに手を挙げた。
「……一つ……
報告が……」
「言ってくれ」
セイルが促す。
「……二体目の歪み……
完全には……
消えていない……」
室内が、
再び引き締まる。
「どういうことだ?」
セイルが問う。
「……退いた。
でも……
“去った”感じじゃない……」
イサナが、
低く続ける。
「……“覚えた”だけ。
この世界と……
ソーマを」
セシリアは
頭を抱えた。
「最悪ね……
観測不能、
再現不能、
記録不能……」
「つまり?」
ガルムが聞く。
「次は、
同じ手が使えない」
ソーマは、
黙って頷いた。
(だろうな……)
◆
◆王都の噂
その夜、
王都では
奇妙な噂が流れ始めていた。
・空を“睨み返した男”がいた
・災厄が、話しかけるのをやめた
・天候ではない何かが、
人を選ぼうとして失敗した
もちろん、
正式な記録には残らない。
だが、
“空が静まった瞬間”を
見た者たちは、
確かに覚えていた。
ソーマという名前を。
◆
◆静かな問い
宿舎に戻る途中、
リュミが
そっと歩調を緩めた。
「……ソーマさん」
「ん?」
「……怖く、なかったですか?」
少し考えて、
正直に答える。
「……怖かったよ。
めちゃくちゃ」
「それでも……
立ちましたね」
「ああ」
ソーマは、
空を見上げる。
「誰かが立たないと、
世界が“選ぶ”からな」
リュミは、
小さく微笑んだ。
「……私も……
立ちます。
次は……一緒に」
◆
◆“覚えられた”という感覚
その夜。
ソーマは、
ベッドに横になっても
すぐには眠れなかった。
耳の奥に、
いつもより
はっきりとした“気配”がある。
音ではない。
声でもない。
――視線だ。
(……見てるな)
敵意はない。
好意でもない。
ただ、
「次」を待っている。
ソーマは、
小さく息を吐いた。
(……上等だ)
(予報があろうが、
なかろうが)
(次も、
俺は――
立つ)
窓の外。
王都の空には、
雲がゆっくり流れていた。
それは、
確かに――
生きている空だった。




