世界に立つ男
ソーマが一歩、踏み出した瞬間。
空気が、
はっきりと変わった。
音はない。
風もない。
だが――
世界そのものが、
彼を“認識した”。
(……来た……)
胸の奥が、
ぎゅっと掴まれる感覚。
耳の奥は相変わらず無音だが、
代わりに
全身で“圧”を受け取っている。
リュミが、
声を震わせる。
「……ソーマさん……
世界が……
あなたを……」
「見てる、だろ」
ソーマは、
空から目を逸らさなかった。
◆
◆基準点の成立
セシリアの術式が、
突然、安定した。
「……数値が……
固定された……?」
イサナの影が、
ソーマの足元に集まる。
「……影が……
“中心”を認めてる」
ノアは、
はっきりと理解していた。
「……ソーマ……
君が……
“世界の物差し”になった……」
ガルムが、
歯を食いしばる。
「……ふざけた役目だな……
だが……
逃げるなよ……!」
「逃げない」
ソーマは短く答えた。
◆
◆世界からの“問い”
空の二つの歪みが、
ゆっくりと――
動きを止めた。
そして、
どちらも
ソーマを中心に
距離を測るような動きを見せる。
(……測られてる……)
それは敵意ではない。
警戒でもない。
評価だ。
――重さは、ここか
――高さは、ここか
――意味は、ここか
言葉にならない“問い”が、
次々と突きつけられる。
ソーマは、
胸の奥で答えた。
(重さも、意味も、
ここじゃない)
(ここは……
ただ、人が立ってる場所だ)
◆
◆予報なき宣言
ソーマは、
はっきりと言葉にした。
「……ここには、
世界が選ぶ理由はない」
声は小さい。
だが、
確実に届いた。
リュミの同調が、
一段深く潜る。
「……空が……
迷っています……」
セシリアが、
信じられないものを見る目で言う。
「……“現象”が……
判断を……
保留してる……?」
イサナは、
静かに息を吐いた。
「……世界が……
“選び直し”を始めた」
◆
◆一体目の変化
先に動いたのは、
一体目の“それ”だった。
高さをなぞっていた動きが、
徐々に鈍くなり――
摂取が、止まる。
「……止まった……」
ガルムが呟く。
「完全じゃない……
でも……
“均し”をやめてる……!」
セシリアが続ける。
一体目は、
その役割を失いかけていた。
◆
◆二体目の決断
遅れて、
二体目の歪みが
わずかに揺れる。
ノアが、
はっきりと告げた。
「……選べないんだ……
この世界は……」
空が、
ほんの少しだけ――
呼吸を取り戻した。
雲が、
ごく薄く流れ始める。
「……雲……?」
リュミが息を呑む。
「天候が……
戻り始めてる……!」
セシリアが叫ぶ。
ソーマの胸に、
じんわりと熱が広がる。
(……戻ってきてる……
“天気”が……)
◆
◆限界
だが――
代償は、即座に現れた。
視界が、
ぐらりと揺れる。
「……っ……」
膝が、
崩れかける。
「ソーマさん!!」
リュミが駆け寄る。
ノアが、
叫ぶ。
「……離れて!!
基準点を維持したままじゃ……
ソーマが……
世界に引きずられる!!」
イサナも、
即座に判断した。
「……ここまで。
これ以上は……
戻れなくなる」
ガルムが、
迷いなくソーマの腕を掴む。
「十分だ!!
もう十分やった!!」
ソーマは、
歯を食いしばりながらも、
小さく頷いた。
「……分かった……
引く……」
◆
◆基準点の解除
一歩、
また一歩。
ソーマが
偽の核の中心から離れると――
空の歪みが、
ゆっくりと距離を取った。
二体目は、
判断を保留したまま、
割れ目の奥へと
後退していく。
一体目は、
役割を失ったまま
形を崩し――
霧のように、
空へ溶けた。
王都に、
微かな風が吹いた。
◆
◆戻ってきた“音”
その瞬間。
ソーマの耳奥で――
久しぶりに、
はっきりとした音が鳴った。
――(……こちらは……
明日の……)
ソーマは、
思わず笑った。
(……戻ったな)
リュミが、
涙を浮かべて抱きつく。
「……無茶しすぎです……
本当に……」
ガルムが、
豪快に息を吐く。
「……生きてりゃ上出来だ」
セシリアは、
静かに言った。
「……あなた、
世界に……
名前を覚えられたわよ」
イサナは、
空を見上げて呟く。
「……これで……
簡単には……
無視されない」
ノアは、
穏やかな声で言った。
「……世界は……
“選べなかった”……
それが……
今日の答えだね」
ソーマは、
空を見上げた。
雲が流れ、
風が吹く。
いつもの空。
だが――
確実に、
何かが変わっていた。




