天候ではない敵
空が割れた。
その事実だけが、
王都レウェンの上空に、
重くのしかかっていた。
悲鳴は、まだ少ない。
人々は“理解できないもの”に直面すると、
すぐには恐怖に変換できない。
ただ、立ち止まり、
見上げている。
「――市民を下がらせろ!」
セイル・アルヴェインの怒声が響いた。
騎士団が一斉に動き、
広場と大通りから人を押し戻す。
だが――
空から現れた“それ”は、
落ちてこなかった。
◆
◆空に「留まる」異物
割れ目から伸びた存在は、
巨大だった。
形は定まらず、
人型にも獣型にも見える。
だが、
どちらにも当てはまらない。
表面は、
雲のように揺れ、
影のように沈み、
ところどころが“透けて”いる。
セシリアが歯を食いしばる。
「……魔力反応……なし……
でも……存在量だけが異常に高い……」
「生き物なのか?」
ガルムが問う。
イサナは即座に否定した。
「違う。
あれは“現象”だ」
リュミが息を呑む。
「……空が……
形を保てなくなって……
“重さ”を持ってしまった……」
ソーマは、
その存在から目を離せなかった。
(……落ちない……
でも……
確実に、こっちを“見ている”)
◆
◆最初の被害
異変は、
静かに始まった。
空に浮かぶ“それ”の真下。
噴水広場の石畳が、
ゆっくりと沈み始める。
「地盤沈下!?」
セシリアが叫ぶ。
「違う……!」
ソーマが反射的に言った。
(沈んでるんじゃない……
引っ張られてる……!)
重力が、
局所的に狂っている。
石畳だけが、
空へ向かって
“伸びる”ように歪んでいく。
「下がれ!!」
ガルムが吠える。
騎士が市民を抱えて跳ぶ。
次の瞬間。
――バキンッ!!
音が、
遅れて鳴った。
歪んだ石畳が、
空へ向かって砕け散り、
“それ”の中へ吸い込まれていく。
ノアが震える。
「……食べてる……
世界を……!」
◆
◆攻撃ではない“摂取”
「攻撃してない……」
セシリアが愕然と呟く。
「破壊でも、侵食でもない……
構造を取り込んでる……」
リュミが必死に同調する。
「……意思は……ありません……
でも……
止まりません……!」
ガルムが斧を構えた。
「意思がなくても、
街が壊れるなら止める!!」
「待て!!」
ソーマが叫ぶ。
ガルムの動きが止まる。
「今、斬ったら――
王都ごと引きずられる」
イサナが静かに補足する。
「……境界側に、
“力点”がある。
物理的に壊すと、
空間が裂ける」
ガルム:「……ちくしょう……」
◆
◆予報なき判断
ソーマは、
額に汗を浮かべながら空を見る。
耳奥は、
依然として無音。
(予報が来ない……
でも……)
視線を、
噴水広場から
少し離れた建物群へ移す。
“それ”の真下ではない場所。
(……次に来るなら……
重い構造物……)
「セイル長官!!」
ソーマが叫ぶ。
「王都西側、
三階以上の建物を――
今すぐ空けてください!!」
「根拠は!?」
「ありません!!
でも――
今はそれしかない!!」
一瞬の沈黙。
セイルは、
即断した。
「伝令!!
西側高層区画、
即時退避!!」
◆
◆二度目の摂取
数十秒後。
空の“それ”が、
ゆっくりと移動した。
音もなく。
風も立てず。
そして――
西側の石造建築の上空で、
再び“重さ”が生まれる。
「……来た……」
ノアが呟く。
建物の上層が、
引きちぎられるように歪み、
空へ吸い上げられていく。
だが――
中に人はいなかった。
退避が、
間に合っていた。
「……助かった……」
リュミが震える声で言う。
ソーマは、
息を吐いた。
(当たった……
でも……
これじゃ……
ずっと後手だ)
◆
◆“敵”ではないもの
イサナが、
ぽつりと告げる。
「……これ、
敵じゃない」
「分かってる!!」
ガルムが叫ぶ。
「……でも……
止めないと世界が壊れる存在だ」
ソーマは、
拳を握りしめた。
(予報が来ない災厄……
予測不能……)
それでも。
空を見上げ、
はっきりと言う。
「……だったら、
現場で“予報する”しかない」
リュミが驚いて見る。
「……今から……ですか?」
「そうだ」
ソーマは、
一歩前へ出た。
(聞こえないなら……
感じ取る)
(感じ取れないなら……
読む)
(読む材料がないなら……)
空を睨む。
(作る)
空に浮かぶ“それ”が、
わずかに――
こちらを向いた気がした。




