小さな村と、大きな前兆
翌朝、霧渡りの森を抜けた一行は、
王都レウェンへ向かう街道の途中にある小さな村へ立ち寄った。
旅の疲労を避けるため、一度休息を取るのだ。
「ここらは“晴れ魚”の群れが見える村だぜ。
川の水も綺麗だし、飯もうまい」
ガルムがそう言うと、リュミエールが微笑む。
「晴れ魚は“吉兆”の象徴。
見られたら、その日は良いことがあると言われています」
「へぇ……そんな魚がいるんだな」
ソーマが興味深く川の方を見ると、
透き通る青い小魚が水面近くできらきらと跳ねていた。
(綺麗だな……)
ほんのひととき、胸のざわつきが晴れていくようだった。
――だが。
「……ソーマさん?」
リュミエールが心配そうな視線を寄せる。
「また、揺らぎ(ゆらぎ)が?」
ソーマは耳を押さえる。
ザ……ザザッ……。
(……またノイズだ。昨日からずっと続いてる)
だが今日は、微かに“方向性”があった。
(……東……?)
霧渡りの森とは逆方向、王都側のほうから微弱な揺れが伝わってくる。
ガルムが斧を肩に担ぎながら歩み寄る。
「どうした、また聞こえたか?」
「いや……
音じゃないんだけど……なんか“引っ張られる”感じがする」
「引っ張られる?」
「うん。揺らぎ(ゆらぎ)が、東に向かって細く伸びてるみたいな……」
ガルムは眉をひそめる。
「影残滓の反応じゃなきゃいいがな……」
「影じゃない。もっと弱い……。
でも“予報前”みたいな嫌な予感はある」
「つまりまた厄介か」
「やっかいって言うな!!」
「じゃあ何て言えばいいんだ」
「……まあ、やっかいかもしれないけど……」
「やっぱりやっかいなんじゃねぇか!」
ガルムの大声に、村人たちがくすっと笑う。
緊張が少しほぐれたその時だった。
「ひ、人が……人が倒れてる!!」
村の子どもが広場に駆け込んできた。
全員の表情が変わる。
「どこだ!?」
「あの、橋のところ!!」
ソーマとガルム、リュミエールは
子どもに案内されるまま川沿いへ走った。
そこには――
旅人らしき男が倒れ、浅い呼吸を繰り返していた。
「ひどい……魔力枯渇です!」
リュミエールが膝をつき、治癒術の光を手に宿す。
「ガル、周囲に魔物の痕跡は?」
ソーマが問うと、彼は鼻を鳴らす。
「……無ぇな。魔物にやられた臭いがしねぇ」
「森からの帰りじゃなさそうだし……でもこの人、相当ムリした感じだ」
ソーマが周囲を見渡した時――
耳奥が強く跳ねた。
ザッ……!
(!?)
“方向”がはっきり分かった。
王都の方角から、細い揺れがひたすら続いている。
リュミエールが男の手首を取りながら言う。
「ソーマさん、この方……
“霊脈痛”を起こしてます!」
「霊脈痛?」
「はい。
大陸の霊脈が乱れると、敏感な人間は激しい頭痛や意識障害を引き起こすんです。
この方は……王都方面から急いで逃げてきたのかも」
ガルムの表情が一変する。
「……ソーマ。
お前の揺らぎが東から来てるっての、マジか?」
「マジ。ずっと細く続いてる。
まるで……“王都に向かえ”って引っ張ってるみたいだ」
「ふざけんな……嫌な予兆じゃねぇか」
「うん。俺もそう思う」
二人そろって即答。
リュミエールは治癒を続けながら、顔を上げた。
「……おそらく王都方面で大規模な揺らぎが起きています。
霊脈痛で倒れる旅人が出るほどですから……」
ソーマは、胸に手を当てた。
(昨日の声……
“残り世界”……“助けて”……
あれと関係あるのか?)
ガルムが深刻な表情のまま、二人に向き直った。
「……決まりだ。
予定より早く急行するぞ」
「急行って……もう夕方で――」
「関係ねぇ。
王都で何か起きてるなら、のんびりしてる場合じゃねぇ」
ソーマも同意した。
「……俺もそう思う。
この揺らぎ、時間が経つほど強くなる気がする」
「やっぱり厄介じゃねぇか!」
「だから最初に言ったろ!!」
「言ってねぇ!」
「言った!」
「うるせぇ!!」
そんな怒鳴り合いに、治癒していたリュミがふっと笑った。
「二人とも、顔が似ていますよ」
「どこがだ!!」
「どこだよ!!」
見事にハモる二人を見て、
リュミエールは安心したように微笑む。
「……でも。
こうやって言い合えるなら、まだ大丈夫ですね」
ソーマは少し照れながら頷いた。
(王都で何か起きている……
でも、この二人がいれば……きっと行ける)
旅人の呼吸が落ち着き始めたことを確認すると、
三人は荷を整えて再び街道へ向かった。
――その背後で。
川の水面に、誰も気づかないほど微かに“黒い影”が揺れた。
まるで、王都の方向へ引きずられるように。




