夜の森に潜む影の尾
旅人を救った三人は、予定を早めて街道へ戻った。
すでに夕暮れ。森の影は濃く、空気に冷たさが混じり始める。
「今日はもう一気に距離を稼ぐ。
王都で何か起きてるなら、急いだ方がいい」
ガルム・レオニダスはそう言い、斧を背負い直した。
ソーマは頷きながらも、胸のざわつきをぬぐえない。
(……揺らぎが、まだ続いてる)
耳の奥で、細い振動がずっと途切れずに響いていた。
昨日の“声”とは違うものだ。
もっと直接的で、方向性がある。
(あれは、多分“王都の方角”だ……)
「ソーマさん、大丈夫ですか?」
リュミエールが心配そうに並ぶ。
「……うん。ただ……ずっと何かが引っ張ってる。
まるで“そっちへ行け”って言われてるみたいな」
「霊脈の流れが乱れると、敏感な人は方向性を感じることがあります。
……でも、ソーマさんは“異質”ですから」
「異質って言い方やめて!?」
「あ……ご、ごめんなさい……!」
リュミエールが慌てて謝ると、ガルムが笑った。
「異質じゃねぇか。どう見ても」
「お前は黙れ!」
「実際、異質だろ」
「うるせぇ!!」
そんなやり取りをしていたときだった。
――ザッ。
ソーマが急に立ち止まる。
「ソーマ?」
「どうした?」
ガルムとリュミが同時に振り向く。
(……揺らぎが変わった)
今まで細い“糸”のように遠くへ続いていた揺れが、
突然、太く、近く、強くなった。
(これ……“こっちへ近づいてきてる”!?)
ソーマの胸に警告のような冷たい感覚が走った。
「ガル……何か、来る。
気をつけた方が……」
警告を言い終わる前に――森の奥で音がした。
……コツ。
倒木を踏むような、乾いた音。
そのあと――
かすかな風。
「……っ!」
リュミエールが即座に反応する。
「魔力流が乱れています!
何か……“追いかけてきてる”!!」
ガルムは一瞬で斧を構えた。
「やっぱりな……!
おい、ソーマはリュミの後ろに下がれ!」
「俺は大丈夫――」
「いいから下がれ!」
ガルムの怒声に押され、ソーマはリュミエールとともに一歩下がる。
森は静かだった。
風も止まり、木の葉さえ動かない。
だが、ソーマの耳奥では――
ザザザッ……!!
(近い……!来る!!)
次の瞬間。
――フッ。
木々の間から、“黒い尾”のような揺れがひゅっと走った。
「左だ!!」
ソーマが叫ぶ。
ガルムは反射より早く斧を振った。
ガァンッ!!
金属音ではなく――
何か柔らかいものを叩いたような鈍い音が響いた。
黒い“尾”が弾き飛ばされ、空中で霧のようにちぎれる。
「ちっ……また“残滓の欠片”か!!」
「尾……だけ? 体は!?」
リュミが息を呑む。
霧のような黒片はすぐに形を失い、地面に落ちて消えた。
だが、ソーマは愕然とする。
(あれ……“昨日の影残滓”の一部と似てる)
影の本体ではなく、
“引きずられた欠片”だけが王都方面から戻ってきたような。
ガルムは周囲を睨む。
「おい……姿を見せやがれ!」
返事はない。
風も吹かない。
ソーマの耳奥に、再び“ひび割れた声”が届いた。
『……あ……れ……ま……だ……』
(まだ……?
何が?何を言いたいんだ?)
声は途中で途切れ、ノイズに溶けた。
「ソーマさん、いま……?」
「聞こえた……けど、意味が分からない。
“まだ”って……何が?」
ガルムが低く唸る。
「……あんま良くねぇ雰囲気だな。
王都で何か、大きなことが動いてる」
「“残滓の欠片”が単独で動くなんて異常です……」
リュミエールも唇をかむ。
(昨日からの揺らぎ……
あの旅人の霊脈痛……
今の影の尾……全部“王都で起きてる何か”に繋がってる)
ソーマは息を呑む。
(王都へ行かないと……
でも、行ったらもっと大きな何かがある……)
そんな迷いを見抜くように、
ガルムがソーマの肩を叩いた。
「怖ぇよな。
でも――行くしかねぇぞ、予報持ち」
「……うん」
リュミエールがそっと手を握ってくる。
「大丈夫です。
三人なら、乗り越えられます」
その言葉に、ほんの少しだけ胸のざわつきが和らぐ。
「……あぁ。行こう。王都へ」
三人は歩を進めた。
その背後で、森の奥に漂っていた“黒い尾”の残り霧が、
まるで“何かに引きずられるように”王都側へ消えていった。




