王都の手前にある観測塔と、不穏な空
森を抜けて街道を進むと、
遠くに細い石造りの塔が姿を現した。
「あれが“観測塔”だ。王都の外縁にある天候観測施設だな」
ガルムが指差す先。
塔の先端には風向計のような魔導器具が回っている。
「王都に入る前に、天象庁の連中がここで状況を確認することがある。
異常が起きてれば、まずここに記録が残る」
ソーマは胸のざわつきを抑えながら塔を見つめた。
(揺らぎが……また強くなってきた)
耳奥がずっと薄く震えている。
昨日の“声”とは違う、もっと荒い波のような揺れ。
「ソーマさん、また……?」
「ああ。ずっと東からだけど……今は真上にも広がってる感じがする」
「真上……?」
リュミエールが空を仰いだ瞬間――
肌をかすめるような冷たい風が吹いた。
「……空の層が、ざわついてる」
彼女の眉がきゅっと寄る。
「揺れが……泣いてるみたいです」
「空が、泣いてる……?」
「ええ。
普通の天候の揺れじゃありません。
“世界の意志の膜”が薄くなっている時の感覚です」
ガルムが思わず斧の柄を握り直す。
「おい嬢ちゃん、不穏なこと言うな……」
「でも……本当にそう感じるんです」
観測塔の扉を押し開けると、
中には天象庁の若い観測士がいた。
机の上には風力計、水晶の計測器、魔導パネルが並び、
そのすべてが弱く警告色を点滅させていた。
「誰だ!? ……ガルムさん!?」
「よう。急ぎで来た。
ここ数日、何か異常が起きてるはずだ」
観測士は青ざめてパネルを示した。
「東の空域、霊脈帯の乱れが急上昇しています。
王都上空で“強い圧力の谷”が発生していて……」
「圧力の谷?」
ソーマが反射的に聞き返す。
(……天気用語で言う“気圧の谷”のことか?
つまり不安定な状態……)
「観測結果では“魔力嵐の前兆”に近いんですが……
どうも様子がおかしくて……」
「おかしいって?」
観測士は恐る恐る言葉を続ける。
「霊脈流が……“逆流”しているんです」
「逆流!?」
リュミエールが驚愕の声を上げた。
「そんなこと……普通は起きないはずです。
霊脈は大地から空へ流れるのが自然……」
「それが、空から地面へ向かって流れ込んでいるんです。
しかも王都方面に集中して……」
静寂。
ソーマの耳奥が強く跳ねた。
ザザザッ……!!
(……真上からの揺れが強くなってる……
王都だけじゃない……“空そのもの”が乱れてる)
観測士は恐れを含んだ声で続けた。
「さらに……少し前から“天候残滓”が観測されています」
ソーマは息をのむ。
「天候……残滓……?」
「はい。
本来この世界に存在しない“別の天気の情報”が、断片として混ざってきているんです」
リュミエールの瞳が揺れた。
「別の……天気……?」
「雷の匂いだけが突然現れたり、
雲の形だけが違う世界のパターンだったり……」
ソーマの背筋に冷たいものが走る。
(それ……俺の聞く“前世の予報”と同じじゃ……?)
観測士は資料を震える手で差し出した。
「これが……今出ている“異常天候の写し”です」
ソーマは紙を受け取り、見る。
そこには――
この世界ではありえない“雲の帯”のパターンが描かれていた。
そして、その下に小さく記されていた一文。
《時間軸の乱れによる天候残滓の可能性》
(時間軸の……乱れ……)
意識が重く沈んでいく。
(これって……
俺の前世が“まだ消えてない”ってことなのか?
だから天気の断片がこっちに流れてきてる……?)
胸の奥が痛くなるように跳ねた。
リュミエールがそっと寄り添う。
「ソーマさん……大丈夫ですか?」
「……ああ。
ただ……嫌な予感しかしない」
ガルムが深く息を吐き、
決意したように言う。
「――王都へ急ぐぞ。
これはちょっとやそっとの騒ぎじゃねぇ」
観測士が慌てて立ち上がる。
「お気をつけて……!
王都には、すでに“天象庁本部”から避難警戒の通達が――」
その瞬間。
――ゴォォォォ……!!
塔全体が低く震えた。
遠い空で、何か巨大なものが鳴動したような音。
リュミエールが震え声で呟く。
「空が……泣いてます。
はっきり聞こえる……こんなにも」
ソーマの耳奥は、今までで最も強く揺れた。
ザザザザッ……!!
(来る……!!
大きい揺れだ……!)
だが――
予報は流れない。
ただ、ありえないほどの“沈黙”だけが世界を覆った。
(これ……“天気のない予報”の時と同じ……!?)
ソーマは息を呑んだ。
(最悪級の災厄の前触れ……!!)




