沈黙する予報と、王都の門
観測塔を出た頃には、
空は夕暮れに近いはずなのに――どこか“色が薄い”。
まるで世界全体が僅かにノイズを帯び始めたような、不安な空だ。
「急ぐぞ。
王都まであと半日だ。夜を跨ぐけど仕方ねぇ」
ガルム・レオニダスが先頭に立ち、街道を踏みしめる。
ソーマは深く息を吸い、揺れる鼓膜を押さえた。
(揺らぎが……強い。
昨日からずっと続いてるけど、今は段違いだ……)
ザ……ザザ……。
耳奥の雑音は少しも弱まらない。
ただ、予報だけが――沈黙したままだ。
リュミエールが隣から囁く。
「ソーマさん、声……聞こえませんか?」
「……聞こえない。
“予報がない”揺れだ。
……これが、いちばん嫌なんだ」
「“天気のない予報”。
あなたが言っていた“最大の危険信号”ですね」
ソーマは頷く。
「前世でも、こういう時……“大きな何か”が来た」
胸の奥が不気味な冷たさに締め付けられる。
**
街道沿いの森は静かだった。
風すら吹かず、虫の声もない。
「……変だな。
森が“息してねぇ”」
ガルムが斧に手をやりながら警戒する。
リュミエールは目を閉じ、揺らぎを感じ取ろうとした。
「魔力流が……止まりかけています。
川の流れが凍る前みたいな……そんな静けさ」
ソーマは無意識に喉を鳴らす。
(これは……“揺れが消える直前”の空気だ)
そして突然――
どこからともなく“空気の膜が破れる”ような音がした。
――パキ……ン。
「っ!?」
全員が一斉に空を見る。
薄雲が一瞬だけ、不自然に裂けたように見えた。
「裂け目……? いや、違う……
世界の“層”がめくれた……?」
リュミエールの声が震える。
しかし裂け目はすぐ元に戻り、痕跡はどこにも残らない。
ガルムが呻く。
「……どういう状況だよこれ。
ソーマ、お前の耳は?」
「……沈黙したまま。
でも……揺れが近い。
すぐそこまで来てる気がする」
街道を進み続けると、
遠くに巨大な影が見えてきた。
暗い空の下――
石造りの巨大な外壁と、高い門。
「王都……!」
リュミエールが小声で呟く。
しかしその表情は喜びではなく、不安に染まっていた。
ガルムが足を止める。
「門が……開いてねぇな」
近づくにつれ、異様さがはっきりしてきた。
本来なら人の声が絶えないはずの王都前の街道が――
静まり返っている。
門の前に列もなく、荷馬車の影もない。
衛兵は立っているが、空気が張りつめていた。
ソーマが門へ向かうと、衛兵の一人が声を張り上げた。
「止まれ!! ここから先、王都への入城は制限中だ!」
緊迫した声。
表情には疲労と警戒が滲んでいる。
ガルムが前に出る。
「天象庁のガルム・レオニダスだ。
後方支部から急行指示が出てる。門を開けろ」
衛兵は息を呑み、すぐに背筋を伸ばした。
「失礼しました……!
ですが……本当にお急ぎください。
――王都の空に“落ちる気配”があるんです!」
「落ちる……?」
ソーマの背筋が強く震えた。
(落ちる……って……
空が落ちる……?
何が――)
衛兵は恐怖に顔を歪めながら言った。
「空の層が……薄くなっている。
魔術師団は“世界の膜が裂けかけている”と……」
リュミエールが息を呑む。
「膜が……裂ける……?」
「もしそれが本当なら――」
衛兵は言葉を続ける。
「“魔力嵐”では済まない。
王都に“空の崩落”が起きるかもしれない、と……!」
ソーマの耳奥が激しく跳ねた。
ザザザザザ――!!
(……来る!!)
しかし――
『………………』
予報の声はどこにもない。
(なんでだよ!!
こんな時に限って……なんで“沈黙”なんだ!!)
胸の奥が叫びそうになる。
リュミエールがソーマの手を掴んだ。
「ソーマさん……大丈夫です。
沈黙は、何か“大きすぎるもの”を前にした時に起きる現象です」
「安心できるかよ……
“何か”が来るのは分かるのに、内容が分からない」
ガルムが斧を握り、短く言い切った。
「分からなくてもいい。
お前が沈黙を聞いてるんなら、それは“本物”だ。
――行くぞ。王都に入る。情報を集める」
衛兵が門を開ける。
奥には広い街路が伸び、遠くの空が不気味に渦を巻いている。
ソーマは深く息を吸った。
(沈黙が教えてるのは一つだ。
“何かが落ちてくる”。
……それだけは確実なんだ)
三人は、揺れる空の下――
王都レウェンへと足を踏み入れた。




