初日の洗礼
王都の門をくぐった瞬間――
ソーマは思わず言葉を失った。
「……デカ……」
考えてみれば当たり前だが、
今まで村と森しか見ていなかった身にとって、
王都の石畳と整備された街路は完全に“別世界”だった。
商人の呼び声、魔導器の音、遠くを飛ぶ雲船――
どこもかしこも活気に溢れている。
「おーいソーマ、口開きっぱなしだぞ」
「だ、だって普通に飛行船飛んでるし!?」
「雲船ぐらいで騒ぐな。あれは地方にも――」
「地方に飛んでねぇよ! 俺のとこ飛んでなかったよ!」
「……まぁそりゃ、お前がいたのは“霧の谷の果ての村”だからな」
「場所がハードモードなんだよ!」
ガルムに盛大にツッコむと、リュミエールが嬉しそうに笑った。
「ソーマさん、王都は初めてですものね。
よかったら案内しますよ。
……と言いたいところですが、私も孤児院と大聖堂にしか行ったことがなくて」
「どちらにせよ初心者じゃん!」
そんなやり取りをしていると、
王都の人々が三人を見てひそひそ話し始めた。
「あっ、天象庁だ」
「筋肉でかっ……!」
「銀髪の巫女さんかわ……」
「黒髪のあれ誰?」
最後が一番刺さる。
「“あれ”って言われた……」
「気にすんなソーマ。
お前、どっからどう見ても“新入り”だからな」
「悪気なく刺すな!!」
街路を歩いていると、屋台の匂いが漂ってくる。
「串焼きいかがー!
今朝とれた山鳥だよー!」
「山鳥……!」
ソーマの腹がきゅるると鳴った。
リュミエールが優しく微笑む。
「王都に来た記念に、食べてみませんか?」
「いやいやリュミ、こんな時に寄り道――」
と言いかけたガルムは、すでに串を三本買っていた。
「おう、うめぇぞこれ。お前らも買え」
「お前が一番寄り道してんじゃねぇか!!」
「腹が減っては戦はできん。基本だろ」
「正論ぽく言うな!」
屋台の店主が面白そうに笑う。
「兄ちゃんら賑やかだなぁ。
王都は初めてかい?」
「俺だけ初めてです……」
「なら気をつけなよ。
王都は広いし、迷う奴はすぐ迷う」
「俺は迷わない。方向感覚には自信あるし」
「……ソーマさん」
リュミエールがそっと指差す。
「さっきから、東に行くはずが……逆の西へ向かっています」
「えっ……」
「このまま行くと市場じゃなくて屠殺場ですよ」
「なぜその選択肢!?」
ガルムが盛大に肩を叩いた。
「あーー! 方向音痴だな!? お前絶対方向音痴だろ!」
「違う! さっきの揺らぎで勘が狂っただけだ!」
「どのみち狂ってんじゃねぇか!」
「言葉の暴力!!!」
屋台の周りに笑いが巻き起こる。
だが、リュミエールだけはふと表情を曇らせた。
「……ソーマさんの揺らぎ、まだ続いていますね」
楽しげな空気が、少しだけ静まる。
「うん。
なんていうか……王都の“中心”に向かって引かれてる気がする」
「中心……?」
「天象庁本部がある“中央高台”だろうな」
ガルムが斧を直す。
「とりあえず本部へ向かうぞ」
「……あ、その前に」
リュミエールがソーマの袖をつまんだ。
「ソーマさん、その……王都に来たばかりですし……
その……靴、ちょっと汚れてますよ?」
「え、あ、うん……ごめん」
リュミエールがしゃがんで、布でそっと泥を拭う。
その姿に、通りすがりの人々がひそひそざわつく。
「銀髪の巫女が……あれ恋人か?」
「王都に来た途端リア充か……」
「黒髪のあいつうらやま……」
ソーマの顔が真っ赤になる。
「い、いいってリュミ! 自分でやるから!」
「え、だって……仲間の身だしなみは大事ですし……」
「“仲間”の一言で急に照れなくなるの何!?」
そこへガルムがぼそっと呟く。
「……いい雰囲気じゃねぇか」
「聞こえてんだよ!
お前絶対にからかってるだろ!」
「からかってねぇよ。微笑ましいだけだ」
「言い方で絶対にからかってんだよ!!」
街路のあちこちから笑い声が飛び交う。
王都の空はまだ薄く揺らいでいるが、
この瞬間だけは、不穏な予兆が遠くに感じた。
(……こういう時間がずっと続けばいいのにな)
ほんの一瞬、そんな甘い考えが胸をかすめた。
だが――
ソーマの耳奥は、またひどく淡い揺れを響かせ始める。
ザ……ザ……。
(……まだ沈黙中か。
でも、揺れは確実に“中心”へ向かってる)
「ガル、リュミ。
やっぱり、行こう。天象庁本部へ」
二人は同時に頷いた。
賑やかな王都を抜け、
ソーマたちは中央高台へと向かって歩き出した。




