夜の焚火と、本音
霧渡りの森を抜けた一行は、その日の夕刻、緩やかな丘のふもとで野営をすることになった。
日が落ちると、森の冷え込みは一気に増す。
天象庁の兵が手際よく焚火を組み、周囲に護りの符を置いていく。
ソーマは火に手をかざしながら息を吐いた。
(あったかい……
この世界に来てから、ずっと緊張しっぱなしだったな)
「ソーマさん、どうぞ」
リュミエールが木の器を差し出す。温かい薬草茶の香りがふわりと広がった。
「ありがとう……助かる」
隣に腰を下ろしたリュミエールは、焚火の光に照らされてどこか幻想的だった。
金の瞳が柔らかく揺れる。
「今日は大変でしたね。
生体残滓との遭遇……普通の人なら逃げるだけで精一杯ですよ」
「いや、俺は何もしてないよ。
ガルが全部倒してくれただけで」
「でも、“跳ぶ方向”を読めたのはソーマさんです」
リュミエールの断言に、ソーマは言葉を詰まらせる。
(俺だけが……“揺らぎ”を聞いてる)
そんな現実と向き合うのが、まだ怖かった。
そこへ、ガルムが肉の串を持ってどっかり座り込む。
「おーい、なんだしんみりしてんだ。
焼けたぞ。ほら、食え」
「お前はもうちょい空気読めよ!」
「気にすんな。腹が減っては戦はできん。
……それに、火んとこで語るのは悪くねぇ」
意外と穏やかな声音だった。
三人で簡素な食事を取りながら、静かな時間が流れる。
やがてガルムが串を置き、焚火の向こうのソーマをじろりと見る。
「なぁ、ソーマ」
「……なんだよ。また文句?」
「違う。……褒めてんだ」
「今なんつった?」
「褒めてんだよ。
お前、度胸あるな」
ソーマがぽかんと固まった。
「いや……俺、度胸とかないよ。
怖くて仕方ないし、逃げたいし……」
「それでも前に出た。
“怖くて動けるかよ”って顔しながら、ちゃんと動いてた」
焚火の音が、ぱち、と弾ける。
ガルムの声は不器用だったが、どこか温かかった。
「だから言ってんだ。
お前は“予報持ち”とか関係なく、戦える。
……そういう奴は、俺は嫌いじゃねぇよ」
ソーマは言葉を失った。
こんな風に真っ直ぐ言われるなんて思ってもみなかった。
リュミエールも穏やかに微笑む。
「私も……そう思います。
怖いのに、逃げずに声を出せる人は強いです」
「……俺は強くないよ」
「強さの形は、ひとつじゃありません。
ソーマさんの強さは“先に見える恐怖を伝える勇気”なんです」
「……先に見える、か」
ソーマは膝の上の指を静かに握る。
(俺が聞いてるのは、ただの予報の残響だ。
でも……それを誰かのために使えるなら)
その時だった。
ザ……。
耳奥に小さな揺れが走った。
今日はずっと続いている“正体の分からない揺らぎ(ゆらぎ)”だ。
(また……?)
だが、今回は少し違った。
揺れの奥に、微かに“呼吸みたいな音”が混ざる。
『……き……こ……え……』
(また声……!
昨日と同じ……いや、もっと弱い……)
ソーマが眉をひそめると、リュミエールがすぐ気づく。
「ソーマさん。揺らぎ(ゆらぎ)、きましたね?」
「……あぁ。けど……予報じゃない。
昨日の“呼びかけ”みたいな……あれに近い」
ガルムが顔をしかめる。
「まさか、また影残滓が近くに……?」
「違う。これは……もっと遠い。
耳じゃなくて……頭の奥に響く感じ」
説明にならない説明だ。
だが、二人は真剣に聞いてくれる。
(この二人じゃなきゃ……多分俺はとっくに心折れてた)
リュミエールが静かに言った。
「ソーマさん。
もし……その声が“助けを求めている”なら、
必ず意味があります」
「……意味?」
「残滓は無秩序に見えて、実は“因果の連なり”なんです。
あなたが聞こえるのは、偶然ではありません」
ガルムも続ける。
「俺たちは戦うのが仕事だが……
お前は“聞いて気づく”のが仕事だ。
誰にもできねぇ役目だぞ」
焚火の光が、三人の顔を照らして揺れる。
ソーマは胸の奥が少し熱くなるのを感じながら、深く息を吸った。
(この声が何なのか……
王都に行けば、分かるのかもしれない)
「……ありがとう、二人とも」
そう呟いた瞬間、
リュミエールがほんの少しだけ頬を染めた。
「……い、いえ。
私は……その……ソーマさんが無事なら、それで……」
「なんで急に照れてんだ?」
「ガルムさん、黙ってください!」
「おう、悪ぃ悪ぃ」
焚火の周りに、静かな笑い声が広がった。
だが――
森の奥では、かすかに黒い揺れが波打っていた。
それに気づいたのは、
まだソーマだけだった。




