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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第一章

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夜の焚火と、本音

 霧渡りの森を抜けた一行は、その日の夕刻、緩やかな丘のふもとで野営をすることになった。


 日が落ちると、森の冷え込みは一気に増す。

 天象庁てんしょうちょうの兵が手際よく焚火たきびを組み、周囲に護りのふだを置いていく。


 ソーマは火に手をかざしながら息を吐いた。


(あったかい……

 この世界に来てから、ずっと緊張しっぱなしだったな)


「ソーマさん、どうぞ」


 リュミエールが木の器を差し出す。温かい薬草茶の香りがふわりと広がった。


「ありがとう……助かる」


 隣に腰を下ろしたリュミエールは、焚火の光に照らされてどこか幻想的だった。

 金の瞳が柔らかく揺れる。


「今日は大変でしたね。

 生体残滓せいたいざんしとの遭遇……普通の人なら逃げるだけで精一杯ですよ」


「いや、俺は何もしてないよ。

 ガルが全部倒してくれただけで」


「でも、“跳ぶ方向”を読めたのはソーマさんです」


 リュミエールの断言に、ソーマは言葉を詰まらせる。


(俺だけが……“揺らぎ”を聞いてる)


 そんな現実と向き合うのが、まだ怖かった。


 そこへ、ガルムが肉の串を持ってどっかり座り込む。


「おーい、なんだしんみりしてんだ。

 焼けたぞ。ほら、食え」


「お前はもうちょい空気読めよ!」


「気にすんな。腹が減っては戦はできん。

 ……それに、火んとこで語るのは悪くねぇ」


 意外と穏やかな声音こわねだった。


 三人で簡素な食事を取りながら、静かな時間が流れる。


 やがてガルムが串を置き、焚火の向こうのソーマをじろりと見る。


「なぁ、ソーマ」


「……なんだよ。また文句?」


「違う。……褒めてんだ」


「今なんつった?」


「褒めてんだよ。

 お前、度胸どきょうあるな」


 ソーマがぽかんと固まった。


「いや……俺、度胸とかないよ。

 怖くて仕方ないし、逃げたいし……」


「それでも前に出た。

 “怖くて動けるかよ”って顔しながら、ちゃんと動いてた」


 焚火の音が、ぱち、と弾ける。


 ガルムの声は不器用だったが、どこか温かかった。


「だから言ってんだ。

 お前は“予報持よほうもち”とか関係なく、戦える。

 ……そういう奴は、俺は嫌いじゃねぇよ」


 ソーマは言葉を失った。

 こんな風に真っ直ぐ言われるなんて思ってもみなかった。


 リュミエールも穏やかに微笑む。


「私も……そう思います。

 怖いのに、逃げずに声を出せる人は強いです」


「……俺は強くないよ」


「強さの形は、ひとつじゃありません。

 ソーマさんの強さは“先に見える恐怖を伝える勇気”なんです」


「……先に見える、か」


 ソーマは膝の上の指を静かに握る。


(俺が聞いてるのは、ただの予報の残響だ。

 でも……それを誰かのために使えるなら)


 その時だった。


 ザ……。


 耳奥に小さな揺れが走った。

 今日はずっと続いている“正体の分からない揺らぎ(ゆらぎ)”だ。


(また……?)


 だが、今回は少し違った。

 揺れの奥に、微かに“呼吸みたいな音”が混ざる。


『……き……こ……え……』


(また声……!

 昨日と同じ……いや、もっと弱い……)


 ソーマが眉をひそめると、リュミエールがすぐ気づく。


「ソーマさん。揺らぎ(ゆらぎ)、きましたね?」


「……あぁ。けど……予報じゃない。

 昨日の“呼びかけ”みたいな……あれに近い」


 ガルムが顔をしかめる。


「まさか、また影残滓かげざんしが近くに……?」


「違う。これは……もっと遠い。

 耳じゃなくて……頭の奥に響く感じ」


 説明にならない説明だ。

 だが、二人は真剣に聞いてくれる。


(この二人じゃなきゃ……多分俺はとっくに心折れてた)


 リュミエールが静かに言った。


「ソーマさん。

 もし……その声が“助けを求めている”なら、

 必ず意味があります」


「……意味?」


残滓ざんしは無秩序に見えて、実は“因果いんがの連なり”なんです。

 あなたが聞こえるのは、偶然ではありません」


 ガルムも続ける。


「俺たちは戦うのが仕事だが……

 お前は“聞いて気づく”のが仕事だ。

 誰にもできねぇ役目だぞ」


 焚火の光が、三人の顔を照らして揺れる。


 ソーマは胸の奥が少し熱くなるのを感じながら、深く息を吸った。


(この声が何なのか……

 王都に行けば、分かるのかもしれない)


「……ありがとう、二人とも」


 そう呟いた瞬間、

 リュミエールがほんの少しだけ頬を染めた。


「……い、いえ。

 私は……その……ソーマさんが無事なら、それで……」


「なんで急に照れてんだ?」


「ガルムさん、黙ってください!」


「おう、悪ぃ悪ぃ」


 焚火の周りに、静かな笑い声が広がった。


 だが――

 森の奥では、かすかに黒い揺れが波打っていた。


 それに気づいたのは、

 まだソーマだけだった。

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