王都への旅立ち
影残滓との遭遇から一夜明け、
村にはようやく穏やかな朝が訪れた。
だが――ソーマの胸には、まだ昨夜の“声”の残響が残っていた。
(あれは……なんだったんだ?
予報じゃなかった。もっと……助けを求めるような)
ザ……。
耳の奥で、かすかな揺れだけが続いていた。
「ソーマさん、朝ごはんです!」
リュミエールが笑顔で呼びに来た。
彼女の明るさに、少し救われるような気がする。
「……ありがとう。今行く」
広場では、天象庁の部隊が荷をまとめていた。
ガルム・レオニダスが斧を背に、ぶっきらぼうな声を飛ばす。
「おいソーマ、準備できてるか?」
「なんで俺だけそんな言い方なんだよ」
「怪しいからだ」
「昨日守ったよね俺!?」
「いや、守ったのは主に嬢ちゃんだ」
「否定が早い!!」
村の子どもたちがくすくす笑い、場の空気が少し和む。
食堂で出された朝食は、素朴だが温かい味だった。
「王都までは三日の道のりです。
今日は“霧渡りの森”を抜けます」
リュミの言葉に、村長が付け加える。
「気をつけて行くんだよ。霧渡りの森は、普段は安全だけど……
昨日の影残滓が出たなら、揺らぎ(ゆらぎ)が残っとるかもしれん」
ガルムが腕を組む。
「影に引きずられた魔物が出る可能性もあるな。
ソーマ、お前はちゃんと“聞こえたら言え”。隠すんじゃねぇぞ」
「わかってるよ……」
苦笑しつつも、逃げ道が塞がれていることを実感する。
(もう俺の能力は、誤魔化せないんだな)
出発の準備が整い、ソーマは村人たちに見送られながら歩き出した。
「ソーマさん、昨日の……あの“声”のこと、まだ気になっていますか?」
リュミエールがそっと隣に並ぶ。
「……あぁ。
何かが“壊れかけてる音”みたいだった」
「影残滓が声を発するなんて……
聞いたことがありません。普通の残滓とも違っていました」
彼女の言葉に、また胸がざわついた。
(やっぱり……俺だけが聞いてるんだ)
荷馬車の後ろで聞き耳を立てたガルムが、ぼそっと言う。
「まあ心配すんな。
王都にゃ“測候院”の連中がいる。
あいつらなら、お前が聞いてる“異常”の一部ぐらいは分かるかもしれん」
「……一部ってなんだよ。一部って」
「全部は無理だろ。半分ぐらいは理解してくれんじゃね?」
「雑!!」
そんな掛け合いが続きながら、
一行は霧渡りの森へと足を踏み入れた。
森は静かだった。
鳥の鳴き声、草を踏む音、木漏れ日。
(こうして見ると……普通の森なんだけどな)
しかし――リュミエールがふと立ち止まった。
「……魔力流が、少し乱れています」
「昨日の影残滓の影響か?」
ガルムが斧に手をやる。
ソーマも耳を澄ませた。
ザ……。
(また揺れ……でも、予報じゃない)
「待って。
揺らぎ(ゆらぎ)が一点に寄っています。
この先、何か……います」
リュミの声が小さく震える。
「魔物か?」
「分かりません。でも、“形になりかけの残滓”の気配です」
ガルムの表情が険しくなる。
「ソーマ。
お前、何か聞こえるか?」
(聞こえる……けど、まともじゃない。
予報じゃなくて……ノイズに近い)
「……嫌な気配だけはある。
何かが“集まってる”みたいな……そんな感じ」
「よし、嬢ちゃん、後ろにいろ。
お前らは馬車の影に隠れてろ」
「私は戦えます! ガルムさんこそ前に行きすぎ――」
「嬢ちゃんは補助だ。無茶すんな。
ソーマ、お前は……とにかく死ぬな」
「命令が雑だよ!」
そんなやり取りの途中で――
……ゴッ。
何かが、遠くの木の上から落ちたような音がした。
ソーマとリュミ、そしてガルムが同時に前を見る。
そこには――
朽ちかけた木の根元に、“形になりきれない影”がひたひたと浮いていた。
「……また影残滓……?」
リュミが呟く。
「違う。もっと弱い……“生体残滓”だ」
ガルムが低く答える。
生体残滓――
影よりも実体に近い、魔物未満の残りカス。
影とは違い、こちらは“動く”。
その“塊”がふらりとソーマの方へ近づいた。
耳奥が跳ねる。
ザザッ……!
(来た……!
これは――予報の時の揺れだ!)
ソーマが思わず叫ぶ。
「左! ガル! そいつ、左に跳ぶ!!」
「はぁ!?」
しかし次の瞬間、生体残滓はソーマの指した方向へ跳んだ。
ガルムが即座に反応し――
ずしん、と地面を蹴った。
「おらぁッ!」
巨大な斧が残滓の核を叩き割る。
黒い霧のような破片が飛び散り、残滓は音もなく消えた。
静寂。
リュミエールがソーマの肩を掴む。
「……やっぱり、読めているんですね。
揺らぎ(ゆらぎ)が“動く方向”を」
ソーマは答えに迷った。
自分でも説明できないのだ。
「……なんとなく、だけど。
“予報の前”みたいな気配がして……」
ガルムが斧を肩に担いだまま、吐き捨てる。
「なんとなくじゃねぇ。
今のは“戦場で役立つ勘”じゃなくて、
“未来を先に掴む類の動き”だった」
ソーマは黙るしかなかった。
(未来……なんて大げさな。
でも、確かに――俺は何かを“先に”感じている)
ガルムが前を向き直る。
「……決めた。
やっぱりソーマ、お前は王都に連れていく。
嫌でもだ」
「そこ強調すんな!」
リュミは小さく微笑んだ。
「でも……よかった。
ソーマさんがいてくれて」
その言葉に、ソーマの胸がわずかに熱くなった。
こうして一行は再び森の奥へ進む。
揺らぎ(ゆらぎ)はまだ弱いが――確かに“何か”が空の奥で蠢いていた。
(王都へ行けば……もっと大きな何かが起こりそうだ)
そして、ソーマの耳奥では、
わずかに ノイズが生まれつづけていた。
ザ……ザザ……。




