音のない予感
休養三日目。
王都の朝は、相変わらず平和だった。
鐘が鳴り、
通りではパンの焼ける匂いが漂い、
市場はいつも通りの喧騒に包まれている。
――はずだった。
ソーマは窓辺に立ち、
無意識に耳へ意識を向けていた。
(……静かだな)
予報が来ないのは、
珍しくない。
だが――
雑音すらない。
いつもなら、
聞こえなくても「気配」はある。
空の奥で、
何かがざわつく前触れ。
それが、今日は完全に途切れていた。
「ソーマさん?」
リュミの声で、我に返る。
「朝食、できてますよ」
「あ、ありがとう。今行く」
◆
◆宿舎・食堂
テーブルには、
簡素だが温かい朝食が並んでいた。
ガルムはすでにパンをかじっている。
「いやー、
この宿、飯がいいな!」
「静かに食べなさい」
セシリアが注意する。
ノアは湯気の立つスープを前に、
少し不安そうな顔をしていた。
「……今日……
変じゃない?」
「変?」
ソーマが聞き返す。
「……揺れが……
遠い……というか……
聞こえない……」
リュミも小さく頷く。
「……私も……
空の“流れ”が感じにくいです……」
ガルムは気にせず言った。
「休みなんだから、
静かでいいだろ?」
「……そういう問題じゃないのよ」
セシリアが眉をひそめる。
イサナは黙ったまま、
窓の外を見ていた。
「……音がない、ってことは」
全員の視線が向く。
「……“溜めてる”」
空気が、少しだけ冷えた。
◆
◆王都・中央通り
午前中、
一行は軽く王都を歩いていた。
人は多い。
笑い声もある。
だが――
どこか“薄い”。
まるで、
街全体に
薄い布がかかっているような感覚。
ソーマは足を止めた。
「……なあ」
「どうしました?」
リュミが振り返る。
「風、吹いてるか?」
全員が一瞬、立ち止まる。
――確かに、
旗は揺れている。
髪も、衣服も、
わずかに動いている。
なのに。
「……音がしない」
セシリアが言った。
布のはためく音。
風切り音。
木々のざわめき。
全部、抜け落ちている。
ガルムが首を傾げる。
「……言われてみりゃ……
静かすぎるな……」
ノアは胸を押さえた。
「……これ……
前にも……」
「ノア?」
ソーマがすぐに反応する。
「僕の世界が……
終わる直前……
こんな感じだった……」
空が、
少しだけ曇った。
◆
◆小さな異変
その時――
「きゃっ!」
通りの向こうで、
小さな悲鳴が上がった。
荷車の車輪が外れ、
果物が道に散らばっている。
だが――
転倒音が、しない。
人々のざわめきも、
妙に遅れて聞こえてくる。
「……時間が……ズレてる……?」
セシリアが呟く。
リュミは必死に同調する。
「揺れが……局所的に……
“沈んで”います……!」
イサナは即座に判断した。
「大事じゃない。
でも……“兆候”だ」
ソーマは喉を鳴らした。
(予報が来ない。
音が消える。
局所的なズレ……)
――嫌な並びだ。
その瞬間。
ソーマの耳奥で――
何も起きなかった。
それが、
何よりもはっきりした異常だった。
(……“天気のない予報”……)
◆
◆天象庁への帰路
事態はすぐに収まり、
街は再び動き出した。
だが、
誰もが口を重くしていた。
天象庁へ戻る道すがら、
リュミがそっと言う。
「……休養、終わりですね」
「ああ」
ソーマは短く答えた。
ノアは空を見上げる。
「……また来るね。
“大きいの”が」
ガルムは斧を担ぎ直す。
「じゃあ、
腹くくるしかねぇな」
セシリアは眼鏡を押し上げた。
「……次は、
“予測不能”が相手になる」
イサナは、
最後に一言だけ告げた。
「……“無音”は、
世界が息を止めた合図」
ソーマは足を止め、
空を見上げた。
雲は流れ、
陽は差している。
平和な空。
――だが。
(……来る)
理由はない。
証拠もない。
それでも、
彼は確信していた。
次は、
“予報が来ない災厄”だ。




