断層接触:霧の手と三重揺れ
白い霧から伸びた“手”に、
全員が凍りついた。
子どもの手のようにも見え、
老人の手のようにも見え、
男にも女にも見える――
“形が定まっていない”。
まるでこの世界の法則に馴染めず、
揺れのまま無理やり姿をとったような存在。
ガルムが震える声で言う。
「……なんだよあれ……
生き物か?魔物か?霊か?
どれでもねぇ……!」
セシリアも額を押さえる。
「……観測理論が全部外れてる……
あれは“存在の残滓”そのもの……!」
イサナは短く告げた。
「断層の外側……“世界と世界の隙間”にいるなにか」
リュミは胸に手を当て、
目を見開いた。
「すごく……孤独な揺れ……
誰かを探してる……
でも、誰でもない……
“何か”を求めている……!」
ソーマとノアは、
その手を見た瞬間から、呼吸が苦しくなっていた。
(ヤバい……
この揺れ……胸が圧迫される……!)
ノアは肩で息をしながら言う。
「この揺れ……僕の世界とも違う……
アステリアの揺れとも違う……
これは……“第三の揺れ”だ……!」
「第三……!?」
セシリアが振り返る。
ノアの声は震えていた。
「世界がいくつも存在するなら……
“落ちて消えた世界”もあれば……
“まだ落ちていない世界”もある。
そのどこかの……
“名前すら知らない世界”の揺れ……!」
ソーマは思わず言葉を失った。
(別世界の残滓……じゃない。
“別世界そのものが近づいてる”……!?)
そのとき、ソーマの耳奥が――
――ビッ……!!
と鋭く鳴り、視界が反転した。
◆
◆“異常予報:三重揺れ”
白い空間に、
三つの波形が並んで映る。
青――アステリアの揺れ。
赤――ノアの世界の揺れ。
そして、黒――見たことのない揺れ。
黒い波形は、他の二つを飲み込むように
静かで、底が見えず、
しかし激しく脈動していた。
(こいつ……何だ……?
予報の仕組みじゃ説明できない……!)
さらに、黒の中から声がした。
――(……きこえ……て……?)
ソーマは息を呑む。
(誰だ……?
誰が喋ってる……?)
声は続く。
――(……みつけ……た……
やっと……届け……られる……)
そして――
――(……ソーマ……)
ソーマは硬直した。
(俺の……名前……!?)
現実世界へ意識が引き戻される。
◆
◆断層の手、暴走しかける揺れ
ソーマがはっと目を開くと、
目の前の“手”がこちらへ伸びてきていた。
リュミが悲鳴を上げる。
「ソーマさん!!
触れたらダメです!!
あれは……“存在を奪う揺れ”!!」
イサナも声を荒げる。
「避けて!
それは“こっち側に来たい揺れ”じゃない!
“こっちの存在を連れていこうとする揺れ”!」
ノアは恐怖で震えながらも、
ソーマの腕を掴んだ。
「ソーマ!!
絶対に触れないで……!
あれ……僕の世界の最期にいた“影”と似てる……!」
ソーマは一歩後退した。
だが、
その“手”の揺れが妙に優しいことに気づく。
(たしかに危険だ……
でも、敵意はない……
むしろ……“何かを伝えたい”……)
手が揺れ、霧がうねり――
――(……選んで……)
また声がした。
その瞬間、ノアが倒れ込む。
「ノア!!」
ノアは胸を押さえて苦しむ。
「だめ……
ソーマと俺の揺れを……見てる……!!
この“第三の揺れ”……
俺たちがどっちの世界を選ぶか……
見ようとしてる……!!」
セシリアは凍りついた。
「選ぶ……!?
世界ごと!?」
リュミが息を震わせる。
「でも……そんなの……選べません……!!
どちらも、ソーマさんにとって大切な世界です……!」
イサナが静かに言う。
「“第三の揺れ”は、
ソーマの選択の先を見たいんだよ。
どっちの未来を、ソーマが望むのか」
ガルムは怒号を上げる。
「ふざけんな!!
世界を選ばせるってなんだよ!!
そんなもん選ばずに全部守りゃいいだろ!!」
ソーマは震える手で額を押さえた。
(俺に……世界を選べって……?
ノアの世界か……
アステリアか……
そんなもん……選べるわけ――)
その時。
霧の手が、ソーマの胸元に向かって
すっと近づいた。
触れたら終わる――
そう確かに感じた。
しかし。
リュミが叫ぶ。
「ソーマさん!!
その手……
“触れないように見えて、触れさせようとしてる”!!
本能が逆になってます!!
逃げて!!」
ソーマ:
「はァッ!?」
ノアが絶叫に近い声で言う。
「ソーマ!!
“第三の揺れ”は、
君の“記憶”か“存在の一部”を奪う気だ!!」
ソーマは即座に跳び退いた。
霧の手は空を掴む。
だが、その直前に――
――(……たすけ……て……)
声が聞こえた。
ほんの少しだけ、
幼い、弱々しい声。
ソーマは凍りついた。
(……これ……
俺が、昔……聞いた声に似てる……?)
だが思い出せない。
記憶に“穴”がある。
イサナが低く告げた。
「ソーマ、離れて。
その揺れ……“あなたの過去”に触れてる」
セシリアも剣幕で叫ぶ。
「記憶を持っていかれる!!
絶対に接触しちゃダメ!!」
風が止まり、
霧の手はゆっくりと断層へ引き戻された。
深空断層が
また“閉じよう”としている。
ノアが息を荒くしながら言った。
「ソーマ……
あれは、“悪いもの”じゃない……
でも、“危険なもの”だった……
世界の狭間にいる“なにか”……」
ソーマは拳を握りしめる。
(……あれは敵じゃない。
でも味方でもない。
“何かを求めている”――
まるで、俺に何かを伝えたいみたいだった)
ガルムが肩を叩く。
「難しいことは全部あとだ!!
まずは断層のど真ん中まで行って、揺れ止めるぞ!」
セシリア:
「あなたは本当に脳筋ね!!でも今回は賛成よ!!」
リュミは深呼吸し、
揺れを感じ取る。
「……中心部の揺れが……
私たちを呼んでいます。
“早く来て”って……」
イサナが言う。
「急ごう。
断層の奥に、“答え”がある」
ノアがソーマの肩に手を置く。
「ソーマ……
俺たちの揺れも、もっと強くなる。
でも……一緒に行こう」
ソーマは全員を見渡し、言った。
「行くぞ。
断層の中心へ――
“世界の縫い目”を見に行く」
深空断層の裂け目は、
静かに、しかし確実に広がり始めていた。




