深空断層・外縁:世界の縫い目
影残滓を越え、
さらに東へ歩くこと数時間。
空裂荒野の地面は
亀裂が増え、岩盤がむき出しになり、
空の色も徐々に白みが混ざってきていた。
ガルムが眉をひそめる。
「おい……空がなんか変じゃねぇか?
昼なのに“白黒”混ざってるみてぇだぞ……」
セシリアが空へ魔導計を向け、顔色を変える。
「色じゃなくて……光そのものが分裂してるのよ。
空を構成する魔力層がズレ始めてる……!」
リュミは足を止め、胸に手を当てた。
「……揺れが……呼吸しているみたい……。
大きな、大きな……苦しい呼吸……」
イサナは地面に触れ、
震えるように呟いた。
「これは、世界が“自分を縫い直そう”としている揺れ。
でも……間に合ってない」
ソーマは遠くの地平線を見た。
(あれが……深空断層……)
黒く縦に裂けた巨大な線が、
空と大地をつなぐようにそびえている。
まるで――
空間に針を刺して、
世界を無理やり一本道に縫ったものが
ほどけかけているような姿だった。
ノアは胸を押さえて立ち止まる。
「ソーマ……
前の世界にも、こういう光景があった。
あれは……“世界の終わりの形”だよ」
ソーマが振り返る。
「……正気かよ……」
ノアはうなずいた。
「前の世界では、
断層の向こう側から“黒い霧”が溢れてきた。
揺れが全部吸い込まれて……
最後は、声だけが残った」
ソーマは喉を鳴らした。
(やっぱり……ノアの世界の最期と似てる……
ってことは――)
その時だった。
――“チリ……チリ……ッ”
耳奥で、
微弱な電子音のような残響が走った。
ソーマは反射的に立ち止まる。
「……来るぞ……!」
ノアも胸を押さえ、顔を歪める。
「揺れが……重なってる……!
アステリアの揺れと……前の世界の揺れ……!」
セシリアが焦る。
「やばいわよソーマ!
こんな場所で予報が来たら、
脳に負荷が――」
「……来るなら来いよ」
ソーマは顔を上げた。
(逃げたくない。
断層を止めるためには、
この揺れの“正体”を知らなきゃいけない)
リュミが慌てて駆け寄る。
「ソーマさん!!
同調します……!
あなたの予報が暴走しないように……!」
イサナも背後に位置取り、
影の揺れが暴れないように構える。
ノアはソーマの肩に触れた。
「大丈夫。
僕の揺れが、少しだけ支えるから」
ガルムは斧を肩に担いで仁王立ちした。
「よし来い予報!
お前が何者か知らねぇが、ソーマの味方なら歓迎してやる!!」
「いや味方かどうかはまだ不明なんだけど……!」
――その瞬間だった。
◆
◆“異常予報”
空気がふっと冷え、
ソーマの意識が“深い水の底”へ引きずられる。
視界の端が揺れ、
音のない世界が広がる。
そして――
――ザ…………
……ザザ…………ァ……
…………(……圧……域……沈……)
音が、欠けている。
言葉の形になっていない。
(……違う……予報じゃない……
予報の仕組みが“壊れてる”……!?)
続いて、
別の声が重なった。
――(……助……け……)
(……つなが……ないで……)
(……押しつぶさ……れる……)
ノアの世界の声だ。
めちゃくちゃに混じり、
世界の亡骸みたいな叫びが
断層の方向から押し寄せてくる。
ソーマは額を押さえ、歯を食いしばる。
「っ……ぐ……!!
頭が……割れそう……!!」
リュミが悲鳴を上げる。
「ソーマさん!!
揺れが強すぎます!!
あなたの予報と……別世界の残滓が……!」
イサナも眉をひそめる。
「境界の“奥”が揺れすぎてる。
このままだと……揺れに呑まれるよ」
ノアは必死にソーマを支える。
「ソーマ!!
揺れを切って!!
全部受け止めたら死ぬ!!」
ソーマは震える声で叫んだ。
「……でも……!
全部見ないと……!
断層の中心が……何をしてるのか……!」
セシリアが叫んだ。
「ソーマ!!
あなたの脳みそは計算機じゃないの!!
全部受けるとか正気!?」
ガルム:
「ソーマ!!戻れ!!戻らねぇなら殴ってでも戻すぞ!!」
「殴るな!!!」
◆
そこで、
“第三の揺れ”が鳴り響いた。
ソーマもノアもリュミも、
全員が一瞬その場で硬直する。
――(…………おいで…………)
囁くような、
子どものような、
しかし底知れない声。
ノアが震える。
「これ……違う……
僕の世界の声じゃ、ない……!」
イサナの顔から血の気が引く。
「……この声……
断層の、向こう側から……
“誰か”が呼んでる……!」
セシリアも呟いた。
「まさか……断層の向こうに“存在”が……?」
ガルムは斧を握り直す。
「誰だろうが知らんが……
ソーマを呼ぶならぶった斬ってやる!!」
ソーマは必死に意識を保ちながら叫んだ。
「みんな……!!
離れろ……!!
この揺れ……ただの“残滓”じゃない……!!」
風が――止まった。
空が――揺れた。
世界そのものが、
一瞬だけ“呼吸を止めた”。
そして――
深空断層の黒い裂け目が、
わずかに、ほんのわずかに――
“開いた”。
中から吹き出した白い霧が、
ソーマの頬を撫でる。
その霧の中で、
ほんの一瞬だけ輪郭を結んだ影は――
“人の手”だった。
ソーマは息を呑んだ。
(……誰だ……?
今の手は……
“助けを求めてる”のか……
“引きずり込もうとしてる”のか……)
どちらにせよ、
断層は確実に動き出した。




