揺れの道と試練
深空断層へ向かう準備は、
驚くほど早く整えられた。
天象庁の転送門は
現地に近い“踏破地点”まで転移できるが、
断層そのものには転移できない。
理由は単純――
あそこには“世界の座標”が不安定に存在しているから。
セイルは派遣部隊の先頭に立ち、
メンバーを見渡した。
「君たち六人は、
断層の最奥部まで同行してもらう。
揺れの中枢を鎮めるには、
ソーマ君、ノア君、リュミ君の力が不可欠だ」
ガルムが斧を担ぎながらニッと笑う。
「任せとけ!
道中の敵は全部ぶっ飛ばしてやる!!」
「だから破壊しちゃいけない場所なんだって……」
ソーマが即ツッコミを入れる。
セシリアは眉を寄せながら魔導具を確認していた。
「断層は魔力乱流の巣窟。
魔導具もいつ暴発するかわからない。
私の計測装置は……もう半分は予備ね」
イサナは無表情だが、
手袋をきゅっと締めなおした。
「……揺れの“穴”に近いほど、
影の“隙間”は増える。
もう見えてる」
ノアは落ち着かない面持ちで胸を押さえている。
「境界が……薄い……
ここから断層まで、
ずっと揺れがついてきてる……」
ソーマは深呼吸して皆を見た。
(大丈夫だ。
このメンバーなら、きっと行ける)
セイルが手を上げた。
「転送門、起動!」
白い光が道を作り、
視界が一瞬にして歪む。
◆
◆踏破地点《空裂荒野》
転移した先は、
乾いた風が吹き抜ける荒野だった。
遠くの地平線には、
黒い稲妻のような“縦の光”が伸びている。
リュミが小さく息を呑む。
「……あれが深空断層……」
イサナも同調するように言う。
「“穴”が……呼んでる」
ソーマの耳奥が、
ふいに“チリッ”と鳴った。
――(……低……気圧……接近……)
断片的な予報だ。
言葉の前後は欠け、音質も荒い。
(まずい……近い……!
この断層の揺れが、
“予報を乱すほど強い”ってことか)
ノアも胸を押さえた。
「ソーマ……何か来る……!」
セシリアは即座に魔導計を確認した。
「霊脈値が急上昇……!?
この速度、普通じゃない!」
ガルムは地面を踏みしめる。
「来るなら来い!!
まずは軽く体を温めてやるよ!」
「いや温めなくていいから!!」
ソーマが止める。
しかし次の瞬間だった。
◆
◆“揺れの試練”
――ザァァァァ……。
荒野の地面に、
黒い霧のような影が広がり出す。
その霧の中から――
ぼんやりとした人影が現れた。
ガルムが斧を構える。
「敵か!?
なら――」
「待って!!!」
リュミが叫んだ。
彼女の瞳には、
霧の中の“揺れ”が明確に見えていた。
「この揺れ……敵意がない……!
でも、強い……!」
イサナが影の輪郭を睨む。
「これ……“記憶の残滓”だ」
ソーマが息を飲んだ。
(残滓……!
でも、この形……)
霧の中の人影が、
ゆっくりとこちらに向き直った。
その顔は――
ソーマ自身だった。
「っ――!?」
全員が息を呑む。
ガルムが叫ぶ。
「おいソーマ!?
なんでお前があそこに二人いんだ!?」
「俺が聞きたいよ!!!」
影のソーマは、
感情もなく口を開いた。
『……たす……け……』
ノアが震える声で言う。
「これは……僕の世界の揺れ……!
“消えかけた世界の記憶”が、
ソーマの形を借りているんだ!」
セシリアが分析する。
「二重揺れの干渉で、
ソーマの精神情報が“影に写し取られた”のね……!」
リュミは手を伸ばしかける。
「この影……苦しんでます……
気象でも、魔物でもない……
“世界の叫び”です……!」
イサナが冷静に言う。
「触れたら心を持っていかれる。
影残滓は“未来の死の匂い”だから」
ガルムが斧を握る手に力を込める。
「じゃあどうすりゃいい!?
戦うのか!?逃げるのか!?」
ソーマはぎゅっと拳を握る。
(俺の姿をしてるけど……こいつは俺じゃない。
でも“助けて”と言ってる……
前の世界の残滓が……!)
ノアは強くソーマの肩を掴んだ。
「ソーマ、俺たちで“答え”を返そう。
影は“願い”を吸う。
だけど、返せるのはソーマだけだ」
「答え……?」
ノアは頷いた。
「前の世界に、
ソーマがどう向き合っているか――
“心の形”を見せてあげて」
リュミも手を胸に当て、
静かに言う。
「――あなたは、逃げずに未来を見てきた人です。
その心を……揺れに届けてください」
ソーマは深く息を吸い、
影のソーマをまっすぐ見る。
(……逃げない。
たとえ過去でも、残滓でも、
俺は――)
ゆっくりと歩み出し、
影に向かって手を伸ばす。
「――俺は、生きてる。
こっちの世界で。
だから……大丈夫だ。
“お前も、もう休んでいい”」
影のソーマは――
ふっと笑った気がした。
次の瞬間、
影は光にほどけて消えた。
風が一度だけ優しく吹き抜ける。
ノアが小さく呟いた。
「……ソーマの“選んだ現在”が、
残滓に伝わったんだね……」
リュミも微笑む。
「揺れが……ほんの少し、安定しました」
セシリアは計測器を確認し、驚いた。
「今の瞬間だけ……
霊脈の乱れが止まった……?」
イサナは淡々と言う。
「これが“あなた”の強さだよ、ソーマ」
ガルムは豪快に笑った。
「よっしゃ!!
ソーマが影倒した!!
よくわかんないけどすげぇ!!」
「いや倒したわけじゃ……まぁいいや!」
ソーマは額の汗を拭う。
(でも……影はただの始まりだ。
二重揺れの本番は、この先――)
遠くの地平線で、
深空断層の黒い稲妻がうねる。
――そこから“本物”が、待っている。




