二重揺れの正体
天象庁・地下結界室。
普段は禁術級の天候魔術を封じるための場所で、
厚さ数メートルの石壁を
光の術式が走っている。
「ふぅ……ここなら塔の揺れも届かねぇな」
ガルムが天井を見回しながら言う。
「本来は国家級魔術の暴走を封じるための場所よ。
まさかソーマ保護のために使う日が来るとは……」
セシリアが肩をすくめた。
リュミはソーマの隣に座り、
落ち着かせるように小さな声をかける。
「ここは……霊脈の揺らぎも届きません。
少しだけ、休めますよ」
「ありがと……でも、休んでられないよな」
イサナは壁に触れていた手を離し、
静かに言う。
「結界室にいても……
世界の外側の揺れは、少し入ってくる」
「……やっぱりそうか」
ノアは胸に手を当て、
小さく震える声で言った。
「昨日から……ずっと感じてる。
“前の世界”の揺れが、急速に弱ってる。
まるで……消える寸前みたいに」
ソーマは息を呑んだ。
(やっぱり……!
あの予兆は、前の世界が“死にかけた”ときと同じ……
いや、それ以上に悪い……)
その時、重い扉が開いた。
セイル・アルヴェイン長官が入り、
全員が向き直る。
「状況は急を要する。
まず、観測塔で何が起きたのか整理しよう」
◆
◆二重揺れの解析
セイルは結界室の魔導灯に手をかざし、
空中に光の板を展開した。
浮かび上がったのは、
昨日以降の揺れの波形――
……のはずだった。
しかしそこには、
“二色の波”が重なるように描かれていた。
青はアステリアの揺れ。
赤は境界外の揺れ。
セシリアが目を見開く。
「これ……
青波と赤波が“重なっている”どころじゃないわ。
完全に“干渉”してる……!」
ソーマも見てすぐに理解した。
「重なってる部分が……
“ゼロ値”になってる……?」
セイルが頷いた。
「その通りだ。
揺れが強く重なった部分は、観測体が“壊れる”」
ノアは顔をこわばらせる。
「……それって……
境界そのものが破れてるってこと……?」
セイルは深く息をつきながら言った。
「もっと正確に言うと――
“別世界の死にかけた残滓が、アステリアへ流れ込んでいる”」
リュミが震える声で尋ねる。
「せ、世界の残滓……が……こんな規模で……?」
「普通は、音や光や魔物の形で少し混じるだけだ。
だが今回は違う。
世界そのものの“最終段階の揺れ”が届いている」
ソーマはこめかみを押さえた。
(前の世界が完全に終われば、アステリアにも影響が来る……
それが“連鎖崩壊”の危険だって、リュミが前に……)
イサナが小さく言う。
「連鎖崩壊……
一つの世界が落ちると、
揺れの負荷が他の世界に移る」
ガルムが息を飲む。
「おいおい……
それってつまり……
ノアの世界の“死に際の揺れ”が、
こっちに押し寄せてるってことか?」
ノアがわずかに唇を噛んだ。
「……そうだと思う。
僕の世界が消えた時……
最後は“沈黙”だった。
音も、風も、光も……
ぜんぶ吸い込まれていって……
残ったのは“助けを求める揺れ”だけ」
リュミは言葉を失った。
ソーマは拳を握る。
(こんなの……
予報で出せるレベルじゃない……
前の世界の“死”そのものじゃないか……!)
◆
セイルは続ける。
「そして三つ目。
アステリア側にも同調した揺れが現れ始めている。
その位置は――」
光板の地図が切り替わる。
各地に青い点が光り――
その中の一つが、赤く濁った。
セイルが言う。
「“深空断層”だ」
セシリアが蒼ざめる。
「最悪……!
あそこはもともと世界の裂け目よ!?
そんな場所で境界干渉が起きたら……!」
イサナが短く告げる。
「穴が広がる。
世界が“もたない”」
ガルムが立ち上がる。
「だったら行くしかねぇだろ!
その断層とやらを抑えりゃいいんだな!?」
「ぶち壊す前提で話すな!」
ソーマがすかさず突っ込む。
セシリアが補足する。
「断層は壊すどころか、
“魔力を流し込んで安定させる”しか方法がないの。
普通の魔術士じゃ無理……
広域魔力制御ができる巫女系統――」
視線がリュミへ向いた。
リュミは小さく息を呑む。
「……私、ですか……?」
セイルがうなずく。
「君の天象同調は、
揺れの方向性を調整できる希少な能力だ。
断層の“揺れ”を鎮められる可能性がある」
リュミは不安そうにソーマを見る。
「ソーマさん……」
ソーマは迷わず答える。
「行くよ。
全員で。
断層の揺れを止めて、
前の世界の崩壊がこっちに伝わる前に」
ノアも強く頷いた。
「僕も行く。
これは……僕の世界の残滓でもあるから」
イサナも淡々と。
「境界の揺れは、私も気になる」
ガルム:
「よし、決まりだな!
断層だろうが地の底だろうが、
でっけぇ穴なら埋めてやる!!」
「だから力任せに埋めるなって!!」
セシリアは渋い顔でため息をつく。
「はぁ……また命の危険が跳ね上がるわね……
でも、行くわよ。
あなたたちだけじゃ絶対不安だから」
ソーマは全員を見回し、
胸に温かいものを感じた。
(……このメンバーなら、
どんな揺れでも何とかできる気がする)
その瞬間――
――“ザザ……ザァァ……”。
ソーマの耳奥で、
またあの“雑音”が走った。
だが今回は違う。
――(……低……気圧……域……拡大……注意……)
言葉が、はっきりと形を取り始めていた。
ソーマは息を呑む。
(予兆じゃない……
これは“予報が戻りかけてる”……!?
でも、音声じゃなくて断片だけ……
危険度が高い証拠だ……!)
ノアも胸を押さえた。
「ソーマ……また来た……
境界の揺れ……強くなってる……!」
セイルが鋭く言う。
「全員、準備を整えろ!
深空断層へ向かうぞ!」
結界室の灯りが強まる。
世界の揺れの“核心”へ向かう戦いが、
ついに始まろうとしていた。




