ノアと予兆の解析
翌朝。
天象庁の観測塔の上空には、
薄く白い雲がかかっていた。
風はほぼ無風。
湿度も温度も安定。
“揺れ”が見当たらない。
それが――逆に不気味だった。
ソーマは夜通し眠れないまま、
ノアと共に観測塔の会議室へ向かう。
ノアの顔も青ざめている。
「……大丈夫か、ノア」
「うん……でも、まだ胸がざわざわする。
“何かが近づいてる”感じがする」
ソーマも同じだった。
耳奥は静かすぎる。
昨夜の予兆の続きがあってもおかしくないのに、
完全な沈黙だ。
(予報が黙るのは……
一番嫌なパターンなんだよな……)
◆
◆天象庁・第二観測会議室
すでにセシリア、リュミ、ガルム、イサナが到着していた。
セシリアはソーマを見るなり眉を寄せた。
「顔色悪いじゃない。
まさか……予報、来たの?」
ソーマは首を横に振る。
「いや……逆に“来なかった”。
ただ、その代わりに――
昨日、変な予兆があったんだ」
ノアも同じように頷く。
「僕にも来た。
世界の境界が軋むみたいな……
助けを呼ぶ声のような揺れが」
ガルムが目を丸くする。
「おいおい……それ本当にヤバいやつだろ……?
助けを呼ぶって誰が……どこが……?」
「たぶん“別世界”です」
ソーマは迷わず言った。
イサナがかすかに瞳を細める。
「残滓の揺れが強まると、
別世界の声が届くことがある。
でも……“助けて”は珍しい」
リュミは胸に手を当てて小さく震えた。
「世界が……声を上げてるのかもしれません……」
その時――
スッとドアが開く。
セイル・アルヴェイン長官が入室した。
「揃っているね。
では、昨夜の“異常揺れ”について話を聞かせてもらおう」
◆
ソーマとノアは、
昨夜感じた予兆を細かく説明した。
・耳奥で聞こえた雑音
・重なるように混ざった“低気圧”の断片
・ノアが感じた“助けを求める揺れ”
・世界の境界が軋むような反応
セイルは真剣に聞き、
額に手を当てて考え込んだ。
セシリアはメモを取りながら、
思考を声に出す。
「……二重揺れの干渉。
しかも片方は“前の世界起源”……
これは観測史にもないわ」
イサナは静かに言う。
「境界が軋むのは、
どちらかの世界の“負荷”が限界に近い時」
リュミも加える。
「昨日の予兆……
本当に“死にかけた世界”の声だったのかもしれません……」
ガルムが腕を組んで唸る。
「じゃあ……何だ。
別世界が沈む時に、こっちに影響が来る……ってことか?」
ソーマは答えられなかった。
ただ――
昨夜ノアが震えながら言った言葉が
耳に焼き付いている。
“どっちかが押しつぶされる揺れ”
セイルは静かに手を組んだ。
「……ソーマ君、ノア君。
二つ確認したい」
二人が姿勢を正す。
「まず一つ目。
その“助けて”という声は、
言語として聞こえたのか?
それとも揺れの感覚で?」
ノアは答える。
「……揺れでした。
でも、意味だけは伝わった気がした。
“誰かが消えかけている”ような……
そんな切迫感が」
セイルは深く頷いた。
「揺れの意味だけが伝わる……
これは“世界の死の直前”に観測されることがある。
非常に重い情報だ」
会議室が一瞬で静まる。
二つ目の質問が来る。
「ソーマ君。
君が聞いた“低気圧”の断片……
アナウンサーの声は?」
ソーマは驚きながら告げる。
「……今回は、言葉は途切れてました。
声も聞こえなかった。
ただ、“低気圧”の単語だけが残った感じです」
セイルの目が鋭くなる。
「声が聞こえない予兆は――
大規模災厄の直前だ」
セシリアも青ざめる。
「つまり、
“来る災厄が大きすぎて、予報が形にならない”……?」
「そういうことだ」
セイルが即答する。
ガルムが肩をぶるりと震わせた。
「おいおいおい……
俺たち、またとんでもねぇもんに巻き込まれてんじゃねぇのか?」
リュミは膝の上で手を握りしめる。
「……ソーマさん。
次の予報が来たら、
きっと……“大きい”です」
ソーマはうなずいた。
(そうだ……
これは“予期せぬ沈黙”だ。
本当に危険な時は、予報が沈みこむ……
まるで深呼吸の手前みたいに)
セイルは静かに結論を告げた。
「天象庁としては、
二重揺れの観測網を緊急構築する。
ソーマ君、ノア君。
君たち二人の情報は、
世界を守る鍵になるかもしれない」
セシリアが追記する。
「三勢力も、この揺れを放っておかないわ。
動き出せば……今度こそ、
ソーマは本気で狙われる」
イサナが言う。
「……準備が必要だね。
揺れが来る前に」
ガルムが拳を握る。
「上等だ!!
どんな勢力が来ようが、ぶっ飛ばしてやる!!」
「いや物騒すぎるから」
ソーマが突っ込む。
ノアが静かに言った。
「ソーマ。
僕たちで……
“誰も押しつぶされない未来”を選ぼう」
ソーマは強くうなずいた。
(そうだ……
どっちの世界も救える道を
絶対に探してやる)
その瞬間――
ソーマの耳奥が、
一瞬だけ鋭く「チリッ」と鳴った。
予兆の残響だ。
揺れは確実に近づいている。




