王都の夜、静かな予兆
その夜。
王都レウェンの空は、不気味なくらい静かだった。
昼間にあれほど賑やかだった街も、
明かりがぽつぽつと消えていき、
かわりに虫の声と、遠くの鐘だけが響く。
ソーマは天象庁の簡易宿舎のベッドの上で、
頭の後ろに手を組んだまま天井を見つめていた。
「……静かすぎるな」
耳の奥も、妙に静かだ。
(予報がないのは助かるけど……
“無音”ってのは、それはそれで気味が悪いんだよな)
あの世界では、
毎朝6時、昼12時、夕18時の3回、
ほぼ決まってアナウンサーの声が流れた。
ここでは、不定期。
それだけに――予報が来ない時間が長いほど、
胸の奥にざわつきが生まれる。
「……今日は何もないよな?」
そう呟いた瞬間だった。
◆
――カサ……。
ベッド脇の窓の外で、何かが揺れた。
ソーマは上半身を起こす。
「……風?」
しかし、外の空気はほぼ無風だ。
木々の揺れの“周期”が違う。
(風じゃない……揺れ、か?)
立ち上がり、窓を開けた――その時。
――“ザザッ……ザ……”。
耳奥で、微かな雑音が走った。
「っ……!」
思わず窓枠を掴む。
(予報の……前触れ!?
いや、違う。これは“予兆”だ……!)
“本来流れるはずの予報”が何かに遮られて、
断片だけが漏れているような感覚。
――ザ……ザ……(……低……気圧……)
「低気圧……?」
世界のどこかで、
精神に干渉する魔霧の揺れが立ち上がっている?
いや、それだけじゃない。
雑音は断続的で、
なにか別の音が混ざっている。
(……人の声?
いや……“重なってる”……?)
ソーマは額を押さえた。
(まずい……これは普通の予兆じゃない。
“別世界の残滓”との干渉がいつもより強い……!)
そのとき――
「ソーマ」
背後から静かな声がした。
「うわっ!」
思わず振り返ると、
ドアの影に立っていたのはノアだった。
髪が少し乱れ、
目に薄い揺れが宿っている。
「……ノア?こんな時間にどうしたんだよ」
ノアは胸に手を当て、
苦しげに息をついた。
「わからない……けど……
さっきから胸の奥がざわざわするんだ。
世界の境界が……“裂けてるみたいで”」
ソーマは息を呑む。
(ノアの揺れって……世界外のものだ。
こいつが反応するときは、普通の現象じゃない)
「何か、聞こえた? ノア」
ノアは小さく頷いた。
「……人の声がしたんだ。
でも、すごく遠くて……
“助けて”って言ってる気がした」
ソーマの心臓が跳ねた。
(まさか……
前の世界の、“残り時間”が……?)
いや、断言はできない。
だがノアの世界が完全に消滅していないなら――
そこから“助けを求める揺れ”が届く可能性もある。
その時、再び雑音が走る。
――ザ……ザァ……(……圧……域……接近……)
ソーマは直感で理解する。
「この予兆……
前の世界とアステリア、両方の揺れが重なってる……!」
ノアは苦しげに目を閉じた。
「ソーマ……これ、
“どっちかが押しつぶされる揺れ”だと思う……」
ソーマはノアの肩を掴む。
「ノア!!しっかりしろ!!」
ふるふると揺れるノアの瞳。
「……ごめん、平気。
でも……怖い。
僕の世界が消える時に似てる……
“静けさの後に来る揺れ”だ」
ソーマは息を飲み込み、
夜空を見上げた。
どこまでも静かで――
その静けさが逆に不安を煽る。
(まずい。
これは本気で危険な揺れだ……!
天象庁に報告するか?
でもこの予兆だけじゃ確証が……)
ノアが震える声で言った。
「ソーマ……僕たち……
どっちの世界も、守れるのかな……?」
ソーマは強く首を振った。
「守る。
どっちもだ。
俺は……そのためにこの世界に来た」
ノアは目を丸くし、
ゆっくりと頷いた。
(……たとえ予報が沈黙していても。
この“予兆”だけでも十分すぎる。
明日……セイル長官に必ず伝えよう)
ソーマは静まり返った王都の空を睨む。
(……来る。
次の揺れは、でかい)
夜気が冷たく、
星だけが静かに瞬いていた。
その星々の向こうで――
異世界の残滓が、かすかに蠢いていた。




