予報と渡り人
焼き串で満腹になった六人は、
王都の大通りを歩いて天象庁へ向かっていた。
ガルムが腹を叩きながら言う。
「いやー食った食った!
腹いっぱいだと、王都がいつもより綺麗に見えるな!」
セシリアが呆れた声で返す。
「食べた量と風景の美しさは関係ないでしょ……」
ソーマは笑いながら、
隣で歩く青年――今は“ノア”と名付けた彼を見た。
(……この世界に来てから、
一番穏やかな時間かもしれない)
だがその穏やかさは、
天象庁の門前であっさり崩れた。
研究員たちがわらわらと駆け寄ってくる。
「ソーマさん!! セシリアさん!!
至急です! 長官が呼んでいます!」
セシリアが目を細めた。
「……嫌な気配しかしない」
ソーマも胃を押さえる。
「俺……焼き串もう一回吐きそう……」
◆
◆天象庁・第一会議室
重厚な扉が開き、
六人が中へ入ると――
天象庁長官 セイル・アルヴェイン を中心に、
観測官たちがずらりと並び、
ピリついた空気が漂っていた。
セイルは柔らかい笑みで手を挙げた。
「来たね、ソーマ君。それと……」
彼の視線が“青年”へ向く。
「……そちらの人物は、今回の異変の報告にあった
“転移揺れの中心にいた者”で間違いないかな?」
青年は緊張し、曖昧にうなずく。
ソーマは一歩前へ出た。
「紹介します。
彼は――ノア。
今、俺たちが救い出した仲間です」
セイルは小さく目を見開いた。
「ノア君、か。
……君が自分でそう名乗るのだね?」
ノアは頷く。
「はい。
僕は……この世界でそう名乗ろうと思います」
セイルはその名を一度繰り返し、
丁寧に深く頷いた。
「わかった。ではノア君として扱おう」
ガルムが小声で囁く。
「よし! ちゃんと名前浸透した!!」
「いやお前さっき決めてないのに呼びなれてるな?」
ソーマが突っ込む。
◆
セイルが場を静め、口を開いた。
「まず……今回の“層崩落”を止めた功績。
これは王都にとって計り知れない価値がある。
心から礼を言おう」
会議室に小さな拍手が起きた。
ノアは居心地悪そうに肩をすくめる。
「僕は……ただ、自分の揺れを……」
「それで十分だよ」
セイルが穏やかに返す。
しかし、そのやわらかい声は、
すぐに鋭い現実味を帯びた。
「だが――問題も生まれた」
◆
セイルは書類を広げる。
「一つ目。
ソーマ君の“予報”。
今回、完全に観測外の未来情報を読み取っている」
観測官たちがざわめく。
「既存の観測塔、霊脈計、全て対応できなかった未来情報……
ソーマ君の予報だけが捉えていた」
セシリアはすぐに理解する。
「つまり……ソーマの予報は
観測を超えたレベル に入ってるということね」
セイルも頷く。
「そう。
君の予報は、天象庁でも制御できない領域に踏み込んだ」
ソーマは無意識に耳を押さえた。
(……嫌な予感する)
◆
セイルは続ける。
「二つ目。
ノア君の存在だ」
ノアが少し身を固くする。
セイルは決して責めるような声ではなく、
慎重な声音で言った。
「君は、世界の“外”から揺れを持って渡ってきた。
これは極めて貴重で、極めて危険だ」
ソーマが即座に口を挟む。
「ノアは危険じゃありません!!」
セイルは手を挙げて制す。
「危険かどうかではなく――
“前例がない”という事実が問題なんだ」
リュミが静かに言う。
「確かに……ノアさんの揺れは、
普通の人とは違います……
でも、優しい揺れです。悪意はありません」
イサナも頷く。
「世界の外側の揺れだけど……不安定ではない」
セイルは二人を見て、
少しだけ表情を緩めた。
「君たちの判断は信頼している。
だから天象庁としては――
ノア君を“自由行動を許可した保護対象”にする」
ソーマたちはほっと息を吐く。
ただし、とセイルが付け足した。
「王家と神殿は……
君をそう扱うとは限らない」
ノアは言葉を飲んだ。
◆
三つ目の書類が机に置かれた。
セイルの表情が、今回一番重くなる。
「三つ目。
ソーマ君は――
三勢力が“奪い合う存在”になった」
ソーマ:
「……はい????」
セイルは淡々と説明する。
「神殿は“天啓の器”として君を隔離したい。
王家は“予報兵器化”を検討している。
天象庁は“観測独占”の圧力を受けている。」
セシリアが立ち上がりかける。
「兵器化!?何言ってるのよ!!
ソーマをそんな扱いに……!」
ガルムも机を叩く。
「誰がそんなこと許すかよ!!」
リュミは蒼ざめながらソーマの腕をぎゅっと掴む。
「ソーマさん……そんな……」
イサナも短く言った。
「嫌な揺れがする」
ノアは強い声で言い切った。
「僕は……ソーマを一人で戦わせない。
この世界で名前を持った日から、
その覚悟はできてる」
セイルは静かに言う。
「私も君たちを守りたい。
だが、国全体の力は私でも押し切れない。
――だから君自身の意志が必要なんだ」
ソーマはゆっくりと息を吸い込み、
覚悟を固めた顔で言った。
「……俺は。
予報を手放すつもりはありません。
どんな勢力に狙われても……
俺は、“未来を読む”ことをやめない」
会議室の空気が変わった。
セイルは深く頷く。
「その覚悟を聞いて、
天象庁は正式に“ソーマを保護し、支援する”方針を決める」
セシリアはほっと息をついた。
ガルムは嬉しそうにニカッと笑った。
リュミは涙をこらえながら微笑んだ。
ノアは誇らしげにソーマを見た。
イサナはただ静かに、
その揺れを受け止めていた。
◆
会議が終わり、
六人で廊下に出た途端――
ソーマはその場にしゃがみ込んだ。
「うぉぉ……緊張で胃が……これ絶対潰れてる……」
ガルムが背中を叩く。
「よく頑張ったぞ!!」
「痛い痛い痛い!!死ぬ!!」
セシリアが言う。
「……ソーマの胃、いま天象庁で一番の被害者かもしれない」
リュミはそっとハンカチを差し出した。
「大丈夫ですよ……
みんな、ソーマさんの味方ですから」
イサナはポケットから何かを出した。
「これ、甘い飴。
緊張とれるよ」
「イサナ……世界の基準そこなのやっぱり……?」
ノアは隣で笑いながら言った。
「僕も……力になるよ。
ソーマは“揺れの中心”なんだ。
僕はその隣にいる」
ソーマは皆の顔を見回し、
小さく笑った。
(……俺、ひとりじゃないんだな)
王都の外では、
異様な風がほんの一瞬吹き抜けた。
ソーマはふと空を見上げる。
揺れは静かだ。
だが、どこか遠くで
微かな波が生まれ始めているのがわかる。
(……次の揺れが来る前に。
今は少しだけ休もう)
六人は天象庁を後にし、
それぞれの“王都での短い休息”へ向かった。




