裂け目回廊、失われた時間層
――落ちる。
けれど、
落ちている感覚が途中で“歪む”。
ソーマたちは、
空でも地でもない“水平に裂けた世界”へ着地した。
ガルムが地面に手をつき、うめく。
「うお……気持ち悪ぅ……
いま、落ちたんじゃなくて……横に滑ったよな……?」
セシリアが額を押さえる。
「正しくは“時間層の段差”ね……
落ちたんじゃなく、時間がずれたのよ……」
ソーマは震えた。
「時間がずれるって何!?
時計の針とかじゃなくて!?」
「もっと根本よ!
“世界の時間そのもの”が剥がれて混ざってるの!!」
「分かんねぇよ!!!」
ソーマの悲鳴はもはや芸術。
リュミが周囲を見回し、そっと告げる。
「……ここ……違います。
王都じゃありません……」
イサナが頷いた。
「王都の“過去の層”だよ。
でも……完全な過去じゃない」
「どういうこと?」
ソーマが尋ねる。
イサナは遠くに見える建物を指さした。
「王都の旧大聖堂……
二十年前に崩れた建物の“影”」
「じゃあ……ここは過去の記憶……?」
「違う」
イサナは首を振った。
「これは“失われた時間層”。
世界にとって“不都合だから捨てられた時間”」
ソーマは喉がひゅっとなるほどの緊張を覚えた。
(捨てられた……時間……?
そんなものが世界の中に残ってるのか……?)
◆
と、その時。
――ザ……ザザ……
ザー………
耳の奥で聞こえるノイズ。
ソーマは息を吞む。
(また……予報……?)
――『……発生……未明……
……記録……欠落……注意……』
(欠落……?
いまの時間層のことか!?)
セシリアが急に走り寄ってきた。
「ソーマ!
いま、予報が言ったのは“記録欠落”よね!?
この層と一致するわ!!
“消された時間”を示してるの!!」
ソーマは驚いた。
「前世の予報が……この世界の欠落に……?」
リュミが目を見開く。
「ソーマさんの予報……
“世界の外側の記録”とつながってるから……
失われた時間まで響くんです……」
ガルムが腕を組む。
「前世の世界って……
そんなに色々残ってんのかよ……
こえぇ……」
◆
イサナは静かに、しかし鋭い声で言う。
「ここに青年の揺れが落ちたはず。
探すよ」
ソーマは頷き、歩き出す。
だが――
数歩進んだところで、急に“景色が切り替わった”。
「うおあああああ!?!?
景色がスライドした!!」
ソーマが仰天する。
ガルムが指をさす。
「おいソーマ、後ろ!!」
振り返ると――
さっきまでいた場所が“別の時間”に変化している。
リュミが怯えたように言った。
「……層が勝手に“巻き戻し”されてます」
セシリアが説明する。
「この層は不安定だから、
“存在していた時間”がランダムに出るのよ。
最悪、私たちの時間も……引きずられる」
ソーマは青ざめた。
「引きずられるって……
どうなるの……?」
「場合によっては――
生まれる前の時間へ落ちる」
「やだあああああ!!!」
ソーマが全力で拒否。
「戻る場所ないだろうが!!」
ガルムが全力ツッコミ。
◆
そんな混乱の最中――
イサナが足を止めた。
「……来た」
ソーマも気づく。
空気の“揺れ方”が変わった。
柔らかい。
温かい。
どこか懐かしいような揺れ。
青年のものだ。
ソーマは思わず駆け出した。
「青年!!
そこにいるのか!!?」
古い大聖堂の影に、
白く淡い揺れが寄り添っている。
だが、それは“人の姿”ではない。
水面に映った姿のように、
揺れれば形が変わり、
触れれば消えそうな“残響”だった。
セシリアが震える。
「……情報密度が低すぎる……
もう、人間としての構成が……」
リュミが悲しげに呟く。
「……声が……聴こえません……
揺れが弱すぎて……」
イサナが静かに言う。
「でも、生きてる。
完全には消えてない」
ソーマは青年の残響の前に座り込み、
必死で声をかけた。
「青年……聞こえるか……?」
白い揺れが、
かすかに震えた。
(……ソーマ……)
耳ではなく、
心に直接触れる声。
ソーマは泣きそうになる。
「ここに……いる……!
まだ消えてない……!!」
青年の揺れは苦しげに揺れた。
(……ソーマ……
君……どうして……
僕を……)
「探しに来たんだよ!!
約束しただろ!!
お前の世界もアステリアも救うって!!」
(……そんな方法……
どこにも……ない……)
青年の揺れは弱い。
崩れそうだ。
ソーマは胸に手を当てた。
「ある!!!
まだ分からないけど……
俺は――“二つの世界の揺れ”を聞ける!!」
セシリアがハッとした。
「ソーマ……!
予報が聞こえるなら、
“崩れた層の情報”も拾えるかもしれない!!」
リュミが続ける。
「同調すれば……
青年さんの揺れの“欠けた部分”も補える……!」
イサナが杖を構える。
「そして私が……
この層の揺れを固定する!!
ソーマの世界が奪われないように!!」
ガルムが斧を握る。
「じゃあ俺は……周りの敵全部ぶっ壊す!!」
「敵がいるの前提!?」
ソーマが悲鳴を上げる。
◆
その時だった。
世界の奥から、
低く沈んだ風が吹いた。
リュミが顔を上げ、
蒼白になる。
「……来ます……
“影の揺れ”が……
こんな大きい……の……」
ソーマも悟った。
(……この層を“食べに来る”何かが……)
イサナが杖を構え、
声を張り上げた。
「ソーマ!!
青年の揺れを繋いで!!
ここで消させない!!」
ソーマは頷いた。
胸の奥に手を当て、
残響予報を呼び起こす。
(頼む……予報……
俺に、ヒントをくれ……!!)
――ザ……ザザ……ッ
――『……層断裂……補助線……
接続点、三つ……』
ソーマは目を見開いた。
「三つの接続点……!?
層を繋ぐ“補助線”がある!!
それを結べば……
青年の揺れを“ひとつの形”にできる!!」
セシリアが叫ぶ。
「どこよ、その三点!!?」
「全部バラバラな方向にある!!」
「ええええええ!?」
イサナが怒鳴る。
「分散しろ!!
急げ、世界が崩れる前に!!!」
ガルムが叫ぶ。
「よっしゃ行くぞソーマぁぁぁ!!!」
「なんで俺が先頭なの!?!?」
ソーマが絶叫する。
リュミは祈りを込めて手を伸ばす。
「青年さん……待っててください……!!
必ず……形を取り戻します……!」
世界が軋む音。
影の揺れが迫る気配。
そして――
ソーマたちは三方向へ走り出した。
青年の揺れを救うために。




