図書院崩落、残滓の夜
――轟音。
王立図書院・南棟は、
白光に砕かれるようにして倒壊した。
外の中庭から見えるその光景は、
まるで“建物が溶けて沈む”かのよう。
「こっちへ!! 急げ!!」
「崩落範囲が広がってるぞ!!」
避難誘導の騎士たちの怒号が飛び交う。
ソーマたちは、
ガルムが体で庇うようにして中庭へ駆け抜けた。
「走れ!! 止まるな!!
振り返ると死ぬぞ!!」
「いや!! 振り返りたい!!
もう現実逃避したい!!!」
ソーマが泣きながら叫ぶ。
「死ぬって言われて振り返んな!!」
ガルムのツッコミが完全に正しい。
◆
外へ飛び出した瞬間――
背後で、南棟が大きく沈み込む音がした。
――ドゴォォォォ……ッ!!
石の塔が一瞬浮いたあと、
そのまま縦に割れ、
奥へ滑り落ちていく。
「うわあ……」
ソーマは思わず座り込む。
「……こんな崩れ方、初めて見ました……」
リュミも青い顔をしている。
「そりゃそうだろ!!
あれ、建物というより“世界ごと”削れてるぞ!!」
セシリアが震える声で言う。
◆
イサナは崩落地点を見つめていた。
風ではなく、
耳ではなく、
“揺れ”で感じている。
(……まだいる。
白光は消えたけれど……
あの青年の揺れ、完全には遠のいてない)
胸の奥がざわつく。
(……ソーマ。
あなた、ほんとうに……
世界の外側に近い揺れを持ってる)
それは恐怖ではなく、
“複雑な痛み”だった。
◆
そこへ、騎士隊長が駆け寄ってきた。
「天象庁の者たち!
状況を説明してくれ!!
図書院が“沈下”したなど聞いていない!!」
「説明なんてできるかぁ!!!」
ソーマが思わず叫ぶ。
「お前が一番説明できない立場だろ!!」
ガルムがすかさず叩く。
セシリアが肩で息をしながら前に出る。
「南棟で“裂け目の揺れ”が暴走したの。
結界が追いつかなかったわ……!」
騎士隊長が目を見開く。
「裂け目……?
では、これは魔力嵐の前兆か?」
「違うわ」
セシリアは首を振る。
「“誰かが裂け目を押し広げた”のよ。
自然現象じゃない」
隊長は息を呑んだ。
「誰が――」
その時、ソーマの耳が震えた。
(ノイズ……?)
――ザ……ザ……
――『……警戒レベル……』
(予報……?
こんなタイミングで……)
ノイズは弱い。
聞こえづらい。
だが確かに言っている。
――『……“見えない風”の流入……
……意識の接触に……注意……』
ソーマの冷や汗が止まらなかった。
(見えない風の流入……
あいつの“揺れ”……まだ残ってる……)
◆
セシリアの報告を聞いた騎士隊長は、
すぐ背後の騎士へ命じる。
「至急、王宮へ使いを!!
“特級災害”の可能性ありと伝えろ!!」
「特級災害!?」
ソーマが耳を疑う。
「おいセシリア!」
ガルムが叫ぶ。
「特級って……魔王級の扱いだぞ!!」
「知ってるわよ!!
でもこの揺れは、
魔力嵐より質が悪い!!」
セシリアは歯を食いしばった。
「世界の表面そのものが削れてるのよ!!
チート怪獣じゃないの!!」
「そういう例えやめて!!!」
ソーマも限界。
◆
隊長はソーマを見る。
「天象庁の“予報持ち(よほうもち)”、ソーマ。
お前は何か感じたか?」
「感じたくなかった!!」
ソーマが即答する。
「感じろ!!」
ガルムが頭をはたいた。
「痛った! 自覚はあるよ!?
えっと……その……」
ソーマは深呼吸し、震える声で言った。
「敵は……人間じゃない。
“外側の揺れ”が、人の形をして干渉してきてる。
多分、図書院を狙ってきたのは……俺です」
隊長が絶句する。
「お前……なぜ……」
「知らないよ!!
俺が聞きたいよ!!!!」
ソーマが叫んで泣き出した。
「泣くな!!!」
ガルムが突っ込む。
リュミがそっと背中を撫でる。
「大丈夫です……大丈夫です……」
◆
そんな混乱の中、
空気の“揺れ”が一瞬収まった。
風が止まり、
何かが始まる前の静けさが訪れる。
リュミが顔を上げる。
「……来ます」
「なんだよ次は!!!」
ソーマが全力で嫌そうな顔をする。
イサナも瞳を細めた。
「王都全体に“揺れの影”が広がってる。
あいつ、南棟を落としたあと……
次の準備をしてる」
セシリアが青ざめる。
「次……?
次って何よ……!」
「“世界を繋ぐ揺れ”の準備」
イサナの声は震えていた。
「多分、青年は本気で――
ソーマを“外側へ引き戻すための道”を作ってる」
ソーマの心臓が嫌な音を立てる。
(やめろ……
やめてくれ……
本気で狙われてる……)
ガルムが斧を握りしめ、
低い声で言う。
「もう……逃げるだけじゃ済まねぇな」
リュミも強く頷く。
「ソーマさんを外に渡すわけにはいきません」
セシリアが決然と立つ。
「天象庁の名にかけて、
絶対に止めるわよ……あの“形のない世界”を!!」
隊長が叫ぶ。
「全隊、
“王都広域警戒”に移行する!!」
◆
ソーマは拳を握りしめた。
震えは止まらない。
恐怖も消えない。
だけど――
(逃げ続けるだけじゃ、
みんなを巻き込むだけだ……)
(いつか……
向き合わなきゃいけない相手だ……)
小さく息を飲み、
ソーマは言った。
「……俺も、行く。
逃げない。
アイツが何なのか……
なんで俺を“鍵”って呼ぶのか……
確かめなきゃいけない」
リュミが手を握った。
「一緒に行きます」
イサナも静かに頷く。
「ソーマが行くなら、私も行く」
ガルムが笑う。
「誰が置いていくかよ!!」
セシリアがメモ板を叩く。
「なら決まりね。
――“青年の揺れの源”を暴くわよ!!」
ソーマは息を吸った。
夜の空は曇っている。
その曇天の向こうで、
白光が一瞬だけ揺れた。
まるで、
“次の波は、もう始まっている”
と告げるように。




