第三波、南棟崩落前夜
南棟の奥――
白光が再び“濃縮”し始めた。
空気の震えが、
今までの比ではない。
廊下の壁がミシミシと音を立て、
床の石がわずかに浮いた。
「やばい……!」
ソーマが思わず後ずさる。
「ソーマさん、下がって!!」
リュミが腕を引き寄せる。
セシリアが瞬時に結界符を十数枚取り出す。
「全員、後退! 廊下中央に集まって!!
あれ、完全に規模が違うわ……!」
「規模って言い方こわい!!!」
ソーマが叫ぶ。
◆
白光の中心に立つ青年は、
先ほどの衝突の衝撃を受けたはずなのに――
傷はない。
ただ静かに、
廊下へ広がる“裂け目の骨格”を踏みしめていた。
「……ソーマくん」
青年は視線をまっすぐ向ける。
「僕は、君を責めてないんだ。
ただ、君は“外へ帰るべき人”だというだけ」
「いやだぁぁぁぁぁ!!!」
ソーマが泣き叫ぶ。
「そんな情緒で返事されたくない……」
青年は少し困ったように言う。
「困らせてるのはそっちだよ!!!」
ソーマがツッコむが足が震えている。
◆
ガルムが前に出る。
「いいか青年。
ソーマは、ここで生きるって決めてんだ。
お前の世界の事情なんざ知らねぇ」
「ガルム!」
ソーマが驚く。
青年はじっとガルムを見つめる。
「……興味深い。
“揺れの低い戦士”なのに……
ソーマくんを守ろうとする意思は強い」
「揺れが低いって馬鹿にされてるぞガルム!!!」
ソーマがツッコミ。
「揺れとか知らん!!
俺はソーマの盾だ、それだけだ!!」
ガルムは胸を張る。
青年は小さく首を振る。
「……厄介だね、君たちの“結びつき”は」
白光が、
さらに四方八方に伸び始める。
◆
セシリアが急いで詠唱する。
「ソーマ! リュミを連れて後退して!!
ガルムと私は、減衰結界を張る!!
イサナは――」
言いながらイサナを見ると、
彼女は青年をじっと見つめていた。
何かを覚悟する瞳だった。
「イサナ、無茶はするな!」
セシリアが焦って叫ぶ。
イサナは、
小さく笑った。
「無茶しない。
“必要なこと”をするだけ」
「無茶の別名じゃん!!!?」
ソーマが叫ぶ。
◆
白光が、ついに“第三波”として形を持った。
――ゴォォォォォォ……!!
それは光であり、風であり、
裂け目の“入口の揺れ”そのもの。
「これ……範囲広すぎ!!!」
ソーマが悲鳴を上げる。
光が触れた壁は、
紙を水に溶かしたように“薄膜”となり、
その奥がぼやけて見えた。
「……向こう側が……見えてる……」
リュミの声が震える。
「ちょ……待って……
あれ絶対、世界の外だろ……」
ソーマの喉が鳴る。
青年は一歩前に出た。
「ソーマくん。
もう――“ここ”を歪ませたくない」
その声は優しい。
だが同時に――
残酷な確信があった。
「だから、早く帰ろう」
ソーマは叫んだ。
「帰らない!!
何度でも言う!!
俺は――この世界で生きたい!!!」
青年の微笑は、静かに消えた。
「……そうか。
なら仕方ないね」
白光が一気に収束した。
「君を守るためにも、
“この世界の揺れ”は消しておかないと」
「消す!?!?」
セシリアが青ざめる。
「ど、どこから消す気よ!?」
青年は、
落ち着いた声で答えた。
「まずは――王立図書院から」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
ソーマとセシリアが同時に叫ぶ。
◆
白光が爆発する。
南棟の天井が一瞬で崩れ、
書棚が浮き上がる。
「逃げろ!!!」
ガルムがソーマを抱えて走り出した。
「ちょっ、ガルム重い重い!!
俺が重いんじゃなくてガルムの筋肉が圧を!!」
「黙ってろ!!」
ガルムが叫ぶ。
リュミが風の加護で走り、
セシリアが結界を二重三重に張りながら撤退する。
だが――
イサナは残っていた。
青年の前に立つ。
「やめなよ」
青年は首を傾げる。
「まだ邪魔をするの?」
「邪魔じゃない」
イサナの声は静かだった。
「あなたがやろうとしてること、
ソーマは望んでない」
「望むとか望まないとかじゃない。
彼は僕の世界の人だから」
イサナは首を横に振った。
「違うよ。
ソーマは――もう“この世界の揺れ”になった」
青年の瞳がわずかに揺れる。
「君は……
本当に分かっていない」
白光が再び膨らむ。
「“境界の子”は――
帰る場所を間違えやすいんだ」
イサナの表情が凍りついた。
(……帰る場所……?
私は……)
青年は微笑む。
「イサナ。
君も、僕と同じ側の人間だよ」
「違う!!」
イサナは叫んだ。
「私は――
ソーマと一緒にいる!!!」
青年の瞳が、
完全に“敵意”に染まる。
「なら――
消えるしかないね」
白光がイサナを包もうとした、その瞬間。
――バサァァッ!!
巨大な風の壁が、イサナの前に出現する。
「させません!!!」
リュミが両手を広げていた。
セシリアも横に並ぶ。
「イサナを消すなんて、許さない!!」
「お前……
ソーマだけじゃなく、仲間まで勝手に連れて行く気かよ!!」
ガルムが叫ぶ。
(……みんな……)
イサナの胸が熱くなる。
ソーマも前に出る。
足は震えている。
声も震えている。
それでも言った。
「イサナは絶対帰さない!!
ここがイサナの世界だ!!
ここが俺たちの世界だ!!!」
青年は、
初めて――“怒り”と“寂しさ”を混ぜた表情を見せた。
「……ならば、
この世界ごと――」
「言わせない!!!」
セシリアが叫ぶ。
「全員――撤退!!!!」
◆
南棟の結界が一斉に発動し、
職員たちが避難ルートを開く。
ソーマたちは全力で廊下を走り、
白光が爆発した瞬間――
――建物全体が、
“沈んだ”。
空間が歪み、
石材が浮かび、
窓の外が白とも黒ともつかない揺れに染まる。
「崩れる!!!」
ガルムが叫ぶ。
セシリアが絶叫する。
「外へ出て!!
ここ、持たない!!!!!」
ソーマは
リュミの手とイサナの手を強く握りしめた。
青年の声が、
館全体に響く。
「ソーマくん。
次は――逃がさないよ」




