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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第二章

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南棟の異変、触れる影の意思

王立図書院・南棟。

普段は中級書庫として使われる静かな区域だが――

いまは完全に“騒然”としていた。


「封鎖しろ! 誰も入れるな!」

「いや、封鎖が効かないんだよ、結界が……!」


魔導職員たちが右往左往し、

結界器具がバチバチと火花を散らしている。


南棟へ向かう廊下を走りながら、

ソーマはすでに胸の奥がざわついていた。


(やばい……ここ、空気が重い……

 さっきの禁書室より……ずっと……)


「南棟全体の揺れが沈んでいます……」

 リュミが眉をひそめる。


「沈むってどういう意味だ?」

 ガルムが肩越しに問う。


「“気配の深さ”です。

 普通の揺れじゃなくて……

 “存在が深い場所から浮き上がってる”感じ……」


「分かりやすく頼む!!」

 ソーマが泣きそうに叫ぶ。


「つまり――」

 セシリアがきっぱり言う。


「本体が近いってことよ」


「ひぇ……」

 ソーマの脚が本格的に震えた。


南棟の扉前に到着した瞬間――


――ズン……!


 空気が一段沈み込んだ。


「……何、この圧……」

 リュミが胸を押さえる。


「待って、揺れが……

 すぐそこに……!」


(近い。

 人の気配じゃない。

 昨日の金髪の青年とも違う……)


イサナは一瞬で構えを取った。


「来るよ」


次の瞬間――

南棟の扉の下の隙間から、

黒い“墨汁のような影”がにじみ出た。


「うわっ……!」

 ソーマは反射的に後ずさる。


それは“形”を持たない。

人でも獣でもない。

ただ、あらゆる形に変わろうとする揺れの塊。


「影じゃねぇ……」

 ガルムが唸る。


「影を模した“深層残滓しんそうざんし”よ」

 セシリアが目を細めた。


「深層……?」

 ソーマが聞き返す。


「昨日の影リュミよりも深い層の残滓。

 “感情”も“模倣”も未発達。

 ただ“求める対象”にだけ反応する」


全員の視線が

自然とソーマへ向く。


「やめて!?!」

 ソーマが叫ぶ。


「“求める対象”とか言うな!!

 ほんとに狙われてるの俺じゃん!!」


「事実よ」

 セシリアは優しいが容赦ない。


「優しくない!!」


墨のような影が、

床を這うように“広がる”。


だが、広がり方に“偏り”があった。


「……ソーマさんの……方へ……」

 リュミが息を呑む。


「いや来るなって!!

 床からにじむな!! なんで床から!?

 俺の人生、床と裂け目に縁ありすぎ!!」


「落ち着けソーマ!!」

 ガルムが腕を掴む。


「落ち着けって言われて落ち着ける状況じゃないの!!」


影が近づく気配に、

イサナは即座に動いた。


「《残影歩法》」


 一瞬で影の前へ飛び込み、杖を突き刺す。


――シュッ……!


 黒い揺れが、

 イサナの足元を“避けるように”揺れた。


「避けた……?」

 ソーマが驚く。


「違う。

 イサナさんの“揺れ”が強すぎて、

 影が触れられないの」

 リュミが解説する。


「え……じゃあ俺は?」

「……触れられます」

 リュミは正直だった。


「触れられますじゃない!!

 もっとオブラートに包んで!!」


セシリアが改めて構えた。


「深層残滓は、形を持たない分、

 “揺れを引っ張る力”が異常に強い。

 ソーマが近づけば――」


「引きずり込まれるって言いたいんでしょ!?

 分かってるから余計怖いんだよ!!」

 ソーマの声は裏返っていた。


その瞬間、

床に滲んでいた影が、

不意に“立ち上がった”。


――ずるっ……!


黒い液体が縦に伸び、

人型とも獣型ともつかない、

“不定形の柱”になる。


「立った……?」

 ガルムが反射的に距離をとる。


「やだ……立つタイプ……!!」

 ソーマが泣きそう。


影の柱は揺れながら、

ゆっくりと“顔”のような形を作った。


目が二つ。

 その奥で、金色の光点が揺れる。


「……あ」

 ソーマの呼吸が止まりかけた。


「ソーマ!」

 リュミが支える。


影が、声なき声で“唇の形”を作る。


《……ソ……マ……》


「名前呼んだ!!!」

 ソーマが全力で後ずさった。


「もういやぁぁぁぁ!!!」


そのとき――


――ザ……ザァァ……!


ソーマの耳奥に、

ノイズが走った。


(今……予報……!?

 このタイミングで!?)


――『……本日……

 局地的な……“通り道”の発生に警戒を……』


(通り道……?)


予報の声が続く。


――『……“形を持つ前の風”に触れると……

 意識が外側に引き寄せられます……』


(形を持つ前の風……

 って、これ明らかに目の前のコイツ!!)


「セシリア!!

 これ、“通り道”作ってる!!

 今のは“形になる前”だって!!」


「形になる前の……!?

 じゃあ、完成したら――」


「そっちの世界へ“連れていく扉”になる!!」

 ソーマは叫んだ。


リュミが震えながら言う。


「ソーマさん……

 あれ、あなたを呼んでます……」


「呼ばれたくねぇぇぇぇ!!!」


影の柱がゆっくりと“手”の形を作った。


 その輪郭は、

 金髪の青年の指先と酷似していた。


(……間違いない……

 あいつの“揺れ”……)


(あいつの“意思”が……

 形を持たずに、ここまで来てる……!)


イサナの瞳が鋭く光る。


「来るよ……!」


影が腕を伸ばし――

ソーマへ直接触れようとした瞬間。


「させるかぁぁぁ!!」


 ガルムの大斧が、

 空気ごと影に叩き込まれた。


――ガンッ!!


 影の柱は大きく揺れ、

 床に広がって崩れた。


だが――

黒い揺れは消えない。


むしろ、

ガルムの一撃で“散った”影が、


どく、どく……

と、心臓の鼓動のように脈打ち始めた。


「……なに、これ……」

 リュミの声が震える。


「“散った揺れ”が……

 全部ソーマさんに向かって……」


「うわぁぁぁ!!

 バラバラにされても追ってくるの!?!?」

 ソーマが絶叫する。


影が、床の上で

“ソーマの足跡と同じ形”に変わった。


「……ソーマの……“揺れの道”……」

 イサナが呟く。


「揺れの……道?」

 ソーマが振り向く。


イサナは、ソーマの目を真っ直ぐ見た。


「ソーマ。

 影は“あなたの通ってきた場所”を辿ってる。

 あなたの揺れ――

 さっき禁書室で“鍵”として使われた痕跡を、追ってる」


「俺の……通った道……?」

 ソーマの背筋が凍る。


セシリアが低く告げた。


「ソーマを連れて帰る“道しるべ”を作ってるのよ、あれ。

 “本体”が後から通れるように。」


「やだぁぁぁぁぁ!!!

 帰らん!! 戻らん!!

 ここがメインの世界でいいの!!!」


「落ち着けソーマ!!!」


「落ち着けるかぁ!!!」


影が、再び人型になろうと揺れ始める。


――その瞬間。


廊下の奥が、

じわりと“白く”光り始めた。


「……来る」

 イサナの声が震えた。


「本体の……

 “予兆”……!」


ソーマは本能で理解した。


(あいつが……

 金髪の青年が……

 近づいてる……!!)


胸の中で、

耳奥で、

世界のどこかで、


“風の揺れ”が震えた。

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