白光の予兆、青年の呼び声
――白光。
南棟の奥の廊下。
通常なら魔導灯が優しく照らすだけの空間が、
いまは“神殿の儀式場”のように白く満たされていた。
しかし――
そこには“神聖さ”のような清らかさは一切なく。
ただ、
世界の構造が薄い紙のようになり、
光がねじれて漏れ出しているだけの“危険な輝き”だった。
「……っ!」
リュミが目を覆う。
「この光……魔力じゃない……!
世界の“表面”が薄くなってる……!」
「もうやだよそんな薄皮一枚みたいな世界!!」
ソーマが叫ぶ。
「薄皮は世界の基本構造の話よ、落ち着きなさい!」
セシリアも叫ぶが声が震えている。
◆
光の奥から――
“足音のようなもの”が響き始めた。
トン……
トン……
規則的。
だが、重さがない。
「来る……来る……来る……!!」
ソーマが震える。
「ソーマさん、こっちを向いて!!」
リュミが手を握る。
イサナは杖を構え、
声だけで告げた。
「ソーマ。
もし会っても絶対に“返事しないで”。
名前で呼ばれても答えちゃだめ」
「……返事したらどうなるの……?」
「“互いの揺れが繋がる”」
イサナはきっぱり言う。
「そうなったら――
あなたは外側へ“引き寄せられる”。
もう誰も止められない」
「返事しません!!
死んでも返事しません!!!」
ソーマが必死に頷く。
「死んでもは嫌!!!」
リュミも必死。
◆
そして――
足音が止まった。
白光の中から、
“人影”がゆっくりと姿を現した。
金の髪。
灰青の瞳。
薄い笑み。
昨日峠で出会った青年が、
まるで普通の人間のように歩いてきた。
「……やあ」
青年は穏やかな声で言った。
「ようやく、会いに来れたね」
ソーマの全身が凍り付く。
(――声が違う。
昨日より“近い”音だ……
これは……俺の世界の……)
胸が痛いほど締めつけられた。
◆
青年は一歩踏み出し、
両手を広げた。
「ソーマくん。
迎えに来たよ」
「返事しない!!
絶対に返事しない!!」
ソーマは完全にパニックだった。
「ソーマさん落ち着いて!!
返事してませんまだ!!」
リュミが必死で支える。
青年は笑った。
「返事しなくていいよ。
もう“声”だけで分かるから」
「声だけで分かるな!!!」
ソーマが青ざめる。
◆
青年はソーマに近づく前に――
イサナの前で足を止めた。
「……君が、邪魔をしたんだね」
イサナの顔が強ばる。
「昨日の“共鳴”……
君、ソーマの揺れを“引き留めた”」
青年の瞳が、
ほんの少しだけ細められる。
「危ないよ。
そんなことをすると、
君の揺れが“壊れる”」
イサナは杖を固く握りしめた。
「壊れてもいい」
「イサナさん!?!?」
ソーマが叫ぶ。
「ソーマの揺れを奪うなら……
その前に私が壊す」
青年は小さく息を漏らした。
「ねじれているね、君の揺れ。
“境界の子”はいつもそうだ……」
その言葉にイサナが肩を震わせた。
ソーマは理解できなかった。
(境界の……子?
イサナ……?)
リュミでさえ息を呑む。
(この青年……
イサナさんの正体を……?)
◆
青年は改めてソーマを見た。
灰青の瞳が、
初めて“人間らしい温度”を帯びる。
「ソーマくん」
――その声。
ソーマは思わず目を見開いた。
(……これ……
俺の世界の、アナウンサーの声に……近い……)
(なんで……なんでこんな……)
青年は穏やかな笑みで続ける。
「“天気予報”を聞いたね。
君はずっと、僕の声を聞いてくれた」
ソーマの背が震えた。
――ザァ……
再び、耳奥で微かなノイズが走る。
青年の声と、予報の声が、
一瞬だけ重なったように感じた。
(まさか……
まさか、この人――)
「僕は、君の世界の“最後の揺れ”だよ」
ソーマの呼吸が止まった。
リュミがソーマの腕を掴む。
イサナが杖を握りしめる。
セシリアが息を飲む。
ガルムが無言で前に出た。
青年はゆっくりと手を伸ばす。
「ソーマくん。
君は――“戻る側”の人間だ」
「戻りたくないぃぃぃ!!!」
ソーマが即答して叫んだ。
青年だけが、
穏やかに、優しく笑った。
「戻るよ。
僕と一緒に」
◆
その瞬間、
白光が一気に広がり――
床が“沈んだ”。
ソーマの足元が、
音もなく消え始める。
「ソーマ!!!」
リュミとガルムが同時に手を伸ばした。
だが触れた瞬間、
――ビリッ!!
二人とも弾かれた。
「結界!?
ソーマを囲ってる!!」
セシリアが叫ぶ。
青年はただ優しく告げる。
「君の世界は、
まだ助けを求めているんだ」
「いやだぁぁぁぁぁ!!!
俺が助け求めてるのはこっち!!
あんたじゃない!!!」
ソーマが叫ぶ。
「言ってはだめ!!
揺れが繋がる!!」
イサナが叫ぶが――
ソーマの足元は、
すでに“別の気圧”へ落ちかけていた。
――そのとき。
床の揺れを裂くような光が走った。
「させません!!」
リュミの叫び。
「《風避けの結界》――
全出力!!」
白い風が、
ソーマの体を包むように吹き上がる。
青年の白光と、
リュミの風が、
正面からぶつかった。
――ゴォォォオオオ!!
廊下に渦が巻き、
南棟全体が震える。
ソーマは両手で耳を押さえながら、
ただ必死に叫んだ。
「帰らない!!
俺は帰らない!!
この世界で生きる!!!!!」
青年の瞳がわずかに曇った。
「……ソーマくん。
それでも――」
一歩、踏み出す。
「君は“鍵”なんだ」
――次の瞬間。
影が光を裂いた。
イサナが杖を突き立てていた。
「ソーマは渡さない!!」
イサナの瞳が燃えている。
「外側のあなたなんかに、絶対に!!!」
青年の視線が、
初めて“敵意”を帯びた。
「なら――
君から消そう」
――白光が、
イサナに向けて歪んだ。




