裂け目の後遺、青年の正体の影
禁書閲覧室の戦闘から数分後。
黒い霧は完全に消え、
裂け目もセシリアの結界で辛うじて“鎮静”していた。
だが――
静けさが戻ったはずの室内は、
奇妙なくらい空気が重い。
「……終わった、と思いたい……」
ソーマが膝に手をついて、ぜぇぜぇと呼吸を整える。
「ソーマさん、大丈夫ですか……?」
リュミがそっと背をさする。
「大丈夫……多分……
ちょっと心が折れただけ……」
「折れないで!? まだ第一波です!!」
「今、あえて言わなかったのに!?」
ソーマが半泣きで抗議する。
◆
一方、セシリアは結界の中央に膝をつき、
裂け目の残滓を魔導板に書き写していた。
「……ここまで“鮮明な残滓”は珍しいわね……」
「鮮明?」
ガルムが覗き込む。
「裂け目は普通、開いた瞬間に残滓が崩れる。
でもこれは――“意図的に開かれた”痕跡」
「意図的……って、誰が?」
ソーマが質問すると、
セシリアは顔を上げ、
イサナへ視線を向けた。
「イサナ。
あなた、何か知ってるわね」
イサナは少しだけ眉を寄せる。
(……言うべき?
でも……言ったらソーマが……)
躊躇が露骨に出た。
「イサナさん……」
リュミが小声で呼びかける。
イサナは唇を噛み、
小さく、しかし確かな声で答えた。
「昨日……
“外側の揺れの人”に会った」
「!!」
全員の動きが止まる。
ソーマだけが、
まるで胃を掴まれたような顔になった。
「そ……それって……
昨日の“青年”……?」
「うん。
金髪で、灰青の目。
揺れが、人じゃない」
ソーマは喉を詰まらせた。
(やっぱり……あいつ……
俺のこと……)
◆
「イサナ、そいつ……何か言ってた?」
セシリアが厳しい声音で問う。
イサナは一瞬、視線を逸らした。
だが、今回は続けた。
「……“迎えに行く”って言ってた」
ソーマの心臓が跳ねた。
「迎えに……
俺を……?」
「そう。
ソーマを探してる。
“境界を閉じた鍵”だって」
「鍵鍵鍵!!!
鍵って呼ぶのやめてくれ!!!」
ソーマが泣きそうに叫ぶ。
「めちゃくちゃ狙われてるじゃねぇか……」
ガルムが低く唸る。
「じゃあ……
今回の裂け目も……?」
リュミが震える声で問う。
イサナは、
小さく頷いた。
「たぶん……あいつの“呼び声”。
ソーマを引っ張るための」
◆
セシリアの表情が険しくなる。
「つまり……
“境界喰い”はただの災害じゃない。
あの青年の働きかけで、
“こちら側に入口を作っている”可能性があるわ」
「ちょっと待って!
あいつ、何者なの!? 人なの!?
世界の外側の……なんなの!?!?」
ソーマが必死で叫ぶ。
セシリアは言葉を選んだ。
「断定はできないけれど……
あなたが聞く“予報”と同じ周波の揺れを持っている。
つまり――」
彼女は静かに告げた。
「あの青年は、あなたの“前の世界”の残り火かもしれない。」
ソーマの全身が固まった。
リュミが息を呑む。
ガルムが斧の柄を握りしめる。
イサナだけが、
ただ静かに、ソーマの表情を見ていた。
◆
「前の世界……?」
ソーマの声は震えた。
「俺の世界は滅んだはずだろ……?
じゃあ……どうして……?」
セシリアは肩を揺らす。
「“完全に滅んでいる”とは限らないわ。
世界が崩壊する時、
情報や意識の残滓が別の世界に流れ込むことがある」
「残滓……」
「あなたが聞く予報も、
廃世界の“声”の残り火よ。
その声に“人の形が混じって”現れたのが――」
「金髪の青年……ってわけか」
ガルムが唸る。
「正確には、まだ分からない」
セシリアは首を振った。
「でも一つだけ確実なことがあるわ」
彼女は床の裂け目を指差した。
「あの青年は“こちらの世界側”にも干渉できる。
つまり――
“敵になり得る存在”よ」
ソーマの喉がゴクリと鳴った。
(……あいつは……
本当に俺の世界の……残り火……?)
(なら……俺は……
何を選べばいいんだ……?)
◆
その時――
禁書室の外の廊下で、
司書たちが走り回る音がした。
「そ、それは本当か!?
図書院の南棟に――」
「“亀裂が生まれかけている”と!?!?」
「また揺れが!?
処理班を呼べ! すぐに!!」
ソーマたちは顔を見合わせた。
「……“第二波”だ」
セシリアが低く呟く。
「まじかよ……!」
ソーマは即座に立ち上がる。
足元の震えを必死で押さえながら。
「行こう!!
誰かが……あいつがまた何かしてる!!」
「ソーマ、無茶するな!」
ガルムが追う。
リュミも走り出す。
イサナは最後に、
禁書室の床に残った“手形”を見つめた。
(これ……
あいつの“手”じゃない……)
(もっと別の……“外側の触手”だ……)
イサナは胸の奥で呟いた。
(ソーマ……
本当に――狙われてる)
そして、
その瞳にかすかに“恐怖”が揺れた。




