黒い“偽リュミ”、禁書室での初戦
「離れて!! それ、“人じゃない”!!」
イサナの叫びが
禁書閲覧室の空気を切り裂いた。
扉から入ってきた“リュミそっくりの影”は、
薄い金髪を揺らしながら――
しかし、その輪郭は黒い霧に濡れていた。
笑っている。
だが、その笑みは“口元だけ”で、
目は金色の光点のまま動かない。
《……ミツケタ……ヨホウモチ……》
「こいつ……完全に俺狙いだよね!?」
ソーマが青ざめる。
「はい!! 全力で狙われてます!!」
本物リュミが涙目で叫んだ。
「答え合わせやめて! 認めないで!!」
◆
影リュミはぬるりと歩み出す。
その歩き方は、まさに
リュミが歩くときの“模倣”。
だが――
揺れがない。
(リュミの“感情”も“足跡”もない……
ただの表面だけ……)
ソーマは背筋が冷たくなるのを感じた。
(これが、
昨日イサナが言ってた“人に近い揺れ”の正体……?)
◆
影リュミが右手を上げた瞬間――
――ゴウッ!!
禁書室の空気が逆流した。
「全員伏せろ!!」
ガルムが叫ぶ。
次の瞬間――
影の手から、
黒い“風刃”のようなものが飛ぶ。
「くっ……!!」
ソーマはとっさに床へ身を投げた。
風刃は本棚を切り裂き、
積まれていた古い文献が宙を舞った。
「本!! 本めっちゃ破壊したよコイツ!!」
セシリアが本気で怒る。
「禁書室で“禁書破壊”はまずいって!!
国に怒られる!!」
「怒られる程度で済むかしらね……」
セシリアの目が静かに燃える。
(やばい、セシリアさんの“研究者モード”入った……!!)
◆
「イサナ、下がれ!
そいつリュミの形してるけど、
動きはぜんぜん違う――!」
ソーマが叫ぶ。
「分かってる」
イサナは影リュミへ向かって走る。
「《残影歩法》!」
影の“隙間”を踏むように――
一瞬で二歩、三歩と跳ぶ。
床の上の裂け目を踏まないよう、
軽やかに、正確に。
“本物のリュミ”は驚きで声を上げた。
「イサナさん、速い……!!」
「今驚くのそこ!?!?」
ソーマがツッコむが、
イサナはすでに影リュミの懐へ滑り込んでいた。
◆
「ッ!」
イサナの杖の一撃が、
影リュミの胸に叩きつけられる。
――パキィッ!
影の体が一瞬だけ割れるように揺れた。
「効いてる!!?」
ガルムが前のめりになる。
「違う……」
イサナは表情を固くしたまま言う。
「“割れてない”。
ただ形が……“揺れただけ”」
「やだよ!!
意味わかんない世界観だよ!!」
ソーマがうずくまる。
◆
影リュミは、
イサナへ向けて手を伸ばした。
《……カギ……ヨホウモチ……》
「鍵じゃないって何度言わせ――」
ソーマが反論しようとした瞬間、
影リュミの指先が“歪む”。
形が、まるで
“鍵穴を探る針”のように細く伸びた。
「うわぁぁぁぁ嫌な形状に変わった!!!」
ソーマが叫ぶ。
「ソーマ! そっち行くぞ!!」
ガルムが駆け寄るが――
影リュミの指は、
ソーマの胸の“気圧図の痣”へ向かって伸びていた。
(そこ……!!
絶対触れちゃだめなとこ!!!)
◆
「――させない!」
リュミが飛び出した。
彼女は両手を広げ、
光の揺れを胸から放つ。
「《風避けの結界》!!」
――パァッ!!
透明な風の壁が、
ソーマと影の間に立ちはだかった。
影リュミの指は結界に触れると――
“キィィィ……”と金属のような音を立て、
霧の形に戻った。
《……キョウド……フタツ……》
「二つ……?」
ソーマが聞き返す。
影は、リュミとイサナを
ゆっくりと見比べた。
《……ハンサ……ガ……ワレル……
ミチ……ミエナイ……》
「何言ってるのか全然分かんねぇ!!!」
ガルムが叫ぶ。
「でも……」
セシリアが息を飲む。
「“揺れの半分が割れる”とか……
“道が見えない”とか……
ソーマとイサナとリュミが揃った時特有の現象よ」
「それって……どういう意味?」
ソーマが震える。
「三人が揃うと――
“未来が揺れすぎて読めない”って意味」
「やめろよ!!!
それ完全にメタ発言だよ!!」
◆
影リュミの体がさらに“歪む”。
まるで、
この場にいる全員の姿を
ひとつの影に混ぜようとしているかのよう。
「これ、まずい……!!」
リュミが叫ぶ。
「影が形を変え始めてます!!
このままだと――」
「完全体になる!!」
セシリアが顔色を変えた。
「境界喰い(さかいぐい)の腕じゃなく、
“人型の外側”になる……!!」
「外側の人型って何!!?」
ソーマが叫ぶ。
「説明する余裕はないわ!!
止めなきゃ全員引きずられる!!」
◆
影リュミの体がゆっくりと広がる。
だが――
イサナが前に出る。
「大丈夫」
イサナの瞳が静かに燃える。
「“影の模倣”には、
本物の揺れは越えられない」
「イサナさん……?」
リュミが目を見開く。
「リュミ。
ソーマ守って」
「はい!!」
「ガルム。
斬って」
「任せろ!!」
「セシリア。
裂け目閉じて」
「わ、分かった……!」
「私は――」
イサナは影リュミと“同じ姿勢”を取った。
「“影を止める揺れ”になる」
◆
影リュミとイサナが
同じ動きで踏み込んだ瞬間――
――世界が、一瞬だけ沈黙した。
足音も、風も、本の揺れも止まる。
《……ナゼ……マドウナイ……?》
影が驚いたように揺れた。
「あなたは“形”だけ。
私は“揺れ”を持ってる」
イサナが囁く。
「その差で――負けない」
◆
「ガルム!! 今!!」
セシリアが叫ぶ。
「おう!!」
ガルムの斧が、
影の背中を正面から叩き割った。
――ドバンッ!!
影リュミの体が黒い霧に弾け飛ぶ。
霧は床に散り、
裂け目に吸い込まれていく。
空気がゆっくり落ち着き始めた。
◆
「……終わった……のか……?」
ソーマが壁に手をついて息を吐く。
「たぶん……
まだ“第一波”です」
セシリアが顔をしかめた。
「なんで第一波とかあるの……?」
ソーマが泣きそうな顔。
「影は“本体じゃない”。
別の場所で、“本物の揺れ”が動いてる」
リュミがソーマの手を取る。
「でも、大丈夫です。
いまは……守れました」
「……ありがとう」
ソーマの声はかすれていた。
◆
イサナは、床の裂け目をじっと見ていた。
(この揺れ……
昨日の“金髪の青年”と、同じ匂い……)
(あいつ……
本気でソーマを“向こう側”へ連れて行く気だ……)
胸がじんと痛む。
(……絶対に、渡さない)
イサナは杖を握りしめた。
◆
その頃、
図書院の外の屋根の上。
金髪の青年は、
静かに空を見上げていた。
「もう少し、だな」
彼は笑った。
「ソーマくん。
君の“揺れ”は、
僕を呼んでるよ」




