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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第二章

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禁書室の影、開きかけた裂け目

 王立図書院の一角。

 「禁書閲覧室」と銘板のついた扉の前で、

 ソーマたちは息を呑んでいた。


 わずかに開いた隙間から――

 目に見えない“冷たい風”が、

 じわじわと廊下へ流れ出している。


「……これ、普通の風じゃないよな?」

 ソーマが小声で言う。


「はい……」

 リュミは顔を強ばらせた。


「これは“外側の風”の匂いです。

 世界の外から、こっちへ吹き込んでいる……そんな感じ」


「外側、って気軽に言うなぁ……」

 ソーマの膝が笑う。


 ガルムは斧の柄を握りしめた。


「中に、何かいるのは確かだ。

 だが、音がしねぇ……」


「音が消されてるのよ」

 セシリアが扉に手を当てる。


「この扉に張られているのは“静寂結界”。

 中と外の“揺れ”が直接伝わらないようにしてある」


「じゃあ、なんで風だけ漏れてるんだ……?」

 ソーマが呟いた瞬間。


 扉の隙間から――

 “ひゅう……”と、低い音が漏れた。


 風の音にしては、生々しすぎる。


「……笑った?」

 ソーマが固まる。


「やめてよそういうこと言うの!!」

 セシリアも顔を引きつらせた。


「どうする、セシリア」

 ガルムが短く問う。


「開けるしかないわ。

 このまま“裂け目”が広がったら、

 図書院ごと飲み込まれるかもしれない」


「飲み込まれないで欲しい!」

 ソーマが即座に否定する。


「でも、入る前に決めておきましょう」

 セシリアがソーマを見る。


「中に“本体”がいたら――

 ソーマ、あなたは絶対に近づかないこと。

 揺れを感知するだけにして」


「え、ちょっと待って。

 俺、戦力外通告……?」


「境界に一番引っ張られやすいのよ、あなたいま」

 セシリアの言葉は冷静だった。


「昨日の峠で“鍵”として使われた反動が、

 まだ完全に抜けてないの」


「ぐ……

 なんか負けた気分だ……」


「生き残るための役割分担よ」

 セシリアは淡々と続ける。


「ガルムは前衛。

 私は結界と制御。

 リュミは揺れの測定。

 ソーマは――“境界の動きの観測”。」


「観測……」

 ソーマは拳を握る。


(たしかに俺が前に出たら、

 また“呼ばれる”かもしれない……)


「分かった。

 絶対に突っ込んだりしない」


「言質とったわよ?」


「とったわよじゃないからね!? 守るけど!!」


 セシリアが扉に指を滑らせ、

 小さく呪文を唱える。


開錠かいじょう術式――解除」


――カチン。


 扉の魔導刻印が一瞬だけ光り、

 静寂結界が一部開いた。


 冷気が、どっと流れ込んでくる。


「いくぞ」

 ガルムが前に立つ。


 扉を押し開けると――

 禁書閲覧室の中は、

 思った以上に“何もなかった”。


 高い本棚。

 鍵のかかったガラスケース。

 窓のない、箱のような部屋。


 だが、

 空気だけが異様に“沈んでいる”。


「……誰もいない、ように見えるけど」

 ソーマが呟く。


「“見える範囲”ではね」

 セシリアが警戒を緩めない。


「リュミ、どう?」


 リュミはそっと瞳を閉じ、

 胸に手を当てた。


「……空気の揺れが、

 変です」


「変?」

「普通の部屋って、“人が使ってる匂い”や、

 本の乾いた揺れがあるんですけど……」


 リュミは震える。


「ここ、

 “今この瞬間だけ、どこかと繋がってる”感じがします」


「やめよっか調査」

 ソーマが真顔で言う。


「やめないわよ」

 セシリアが即答した。


 その時、

 ソーマの耳奥で――


――ザ…………。


 微かなノイズが走る。


(予報……? 今、このタイミングで?)


――『……局地的な……突風……

 ……狭い空間での……急激な気圧変動に注意……』


(“狭い空間の突風”……

 まんまここじゃん!!)


「セシリア!」

 ソーマが叫ぶ。


「この部屋、

 今から“風が暴れる”かもしれない!!」


「どういう根拠!?」


「前の世界まえせの予報がそう言ってる!!」


「説明が雑!!」


 だがリュミも同時に叫んだ。


「ソーマさんの言うとおりです!!

 空気の層が……一箇所に集まってます!!」


「どこ!?」

 ガルムが斧を構える。


 リュミの指が震えながら、

 部屋の中央を指し示した。


 そこには――

 何もないはずの“空白の床”。


 ただの白い石床。


 だが、ソーマには見えた。


(……揺れてる)


(そこだけ、

 “世界の表面”が薄くなってる……)


 目には見えない“ひび”のようなものが、

 床の上でじわじわと広がっていく。


「セシリアさん!!」

 ソーマが叫ぶ。


「あれ、完全に“裂け目”になりかけてる!!」


「“なりかけてる”って……

 そんな日常会話みたいに言わないで!!!」

 セシリアが杖を構える。


「《固定結界こていけっかい》展開!!」


 床の上に魔導陣が走り、

 世界の“表面”を押さえ込むように光が広がる。


――ビキッ……


 だが。

 光の下で、見えない何かが“内側から”押し返した。


「なっ……!?」

 セシリアが顔を青ざめさせる。


「中から……押し広げられてる……!?」


「誰が!?」

 ソーマが叫ぶ。


「誰じゃない」

 リュミの声が震える。


「揺れそのものが、勝手に“穴を広げようとしてる”……!!」


「穴が自立してんの!?

 穴に意思があるの!?

 やだそんな世界!!」


 そのとき――


――ヒュオオオッ!!


 床の一点から、

 強烈な“上昇気流”が噴き上がった。


「うわッ!?」

 ソーマの体が浮く。


「危ない!!」

 ガルムがとっさにソーマの腰を掴み、

 地面へ引き戻した。


「離したら連れてかれるぞ!!」


「連れてかれたくない!!

 俺、禁書室の床から異世界転落とか嫌だから!!」


 上昇気流は、

 空気だけじゃなかった。


 風の中に、

 “黒い砂のような粒”が混ざっている。


残滓ざんしの粒……!?」

 セシリアが目を見開く。


「こんな形で……!?」


 黒い粒は、

 本棚の本には触れず、

 ソーマの方へだけ、じりじりと漂ってくる。


「ちょっと待って!

 完全にターゲット俺なんだけど!!」

 ソーマが後退る。


「触れないでください!!」

 リュミがソーマの前に立ちはだかる。


「その粒、ソーマさんの“揺れ”に反応してます!!」


「こっち来るなぁぁぁ!!!」

 ソーマが本気で叫ぶ。


 セシリアが杖を振りかざす。


「《雷封らいふうの輪》!」


 青白い輪が空中に展開し、

 黒い粒を一時的に固定する。


――ジジジッ……


 粒が輪の内側で暴れる。


「今のうちに!!

 ソーマ、その場から離れて!!」


「お、おう!!」

 ソーマが本棚の影に飛び込む。


 風の中心から離れた瞬間、

 黒い粒の“狙い”が鈍った。


「……やっぱり、

 ソーマに吸い寄せられてたのね」

 セシリアが歯を噛む。


「この部屋の“裂け目”、

 あなたを“鍵穴”として認識している……」


「鍵にされるの、ほんとやだ……!!」

 ソーマが涙目になる。


 だが――

 雷の輪は長く保たなかった。


 黒い粒が、

 輪の内側で集まり始める。


《……ヨホウ……》


 耳の内側に響く、不気味な声。


 ソーマは背筋が凍りついた。


(今、予報って言った……?)


《……ヨホウ……モチ……》


(予報持ち……!)


「ソーマさん!!

 顔が真っ青です!!」

 リュミが駆け寄ろうとした、その時――


――バキィン!!


 雷の輪が割れた。


 黒い粒が、一気に散る――

 かに見えたが、


 床の一点へと“収束”した。


 そこに、

 真っ黒な“手形”が浮かび上がる。


「手形……?」

 ガルムが思わず退く。


「いやいやいや!!

 床から生える手はロクなことにならない!!」

 ソーマが全力で拒否する。


 その黒い手形から、

 “腕”が生え始めた。


 峠で見たような巨大な腕ではない。

 人の腕ほどの大きさ。


 だが、

 “質”が同じだと、ソーマには分かった。


(境界喰いの腕……

 その“縮小版”みたいな……)


「前に出るぞ!!」

 ガルムが斧を構える。


「待って!!」

 リュミが叫ぶ。


「この揺れ、まだ“完全には繋がってません”!!

 今、押さえ込めば――」


 ドンッ!


 禁書室の扉が外から勢いよく開いた。


「ソーマ!!」

「ソーマさん!!」


 駆け込んできたのは――

 イサナとリュミ……ではなく、


 イサナと、

 もう一人のリュミに見えた。


「え?」

 ソーマは二度見する。


 よく見れば、

 先に中にいたリュミは本棚の横に。

 新しく入ってきたのは――


「……分身?」

 ソーマが呟く。


「違います! 私本物です!!」

 中のリュミが叫ぶ。


「じゃあそっちは!?!?」

 ソーマが指差した先。


 扉から入ってきた“リュミ”は、

 ほんのわずかに口角を上げ――


 その輪郭が、

 黒い霧のように揺れた。


《……ミツケタ……ヨホウモチ……》


 声が、

 禁書室いっぱいに響き渡る。


 イサナが即座に杖を突き出した。


「離れて!!

 それ、“人じゃない”!!」

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