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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第二章

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イサナの帰還、報せと沈黙

 天象庁の簡易宿舎――

 そこは新米隊員がよく使う質素な建物だ。


 その一室では、

 ガルムが風呂から戻り、髪をタオルで拭きながら叫んだ。


「よっしゃぁぁ!!

 風呂最高!!!

 文明最高!!!」


「ガルムさん、三回目ですよ同じ感想」

 リュミが微笑む。


「何度言ってもいいだろ!?

 言うほど大事なんだ!!」


「まあ否定はしないけど……」

 ソーマも笑う。


「ソーマ、お前も早く入れ。

 そのままだと倒れるぞ」


「いやもう倒れかけてる」

 ソーマはふらふらだ。


「じゃあ行ってきますね」

 リュミがバスタオルを持って静かに部屋を出た。


※女子専用浴室は別棟


「セシリアは?」

「もう入ってる。あの人、疲れると風呂優先になるタイプ」


「あー……なんかわかる」

「お前は倒れながら入るタイプだな」

「やめて? 予言みたいに言わないで?」


 ガルムがポイとタオルを放り投げたとき――


コン……。


小さく、扉が叩かれた。


「誰だ?」

 ガルムが扉に近づく。


ギィ……。


ゆっくり開いた扉の先に立っていたのは――


「……イサナ?」


「ただいま」


「ただいま!?

 出てったの五分前くらいじゃなかった!?

 むしろただいまって距離じゃないよ!?」

 ソーマが驚く。


「揺れの匂い、確認した」


イサナは淡々と言ったが――

表情が、少しだけ硬かった。


ガルムもすぐに気づく。


「……どうした、イサナ。

 なんか顔色悪くないか?」


「悪くない」


「いや悪いだろ!?

 お前いつも感情ゼロみたいな顔なのに、

 今日は“ゼロの少し下”みたいな顔してんぞ!」


「うるさい」


「ほらソーマ!!

 イサナいじめた!!」


「俺!?!?!?

 被害者そっちじゃない!?」


イサナの口元がわずかに震えた。


(……何があった?)


ソーマは、

イサナの様子の違いにすぐ気づいた。


「イサナ、どこ行ってたんだ?」

 ソーマが静かに問いかける。


少しの沈黙。


(……言う?

 言わない?)


イサナは短く息を吸った。


「王都の揺れ……

 ひとつ、見つけた」


「!!」

 ソーマの背筋に電流が走る。


「どこで?」

 ガルムも身構える。


「中央通りの……噴水のところ」


「噴水……あそこ人多い場所だぞ!」


「うん。

 だからすぐには消えなかった。

 “消え残りの揺れ”があった」


ソーマが顔をしかめる。


「誰かが……そこを通ったってことか?」


「そう」

 イサナは視線を落とす。


(“誰か”……

 じゃない)


「その揺れ……

 “影の匂い”に似てた」

 イサナは続けた。


「峠の影と……同じ種類」


「嘘だろ……

 もう王都に影が来てるってことか!?」

 ソーマが叫ぶ。


「まだ“影じゃない”。

 影より……もっと“人間に近い”」


「……人間に近い?」


「うん。

 形も、声も、歩き方も、

 全部“人”。

 でも、揺れが違う」


ガルムが息を呑む。


「そりゃ……

 危険すぎるやつじゃねぇか……」


「ソーマを探してた」

 イサナが静かに言った。


「――――っ!!」


部屋の空気が一気に凍った。


ソーマは、

失った声をようやく絞り出した。


「……俺を……?」


「名前も知ってた。

 匂いも辿ってた。

 “境界を閉じた鍵”を、探してた」


「鍵……また鍵って言われてる!!

 俺、鍵じゃない!!」


「鍵」

「確定すんなぁ!!」


ガルムが腕組みしながら低く唸る。


「そいつ……

 なんなんだ?

 影側の奴なのか?」


イサナは首を横に振る。


「“違う”と思う。

 影そのものじゃない。

 でも……影と同じ“向こう側”の匂い」


「向こう側……」

ソーマの胸が強く脈打つ。


彼の前世世界に繋がる“外側”。


(まさか……

 前の世界の残り火……?)


「イサナ……」

 ソーマは、

 沈んだ声で問う。


「そいつ……何か言ってなかったか……?」


イサナの目が、ほんの少し揺れた。


(言うべき?

 言わないべき?)


胸に刺さる言葉が、まだ抜けていない。


――――“すぐに迎えに行く”。


イサナは唇を噛んだ。


「……何も。

 大したことは言ってない」


「……そっか」


ソーマはあっさり受け取った。


だがリュミが風呂から帰ってきたら、

その嘘はすぐにバレるだろう。


イサナは、

それが分かっている。


でも――

言えなかった。


(……ソーマを不安にさせたくない)


(今のソーマは“揺れが浅い”……

 境界に引っ張られた後だから……)


(もうこれ以上……揺らせない)


イサナはふいに顔をそむけた。


「……今日は、休んだ方がいい。

 ソーマも、リュミも。

 明日、揺れを探す」


「イサナ、お前も休めよ」

 ガルムが優しい声を出した。


「休む」


「どこで?」

 ソーマが恐る恐る尋ねる。


「外」

「やっぱり外なんだ!?!?!?」


「風の匂い、必要。

 閉じた部屋嫌い」


「でも王都の外って危ないぞ……

 泊まっていきなよ」


イサナは、一瞬だけ躊躇したように見えた。


(……ここにいた方が、

 ソーマを守れる)


(でも……

 眠れない……)


「……近くの屋根で寝る」

 イサナは結局、中間案を選んだ。


「屋根!!?」

 ソーマとガルムが同時に叫ぶ。


「落ちるぞお前!!」

「落ちない」


「理由は!?」


「……慣れ」


「慣れで全部解決するなぁ!!」


それでもイサナは、

その夜、

宿舎の屋根の上に小さく丸まって眠った。


風の通りは良く、

影の匂いは薄い。


けれど――

胸の奥に、

さっきの青年の言葉がずっと残っていた。


(……“すぐに迎えに行く”)


イサナは、

その呟きを振り払うように

目を閉じた。


(来させない。

 絶対に……)

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