金髪の青年と王都の揺れ
夕暮れに染まる王都レウェン。
中央通りは人々であふれ、
市場の灯りが次々とともり始めていた。
その雑踏の中で――
一人だけ、空気が沈む人物がいた。
淡い金髪。
灰青色の瞳。
品のある顔立ちだが、
どこか“影”の匂いがまとわりついている。
笑っていないのに、笑っているような。
泣いていないのに、泣いているような。
(……揺れてる)
屋上からその青年を見下ろしていたのは、
イサナだった。
(峠の影と同じ……
“外側の匂い”)
彼女の瞳が細く光る。
◆
青年は人混みの中でふと立ち止まり、
空を見上げた。
「……もうすぐだ」
そう小さく呟く。
その声は、
人には届かないほど微弱な囁き。
だがイサナには――
はっきりと聞こえた。
(“もうすぐ”……?
何が?)
青年は通りの奥へ向かう。
その歩みに合わせ、
周囲の光がわずかに揺らぐ。
人々は気づかない。
けれど確かに、
その青年の周囲だけ“霊脈が薄い”。
(……この感覚……
嫌い)
イサナは屋上から飛ぶように降りた。
「《残影歩法》」
一瞬で大通りの影に着地し、
青年の背を追う。
◆
しばらくしたところで、
青年はふと足を止めた。
広場に面した噴水の前。
夕闇に灯るランプの光の中で、
彼は振り返り――
「……つけてきたね?」
まっすぐイサナを見た。
イサナの足が、瞬間止まった。
(見られてる……?
気配を完全に消してたのに……)
青年は穏やかな声で言う。
「俺を追う理由は?
迷子の子猫でもないだろう?」
柔らかい声。
けれど、
その奥に何か“底の見えない揺れ”がある。
「……あなた。
“揺れてる”」
イサナは杖を前に出す。
「残滓をまとってる。
普通じゃない」
「“普通じゃない”ねぇ……」
青年は苦笑した。
「それを言うなら、君も普通じゃないよ?」
イサナの眉がわずかに動く。
「君、
この王都の人間じゃないでしょ?」
「……っ」
「匂いで分かる。
“外で育った匂い”」
イサナの心臓がひとつ跳ねた。
(この人……
私の“生い立ち”の匂いまで嗅ぎ分ける……?)
◆
青年は歩み寄り、
イサナの目の前で立ち止まる。
「君さ、
境界の揺れを見る力……持ってるよね?」
「……どこで知った」
「峠の揺れ。
“閉じた瞬間”に気づいたから」
イサナの目が鋭く細められた。
(……この人。
峠の出来事を“感じて”いた……?)
「じゃあ質問を返すよ」
青年は薄く微笑む。
「境界を閉ざした“あの黒髪の少年”――
彼は、どこにいるの?」
イサナの背に冷たいものが走る。
(ソーマ……
この人、ソーマを探してる……!?)
◆
青年は首をかしげた。
「ソーマくん、だっけ?
“予報持ち”の子」
「なぜ……名前を……!」
「聞いたよ。
市街の噂でね。
“空を押し返した少年がいた”って」
青年の瞳が、
ぞくりとするほど静かに輝いた。
「ようやく……ひとつ、見つかった」
「見つかった……?」
「うん。
“鍵”(キー)のひとつが」
イサナは杖を強く握った。
(この人……
ソーマを“呼んでいる側”の気配……!)
◆
「……ソーマには……
あなたを会わせたくない」
イサナが低く言う。
「そう?
俺は会いたいけどね」
青年は無邪気に笑う。
「彼の揺れは特別なんだ。
“外側”に繋がる、貴重な揺れだから」
「……ッ!!」
「境界が開くには、
“鍵”が要るんだよ」
その瞬間――
イサナは青年から感じた。
影の匂い。
峠で感じた、あの“境界喰い(さかいぐい)”の匂いと
似ている気配。
(……こいつ……
あの影と、同じ“外の揺れ”を持ってる……!)
◆
青年はイサナの耳元でささやいた。
「ソーマくんに伝えてよ」
「伝えない」
即答した。
「まあ聞きなよ。
どうせ彼には届くから」
青年はイサナの目を真っ直ぐ見つめ、
意味深な笑みを浮かべた。
「――“すぐに迎えに行く”って」
イサナの全身が凍りつく。
「……あなた、何者」
青年は答えず、
噴水の光の中へすっと歩き出した。
「また会おうね、君も」
人混みの中へ消える。
その背中から――
不気味なほど静かな揺れが漂っていた。
◆
イサナはしばらく動けなかった。
(ソーマ……
“外側の揺れ”に……また狙われてる……)
胸に鈍い痛みが広がる。
そして、
小さく呟いた。
「……絶対に。
会わせない」




