峠の報告と灰色の勧誘
残滓峠の空がようやく落ち着きを取り戻した頃。
全員、祝福の気配よりもまず疲労が勝っていた。
ガルムは地面に寝そべり、
セシリアは魔導手袋を外して手をぶらぶらさせ、
リュミはソーマの横で霊脈の落ち着きを確認している。
そして――
イサナだけは、峠の端に立ち、
じっと空を見つめていた。
(……ひび、消えた)
(でも……匂いは残ってる)
その眼差しは、
普通の少女のものではなかった。
◆
「よし、帰るか!!」
ガルムが突然立ち上がった。
「お前、さっきまで“死ぬ”とか言ってなかった?」
ソーマがツッコむ。
「死にかけた時ほど、帰り道がうまい酒に感じるんだ」
「そんな哲学いらない」
「いるだろ!? 人生に必要な知恵だぞ!?」
ガルムの妙な持論にソーマが頭を抱える。
「とりあえず、王都に報告ね」
セシリアが立ち上がる。
「今回の件、天象庁だけじゃなくて
王城も巻き込む規模よ。
この“境界揺れ”は……国家級」
「うわぁ……また偉い人の前で説明かぁ……」
ソーマが肩を落とす。
「頑張ってください」
リュミが小さく笑った。
「え、俺だけ!?
みんなで行こうよ!?
ガルムとか一番説得力あるだろ!?」
「ソーマ、俺は言葉が苦手だ」
「知ってるけど!!」
◆
そこへ、イサナがふらりと近づく。
「……私も行く」
「え?」
ソーマが目を丸くする。
「王都へ」
「え、なんで!?
いや、来てくれるのは嬉しいけど、なんで!?」
「匂い。
あの影の匂い、王都の方にも薄く流れてた」
「嘘だろ……!?」
セシリアが青ざめる。
「残滓峠の揺らぎと……王都の揺らぎが、
一瞬だけ繋がってた感じ」
「繋がるな世界!!」
ソーマが叫ぶ。
「あれは“呼び声”だった」
イサナが淡々と続ける。
「ソーマ、“あなた”を呼んでる声。
あれ、峠からだけじゃなかった」
「……まじで……?」
ソーマの背に冷たい汗が伝う。
「王都のどこかにも、
“同じ揺れ”がある」
「王都に……俺を呼ぶ場所が……?」
「うん」
イサナの琥珀の瞳が、
ほんの少しだけ鋭く細められた。
「だから行く。
あなたが狙われてるなら、見張る必要がある」
「見張る!?」
ソーマが情けない声を上げる。
「守るとも言う。
見張るとも言う」
「言い方が悪い!!」
◆
ガルムが肩を叩く。
「まあいいじゃねぇかソーマ。
仲間が増えるってのは悪くねぇ」
「増えてるか……?
監視されてるだけじゃない……?」
「仲間の第一歩なんてそんなもんだ」
「俺の世界の常識と違うな!?」
◆
リュミがそっとソーマに近づいた。
「ソーマさん。
わたし……イサナさんが来てくれるの、
少し安心です」
「リュミまで!?
俺そんなに危うい!!?」
「はい」
即答。
「うわあ俺そんなに頼りなく見えてた!?
俺、がんばってるつもりなんだけど!!」
「知ってます。
だからこそ、支えが多いほうがいいんです」
リュミが微笑んだ。
「……そういう言い方は、
なんか、嬉しい……」
ソーマが耳を赤くする。
◆
「よし決まりだな!」
ガルムが手を叩く。
「王都へ戻って、
報告して、
飯食って、
風呂入って、
寝る!!」
「それ全部大事だけど優先順位強いな!?」
ソーマが叫ぶ。
「お前……風呂入らずに寝られるか?」
「いや、まあ……たしかに……」
「でかしたわガルム。
今回だけは同意する」
セシリアも珍しく素直だ。
「うん、風呂」
イサナも淡々と言う。
「イサナも風呂派なの!?!?
喋る量のわりに生活感ある!!」
「生活してるからね」
「そりゃそうだけど!!」
◆
こうして――
ソーマたちは、
残滓峠での異常を乗り越えた足で
王都へ戻ることになった。
だがその途中。
ソーマの耳奥で、
ふっと短いノイズが走る。
――ザ……。
――『……次は……王都……中心部……』
「……王都……中心部……?」
思わず漏れた独り言に、
リュミが首を傾げる。
「……ソーマさん?」
「いや……
なんでも……ないと思う……」
だが胸の奥に、
強いざわめきが残っていた。
(王都で……何かが待ってる……?)
その予感は、
当たりすぎてほしい未来ではなく――
外れてほしい未来だった。




