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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第二章

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境界を閉ざす鍵

 空の底が――確かに“押し返された”。


 裂け目の周囲の空気が、

 きしむような音を立てて震える。


――ギチ……ギチギチ……ッ……


 巨大な影の本体が、

 ほんのわずかだが“後退”していた。


「……効いてる……!」

 ソーマが歯を食いしばる。


「ソーマさん!!

 いま“境界層”の揺れが弱まってます!!」

 リュミの声も震えながら高まる。


「このまま――

 押し切れます!!」


「押し切る……!!」


 耳奥で、

 前世の天気予報の声がノイズ混じりに響いた。


――『……広域で……低気圧が……

   中心部で激しい……下降流……』


 いつもの、どこか懐かしい女性アナウンス。

 だが今は“この峠”の揺れと重なって聞こえる。


(低気圧の中心……

 落下流ダウンバーストの核……

 押し返すなら“そこ”だ……!!)


 ソーマは目を閉じ、

 予報の「中心」と

 リュミの感じる「今の核」を重ね合わせる。


「リュミ!!

 “沈んでる一番濃いところ”……見えるか!?」


「見えます!!

 裂け目のど真ん中……

 あの影の本体の“胸のあたり”です!!」


「そこが“低気圧の目”だ……!

 全部の揺れが一番沈んでる場所!!」


「じゃあ――

 そこへ全部ぶつけましょう!!」


 二人の手が、

 ぎゅっと強く結ばれた。


 空と地の揺らぎが、

 一点に絞られていく。


「ガルム!!

 セシリア!!

 イサナ!!」


 ソーマが叫ぶ。


「核を叩き込む!!

 その間、境界の縁を押さえてくれ!!」


「了解だ!!」

 ガルムが斧を構える。


「こっちはとっくに限界よ!!

 でもやるわよ!!」

 セシリアが雷糸を広げる。


「縁を裂かせなければいいんでしょ」

 イサナが短く言う。


「――任せて」


 上位影が赤い線の目を歪める。


――ギャアアアアアアッ!!


 三本の腕が一斉にしなり、

 境界の縁をこじ開けようと暴れ始めた。


「させるかぁぁぁ!!」

 ガルムが正面から斧で受け止める。


――ドゴォッ!!


 腕ごと空間が歪むが、

 ガルムの足は一歩も引かない。


「おらァ!!

 境界だろうが腕だろうが、

 “押す力”なら負けねぇ!!」


「バカ力で世界と殴り合わないで!!」

 セシリアがツッコみながら雷壁を重ねる。


「でも助かってる」

 イサナが淡々と補足する。


「でしょ!!?」

「うるさい」

「なんでだよ!!」


 セシリアの雷糸が、

 裂け目の縁を“縫う”ように走る。


「《雷縫結界らいほうけっかい》!!」


 青白い糸が幾重にも張り巡らされ、

 境界の“ほころび”を固定していく。


「完全には塞げない……!

 けど、これ以上は広がらせないわ!!」


 イサナは一瞬だけ消え、

 次の瞬間、裂け目の別の位置に現れた。


「《残影ざんえい》」


 雷を纏った足で境界の縁を蹴り、

 歪みを一つ一つ潰していく。


――バチンッ、バチンッ!!


「……これ以上広がったら、

 本当に“地”が落ちる」


「なら止めるしかねぇよな!!」

 ガルムが吠える。


 その間に――

 ソーマとリュミは、

 揺れの“核”を一気に押し上げようとしていた。


「ソーマさん!!

 “向こう側”からも揺れが来てます!!」


「向こう側……?」


「あなたの予報の揺れです!!

 前の世界まえせの“低気圧”が、

 こっちと重なりかけてます!!」


(前の世界の低気圧……

 こっちの魔力嵐と……繋がってる……?)


――ザザ……ザザザ……。


 耳奥でノイズが増え、

 別の景色が一瞬、視界の端に滲んだ。


 ビル群。

 アスファルトの道路。

 赤いテールランプの列。

 豪雨に煙る前世の街。


(……帰れる……?)


 一瞬、心が揺れた。


 ここじゃない、

 自分が元いた世界。


 事故で終わったはずの未来。


(もしかしたら……

 あの向こうへ……)


「ソーマさん!!」


 強く手を握られる感触。


 リュミの声が届いた。


「“今”を……捨てないでください!!」


「……っ!」


「ここにも、

 ソーマさんを必要としている人がいます!!

 わたしたちが……います!!」


 ソーマの視界の端から、

 前世の街の光景が、

 ゆっくりと滲んで消えていく。


(……そうだ……)


(帰れる“かもしれない”未来のために、

 “今ここで生きてる”仲間を捨てるなんて――

 俺には……できない……!!)


 ソーマは奥歯を噛み締め、

 耳奥の予報に向かって叫んだ。


「……悪い!!

 今は――“こっちの空”を守る!!」


 予報のノイズが、一瞬だけ静まる。


――ザ……ザァ……


 弱い声が混ざった気がした。


『……そうか……』


 それが誰の声なのか、

 ソーマには分からなかった。


 だが――

 揺れは“こっち側”へ完全に傾いた。


「リュミ!!

 全部――ここにぶつける!!」


「はい!!

 ソーマさんとわたしの揺れ、

 最大まで合わせます!!」


 二人の足元から、

 見えない“圧力”の波が立ち上がる。


 空の底と地の底を繋いでいた“境界”に、

 それが一気に叩き込まれた。


――ゴゴゴゴゴッ!!


 巨大な影の本体が震える。


――ギャアアアアアア!!!


 峠全体が揺れ、

 空と地がびしりとひび割れたような感覚が走る。


 ガルムが影の腕を押し返しながら吠える。


「今だソーマァァァ!!

 ぶち込めぇぇぇ!!」


「全部入ってるわよ!!

 こっちも限界よォォ!!」

 セシリアが悲鳴を上げる。


「境界、あと少しで“閉じる揺れ”に変わる……!」

 イサナが低く呟く。


「ソーマ。

 “鍵”、最後まで回して」


「分かったぁぁぁ!!!」


 ソーマは叫んだ。


「――――閉じろォォォ!!」


 世界が、一瞬だけ“無音”になった。


 風も。

 雷も。

 影の咆哮も。


 すべてが止まり――


――バキィィィィンッ!!!!!!


 空のどこかで、

 巨大なガラスが割れたような音がした。


 裂け目が白い光に満たされ、

 影の本体が内側へ引きずり込まれる。


――ギャアアアアアアアアアア!!!


 最後の咆哮が

 峠中に響き渡り――


――ドンッ!!


 空の底が、元の高さへ“はね上がった”。


 同時に、

 裂け目は一本の黒い線になり――

 それも、風に溶けるように消えた。


 沈んでいた峠が、止まる。


 逆流していた霊脈が、正常に戻る。


 重たかった空気が、

 ゆっくりとほどけていく。


「……終わった……?」

 ソーマが、膝から崩れ落ちる。


「ソーマさん!!」

 リュミが支える。


「ちょっ……

 ごめん……

 全力で……押しすぎた……

 頭……割れそう……」


「割れたら困ります!!」


「心配の方向が物理……!」


 ガルムもその場にどさっと座り込む。


「はぁぁぁぁ……!!

 腕が……肩から取れるかと思った……!!」


「取れたら困るわよ!!

 あんたの腕が一番頼りなんだから!!」

 セシリアもその場にへたり込んだ。


「ソーマ……」

 イサナが近づく。


「よくやったね」


「……珍しい……」

 ソーマが目を瞬く。


「今日初めて褒められた……?」


「別に褒めてない。

 “ちゃんと鍵として働いた”ってだけ」


「表現!!

 もうちょっと優しく言おう!!?」


「うるさい」


「ですよねぇ!!」


 空は、

 さっきまでの沈んだ気配が嘘のように

 澄んだ灰色に戻っていた。


 ただ――

 ほんの一瞬だけ、

 ソーマの目には“細いひび”のような筋が

 空の片隅に残って見えた。


(……傷跡……?)


 耳奥で、

 かすかなノイズが鳴る。


――ザ……ザ……


『……また……会う……』


 誰かの声。


 影の本体か。

 前の世界か。

 別の何かか。


 それは判然としないまま――

 ノイズごと、静かに消えた。


(……やっぱりこれで全部終わり、じゃないか)


 ソーマは、

 澄んだ空を見上げながら

 ゆっくりと息を吐いた。


「とりあえず……

 “今日の空”は、守れたな……」


 隣でリュミが微笑む。


「はい。

 ソーマさんのおかげで」


「俺だけじゃないって」

 ソーマは笑い返す。


「みんなで……だろ」


 ガルムが大きく笑い、

 セシリアはため息混じりに肩をすくめ、

 イサナは小さく頷いたような、頷いてないような顔をした。


 残滓峠の空は、

 ただ静かに揺らいでいた。

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