境界を喰らう腕
上位影の腕が――
空気ごと裂きながら
ソーマとリュミへ一直線に伸びる。
――ギギギギギィッ!!
「ソーマさん!!
避けて!!」
リュミの声が震える。
「無理だって!!
空間が歪んでんだよここ!!」
影の腕は、光を押しつぶすように迫ってくる。
「二人とも離れろ!!」
ガルムが斧を構えるが――
距離が遠い。
間に合わない。
◆
その瞬間。
――バチィィィィンッ!!!!
峠の奥から、鋭い雷光が一直線に落ちた。
雷は影の腕へ命中し、
腕全体が痙攣しながら吹き飛ぶ。
「……え?」
「……いまの雷……」
セシリアが呆然と呟く。
「私の魔法じゃない……!?」
「じゃあ誰が……?」
ソーマが峠の奥を見る。
◆
薄い霧が揺れ、
岩の上に“少女の影”が立っていた。
黒い外套。
赤いメッシュの短髪。
鋭い琥珀の瞳。
足首には古い枷痕。
小柄で、
しかし周囲の空気を支配するような静けさ。
その少女は杖を肩に担ぎ、
ふっとため息をついた。
「……空の匂いが、変だった」
まるで、
この異常が“自分を呼んだ”と言わんばかりに。
◆
ソーマは目を丸くする。
「き、君……誰……!?」
少女は首だけでこちらを見る。
「イサナ。
イサナ・ヴェルミリオ」
「名乗るのそこだけ!?」
ソーマが思わずツッコむ。
「他に言うことある?」
淡々と返され、ソーマは固まった。
(なんだこの子……
空気も会話も掴めない……!!)
◆
ガルムが走り寄る。
「おいお前!!
いきなり雷ぶっ放してきて……
助かったぞ!!」
「そう。よかった」
「よかったって……
お前、平然としてんな!!」
「生きるためにやっただけだよ」
(会話が……成立してるようで成立してない……!!)
◆
セシリアが警戒するように杖を構えた。
「ちょっと待って。
あなた……どうやって雷落としたの?
魔術反応が全然ないわよ」
「魔術じゃない」
イサナは足元を軽く叩く。
「《残影歩法》の“踏み込み雷”。
霊脈の隙間を踏むと、
たまに雷の層に触れる」
「霊脈の隙間……?」
ソーマが目を瞬く。
「うん。見えない“薄い線”みたいなやつ。
そこを踏むと、少しだけ場所を飛べるし、
雷も拾える」
「なにそれ!?
物理法則の負け!?
世界、ちゃんとして!!」
ソーマが叫ぶ。
「うるさい」
淡々と返される。
「う、うるさくない!!
正しく驚いてるだけ!!」
◆
イサナはソーマとリュミを見る。
「……あなたたち、
“空の底”を押し返そうとしてる」
「え!?
なんで分かるの……?」
ソーマが戸惑う。
「見たら分かるよ。
揺れが“反発してる”」
イサナは空を指差す。
「本来、空と地の揺れって“落ちる方向”が普通。
でも、あなたたちの揺れは逆。
“押し返してる”」
「リュミの同調と……
俺の残響予報の揺れが重なって――」
「重ねた揺れで“空を支えてる”んでしょ」
「支えるって単語が怖いんだけど!!
俺そんな大役やってんの!?!?」
「うるさい」
「うるさい多くない!?」
◆
上位影が、イサナに向かって赤い線の目を大きく開いた。
――ギギギィィッ!!
三本の腕を一気に伸ばす。
「イサナさん!!
危ない!!」
リュミが叫ぶ。
だがイサナは動かない。
「大丈夫」
上位影の腕が迫る。
――ギッ!!
瞬間、イサナは足元の“何もない空間”を踏んだ。
「《残影歩法》――
“雷層踏み”」
――バチィィッ!!
足元から雷光が噴き出し、
影の腕が爆ぜて飛び散る。
「な、なにそれ……!!
足元に雷……!?」
ソーマが口を開ける。
「たまたま。
雷の層があったから踏んだだけ」
「たまたまって言葉の使い方が怖い!!」
◆
イサナは杖を前に向け、
上位影を睨みつけた。
「……嫌な揺れ。
“外側”の匂いがする」
「外側……?」
ソーマの背中に冷たい汗が流れる。
イサナは淡々と続けた。
「あなたの揺れにも似てる」
「俺の……揺れ……?」
「うん。
“この世界の揺れじゃない”。
だから気づいた」
ソーマの心臓が跳ねた。
(外側……
“前の世界”の揺れ……?
この子は……それを感じ取ったっていうのか……?)
◆
イサナは杖を構え、
短く言った。
「ソーマ。
空、押し返せる?」
「……押し返してるよ!!
でもまだ足りない!!」
「じゃあ、押して。
その間の“敵”、全部斬るから」
「……!!
頼もしい!!」
「別に頼もしくないよ。
ただ――ムカついてるだけ」
「え……?」
「この影の揺れ。
“私の故郷の残り火”と同じだから」
その瞳は、
さっきよりもずっと鋭かった。
◆
イサナが前に出ると、
三本の影の腕が同時に襲いかかる。
「ガルム!!
セシリア!!
合わせるぞ!!」
ソーマが叫ぶ。
「おう!!」
「了解!!」
ガルムは斧で食い止め、
セシリアは雷壁で支え、
イサナは雷光で切り裂く。
その背後で――
ソーマとリュミは揺れを合わせ、
空の底を押し返し続けた。
◆
上位影が咆哮する。
――ギャアアアア!!
裂け目がさらに広がり、
巨大な“本体”が覗き始める。
「嘘だろ……
本体まだ出てなかったの……!?」
ソーマが青ざめる。
その奥から――
声が届く。
――『……来い……予報持ち……』
イサナが小さく呟く。
「やっぱり……
狙われてるの、あなた」
ソーマは拳を震わせた。
(なんなんだよ……
俺は……何を呼ばれてる……?)
裂け目の奥で、
影の本体がゆっくりと姿を現そうとしていた。




