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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第二章

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沈む峠、迫る影群

 空が唸る。

 山が沈む。

 風が逆流する。


 何ひとつ“自然の法則”として正しくない。


 残滓峠ざんしとうげは、

 まるで巨大な口を開けて

 下へ沈み込もうとしていた。


「冗談じゃねぇぞ……!!

 山が地面に沈むってなんだよ!!」

 ガルムが叫ぶ。


「ソーマさん……!

 魔力流まりょくりゅうが全部、

 “下方向”に吸われてます……!」

 リュミの声が震える。


「空気まで下がってる……

 峠の“空のそう”が裂けてるんだわ……!」

 セシリアが魔導具を強く握る。


『……聞け……』


 ソーマの耳奥に、

 またあの“誰とも知れない声”が入り込んだ。


(聞いてるよ……!

 でも具体的に何しろってんだよ!)


 裂け目の奥から――

 “影の大群”が押し寄せる。


 形を持ちかけたもや

 人のようで人でない痕。

 断片的な身体パーツだけの残滓ざんし

 ウジのように蠢く暗黒の筋。


「なんだこれ……

 全部“影主えいぬし”とは違う系統だ……!」

 セシリアが青ざめる。


「ソーマ!!

 敵のパターンを教えろ!!

 避難誘導の時みたいに!!」

 ガルムが斧を構える。


「パターンっていっても……

 こいつら“天気”とも“魔物”とも違う!!

 世界の外側の揺れだ!!」


「外側!? つまり外来種だ!!」

「めっちゃ怖い言い方するな!!」


 影の“波”が一気に押し出される。


「来る!!」

 ソーマが叫ぶ。


 ガルムが大斧を両手で振り上げた。


――ゴッ!!


 影の先陣を横殴りに吹き飛ばす。


「ガハハハ!!

 影だろうがなんだろうが殴れば消える!!」


「物理でいけるのお前だけなんだよ!!」


「ソーマ!

 そっちは任せる!!」

 セシリアが術式を展開する。


「《雷糸封らいいとふう》!!」


 細い青白い線が影群の前に張り巡らされ、

 侵入する影を一瞬で焼き払う。


「すっげえ!!」

「褒めてる場合じゃないわよ!!

 これ、次から次へと来るわ!!」


 リュミが両手を胸前で組み、

 強く集中する。


「“空の揺らぎ”、つかみます……!」


 彼女の背中の魔紋が淡く光り、

 周囲の魔力流の乱れを可視化し始めた。


「ソーマさん!!

 峠の“沈み込み”は、

 影の群れの中心――

 あの裂け目から来てます!!」


 ソーマは裂け目の中心を見る。


 先ほど“影”が立っていた場所。


 そこから、黒い靄が絶え間なく流れ出し、

 空と地面をねじ曲げながら吸い込み続けていた。


「じゃあ……

 あれを塞げば……!!」


「塞げるわけないでしょ!?

 空気の破れよ!?

 世界規模の現象よ!?!?」

 セシリアが絶叫する。


「理屈はあと!!」

「理屈が本業なのよ私!!」


 そのとき――

 影群の後方が、異様に揺れた。


 そして“新たな影”が姿を現した。


「な……!?」


 ソーマは目を見開く。


 ほかの影よりも大きい。

 輪郭もはっきりしている。


 それは――


「……人の形……?」

 リュミが息を呑む。


 だが、普通の人ではない。

 高さは二メートル近く、

 細長い身体で、腕がしなるように伸びている。


 顔は真っ黒で、

 中心にだけ赤い線が走っていた。


「おい……

 あいつ……ただ者じゃねぇぞ……」

 ガルムが低く唸る。


 セシリアの魔導具が警報を鳴らす。


「ヤバいヤバいヤバい……!!

 これ……“外来残滓がいらいざんし”最上位級よ!!」


「最上位!?」

 ソーマが叫ぶ。


「本来なら“王家直属の討滅隊”が動くレベル!!

 新人と半壊パーティが相手にする存在じゃないわ!!」


「半壊って誰が!!」

「昨日死にかけた奴全員よ!!」


「俺も含まれてるぅ!!」


 その“上位影”は、

 裂け目の前に立つと、

 ゆっくりと右手を上げた。


――ギ……ギギ……


 指が不自然にふるえ、

 空を押しつぶすような動作をした瞬間――


「……っ!!

 空が……沈む速度が上がった……!!」

 リュミの声が震える。


「おいおいおいおい!!

 空を押すな!!

 空は押すと沈むのかよ!!?」

 ソーマが絶叫する。


「押すんじゃない!!

 あれ、“呼吸”よ!!

 あの影――“空と地表の境界”を吸ってる!!」

 セシリアが青ざめて叫ぶ。


「呼吸ぅ!?」

「世界規模の呼吸しないで!!」


 影の奥で、裂け目が一気に広がった。


――バゴォォッ!!


 黒い風が吹き荒れ、

 影の群れがさらに加速する。


「ソーマ!!

 どうする!!

 なんか策!!

 策ねぇのか!!」

 ガルムが叫ぶ。


「策……!?

 策ねぇよ!!

 俺、こんな状況のマニュアル持ってない!!」


「じゃあ作れ!!

 今すぐ!!」


「できるかぁぁぁ!!」


 ソーマの耳奥が、

 再び激しく揺れた。


――ザザザァァ!!


(予報……!?

 いや……違う……

 これは……)


――『……聞け……

   “空の底”は……

   押し返せる……』


「押し返せる……?」


「ソーマさん!?

 どうしました!?」

 リュミが駆け寄る。


「“空の底”は……

 押し返せるって……

 今、声が……」


「押し返すって……

 空を……押し返すの……?」

 セシリアが目を丸くする。


「できるのかそんなこと!?」

 ガルムが叫ぶ。


 ソーマは裂け目の中心――

 “上位影”を見据えた。


(あいつが……

 空を押してるなら……

 逆に……押し返せば……)


 そのとき、

 耳奥にもう一つの言葉が加わった。


――『……“二つの揺れ”を合わせろ……』


「二つの……揺れ……?」


 ソーマは振り返る。


 リュミの背から光が漏れていた。


(……そうか……!

 予報みらいと、同調いま……

 “二つの揺れ”……

 それを合わせれば……!!)


 ソーマはリュミの手を掴んだ。


「リュミ!!

 俺と同調してくれ!!」


「ソーマさんと……!?

 できます!!」


「ガルム! セシリア!

 俺たちが“空を押し返す”!!

 その間、影を食い止めてくれ!!」


「任せろ!!」

「任されたわ!!」


 ソーマとリュミは

 正面の裂け目を見据え、

 同時に息を吸った。


 未来の揺れ――

 現在の揺れ――


 二つの波がゆっくりと重なる。


「いける……!」

「ソーマさん……!!」


 空の底が、

 その瞬間――


ほんのわずかに“上へ戻った”。

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