嵐のまえ――新たな任務へ
翌朝。
ソーマは早く目を覚ました。
まだ薄暗い部屋の窓から、王都の空が見える。
青ではなく――
かすかに紫がかった灰色を帯びていた。
(……変だ)
昨日までの谷と比べると、
明らかに“空の気配”がざわついている。
――ザ……ザザ……。
耳奥で揺れが走る。
(予報……?)
だが、アナウンスは流れない。
(……ノイズだけ……
こんなの……初めてだ)
胸騒ぎを抱えたまま、
ソーマは制服を整え部屋を出た。
◆
集合室に入ると、
ガルムが大きな欠伸をしていた。
「おはようソーマ……
今日も生きてるな!!」
「毎朝それ言うの?」
「おう!縁起がいいだろ!」
「いやだよそんな縁起!!」
隣ではセシリアが既に書類の山と戦っている。
「昨日の件、庁内だけで処理するって言ったけど……
処理量多すぎでしょ!!
なんで私が徹夜明けで書類やってんのよ!!」
「セシリア……
顔に“寝てない”って書いてる……」
ソーマが苦笑する。
「書いてないわよ!!
書かれてたら訴えるわよ!!」
「怖っ!!」
そんな中――
リュミがそっと部屋に入ってきた。
胸元に白い布を抱いている。
「リュミ、それ……」
「影の子……
少しだけ“形”がはっきりしてきたんです」
布をそっと広げると――
小さな影が丸くなって眠っていた。
昨日よりも輪郭が明瞭で、
揺れも穏やかだ。
「……安定してるな」
ガルムが目を細める。
「はい。
少しずつ……“生きている形”に近づいています」
「よかった……」
ソーマは胸をなでおろす。
(あのとき助けてよかった……
本当に……)
◆
重い足音が響いた。
「揃っているな」
レオン隊長が姿を見せると、
全員が姿勢を正す。
「昨日の件について、上層部への報告は完了した。
影の子は天象庁の“守護対象A”として管理される」
「守護対象A……?」
ソーマが聞き返す。
「庁外、特に“神殿”から守るべき対象だ」
セシリアが眉をひそめる。
「……やっぱり神殿はこの件に首を突っ込んできますか」
「影を“神の残滓”と解釈される危険がある。
奪われれば、間違いなく宗教利用される」
リュミが少し震える。
「わたし……気を付けます」
「リュミ。
お前だけの責任ではない。
守るのは――我々全員だ」
隊長の言葉に、
チーム全員がうなずく。
◆
隊長は机に一枚の書類を置く。
「本題だ。
今日からお前たちには――
“魔力嵐の前兆調査任務”に就いてもらう」
「ま、魔力嵐……!」
ソーマの背筋が凍る。
「この王都の北西。
残滓峠の気配が急速に乱れ始めた。
空気の揺れが大規模すぎる」
「つまり……
大きな“嵐”が来る可能性があるってことですね」
セシリアが引き締まった声で言う。
「その通りだ。
王家も神殿も動き出す前に、
我々が先に“実態”を掴む必要がある」
隊長はソーマの正面に立つ。
「ソーマ。
お前の《残響予報》は
この任務の中心になる。
……頼りにしているぞ」
「……っ!!」
「ま、まあ頑張れよソーマ」
ガルムがにやりと肩を叩く。
「今日のソーマは“縁起がいい”からな!!」
「いやだからそれ言うのやめろって!!」
「ソーマさん」
リュミがそっと近づく。
「わたしも同調で支えます。
一緒に、未来を見ましょう」
「……うん」
◆
出発準備中、影の子が僅かに揺れた。
「……あ」
リュミが布を見つめる。
「どうした?」
ソーマが覗き込む。
「いま……“声がした”気がします」
影の子の中心に、
淡い光が集まっていた。
昨日より明確な揺れ。
「これ……“核”が生まれてるわ」
セシリアが目を見開く。
「生き物としての中心。
形を保つための“心臓”みたいなものよ」
リュミが小さく微笑む。
「……よかった」
「この子……
きっと、ちゃんと生きられるよ」
ソーマが言う。
「はい。
ソーマさんが助けてくれましたから」
「いや、俺だけじゃ……」
「じゃあ何?ソーマは自分の手柄を譲るタイプ?」
セシリアがくいっと眉を上げる。
「なんで喧嘩売られてんの俺!!」
「今日も元気だな、お前ら!!
縁起がいい!!」
ガルムが笑う。
「縁起って言うなぁぁ!!」
◆
レオン隊長が出口で振り返る。
「目的地は《残滓峠》だ。
――魔力嵐が本格化する前に、
原因を掴むぞ」
「了解!!」
チームは一斉に駆け出す。
影の子は庁の保護部隊へ預けられ、
静かに眠っている。
◆
王都を離れた直後――
――ザ……ザザッ!!
ソーマの耳奥が激しく揺れた。
――『低気圧が急速に発達……
広域警戒が必要です……
強い風と雷……
“局地的な落下現象”に注意……』
「落下現象……!?
聞いたことない……!!」
――『……そして……
空の底が開きます』
「空の……底……?」
意味は分からない。
だが胸の奥が、本能的に警鐘を鳴らす。
(これは……
ただの嵐じゃない……!!)
ソーマは空を見上げた。
王都の西――
残滓峠の空が、ぐにゃりと沈んでいた。
(……始まる……!!)
「行こう……!
俺たちの“次の未来”が待ってる!」
風を切り、
四人は峠へ向かった。
――――1章 完――――




