影を抱く者――それぞれの夜
王都レウェンに戻ったその夜。
天象庁本部の区画は、
いつもより慌ただしく、しかし不思議と静けさを含んでいた。
ソーマたちは簡易医療室に案内され、
影の子は中央の結界台の上に安置されている。
月の光が差し込む薄暗い部屋で、
影の子の輪郭は淡い揺れを保ちながら眠っていた。
「……ほんとに、眠ってるだけなんだよな」
ソーマがそっと言う。
「はい。
“怖さ”が少し薄まったのでしょう」
リュミが影の子のそばに座る。
セシリアは魔導具を操作しながら、
珍しく穏やかな表情だった。
「……信じられないわね。
こんな存在が“安定”するなんて」
「お前だって、今日だけで
人生で一番信じられないこと経験しただろ」
ガルムが笑う。
「ええ。
“あんたがまだ生きてること”とかね」
「おい!!?
そこツッコミどころじゃねぇ!!」
ソーマは苦笑しながら、
影の子のほうへ視線を戻した。
(……生きる、か)
あの白層の世界で交わした声が、
まだ胸に残っている。
『……たすけて……』
『……ありがとう……』
(あの声が……ちゃんと“ここに”残ってる)
◆
影の子は結界台の上で静かに呼吸をするように揺れ、
ソーマたちはそれぞれ束の間の休息を取ることになった。
「ソーマさん。
せっかくだから、少し休みましょう」
リュミが椅子を引く。
「いや……俺はまだ大丈夫だよ。
ガルムほどタフじゃないけど、それなりには」
「なに?俺のタフさに嫉妬してんのか?」
「してねぇよ!!」
「二人とも静かにして。
影の子が起きちゃうでしょう?」
セシリアが眉をひそめる。
「いや、起きるのか……?
これ……眠るって概念あるのか……?」
「ソーマさん」
リュミが笑う。
「“人らしさ”を認めてあげるの、大切ですよ」
「……そっか」
(姿が安定しはじめた今、
この子はもう“影主の欠片”じゃなくて……
一つの存在なんだ)
◆
ドアが軽くノックされた。
「レオン隊長……?」
ソーマが振り返る。
隊長は静かに室内へ入り、
影の子を一瞥したあと、深く息をついた。
「……よく守ったな」
「隊長……」
「天象庁の中でも、この件は極秘だ。
王家にも神殿にも、まだ知らせない」
「そんなこと……できるんですか?」
「できるさ。
“知らせない方が国家のためになる”こともある」
隊長は影の子へ近づき、
その揺れを確かめるように静かに言った。
「……この子は、お前たちの手柄だ」
「隊長、なんか……今日優しくないですか?」
ソーマが小声でガルムに囁く。
「おい聞こえてるぞ」
「すみません!!!」
隊長は苦笑し、
そして一言だけ言い残した。
「明日――正式に“次の任務”に就いてもらう。
覚悟しておけ」
「次……」
ソーマの胸が高鳴った。
◆
夜の王都は、静寂の中に
かすかに霊脈の輝きを宿していた。
各自の部屋に戻るころ、リュミが隣を歩いてくる。
「ソーマさん」
「ん?」
「今日は……すごく、すごく……
お疲れさまでした」
「いや……リュミも、めっちゃ頑張ってたよ。
俺なんかよりずっと落ち着いてたし」
「落ち着いてなんて……
本当は怖かったですよ。
でも……あなたがいたから……
迷いませんでした」
「……俺も、同じだよ」
リュミは少しだけ頬を赤くした。
「明日から……きっと、
もっと大変になりますね」
「うん……たぶんね」
「でも……
あなたと一緒なら、きっと大丈夫です」
「俺も……そう思う」
静かな廊下に、
二人の影が並んで伸びていく。
◆
自室に戻ったソーマはベッドへ倒れ込み、
天井を見つめる。
「……まだ一日目の新人なんだけどな俺……」
自嘲気味に笑ったその瞬間――
――ザ……ザザァ……
「っ……!」
耳奥に、
長らく沈黙していた《残響予報》が揺れた。
今までとは違う、
深く、澄んだ揺れ。
(まさか……)
――『……明日午後、
低気圧が急速に発達し……
広域で“魔力嵐”の予兆――』
「……また来た……!」
ソーマは飛び起きた。
(昨日の“沈黙”が嘘みたいだ……
これは……新しい揺れだ)
予報は途中で途切れ――
――ザ……ッ。
そのあと、
微かな第二声が混ざった。
『……声を、聞け……』
「……え?」
誰の声か分からない。
予報のアナウンスでもない。
残滓の子の声でもない。
(……誰だ……?)
揺れはそれきり消えた。
◆
ソーマはゆっくり息を吐く。
(影主の件が終わったばかりなのに……
明日からまた動くのか……)
だが、不安だけではない。
胸の奥に確かな手応えがあった。
(……俺でも、守れるんだって……
あの谷で分かった)
布団の上で拳を握り――
そっと目を閉じる。
「……よし。
明日も、生き残るぞ」
王都の夜は静かに深まり、
新しい“嵐”の予兆だけが、
ソーマの意識に残った。




