報告と波紋――王都へ帰還
白い霧が完全に消えたあと――
残滓の谷は、嘘のように静かだった。
揺れていた大地は落ち着き、
空の色も“普通の灰色”に戻っている。
「……終わったんだよな?」
ガルムが斧を肩に担ぎながら言う。
「たぶん……終わりました。
谷の揺れが安定しています」
リュミが頷く。
セシリアも魔導具で周囲を確認し、
「残滓濃度も低下してる……
影主の核が消えたことで、
この谷の“歪み”がほぼリセットされたのね」
「よし、帰ろうか……
俺もう足ガクガクなんだけど……」
ソーマがふらふらと立ち上がる。
「お前は毎回限界まで頑張りすぎなんだよ」
「ガルムは毎回元気すぎるんだよ!!」
◆
帰り道は、行きとは比べものにならないほど歩きやすかった。
波打っていた大地は平らになり、
空気のざらつきも薄れている。
「この谷……
本当に“落ち着いた”んだね……」
ソーマが呟く。
リュミは胸元を見る。
影の子は、
リュミの腕に包まれたまま小さく揺れていた。
先ほどまで不安定だった輪郭は、
今は“少しだけ暖かさ”を帯びている。
「……眠ってますね」
リュミが微笑む。
「……この子、どうなるんだろうな」
ソーマがぽつりと言う。
「世界に馴染むまでは時間がかかるでしょうけど……
“生きよう”としています。
それだけで十分ですよ」
「……ああ。
よかった……」
◆
王都へ戻る途中、
ルードが何度も振り返ってはメモを取っていた。
「はあ……はぁ……
“半消失領域”の安定化なんて、
記録残ってませんでしたよ……!
すごい……すごすぎる……」
「いや、すごいのはソーマたちよ」
セシリアが肩をすくめる。
「俺は最後ほぼ走ってただけだぞ」
「走れる時点で化け物なのよあなたは!」
「褒められてる気がしねぇ!」
いつもの掛け合いが戻ってきた。
ソーマは思わず笑ってしまう。
(……あぁ……帰ってきたんだ)
◆
そして――
王都レウェン北門が、ついに見えた。
門の前には既に天象庁の部隊が待機しており、
見慣れた人物が一歩前へ出た。
「戻ったか」
レオン隊長だ。
「レオン隊長……!」
ソーマが駆け寄る。
「無事で何よりだ。
……本当に無事か?」
「えっと……
まあ、死にかけましたけど無事です!」
「死にかけるな」
「そこは“よく頑張った”とか言って!!」
レオン隊長は深い溜息をついたあと、
少しだけ口元を緩めた。
「よくやった。
――本当に、よく戻った」
「……っ!」
その一言は、
ソーマの胸に重く響いた。
◆
「それで……報告を聞かせてもらおう」
レオン隊長が促す。
ソーマは谷で起きたことを順に説明した。
影主の出現。
影の子。
白層への落下。
ふたつの声。
そして――“選択”。
説明を終えたころには、
隊長だけでなく周囲の職員も静まりかえっていた。
「……影主を“言葉”で止めた、だと?」
レオン隊長が驚愕の表情で言う。
「まあ……たまたま……?」
「たまたまで済む規模じゃないわよ!!!」
セシリアが即ツッコミする。
「予報持ち(よほうもち)の能力……
やはり規格外だな……」
レオン隊長は腕を組む。
そのとき――
「その子……」
リュミの腕の中の“影の子”に気づいたのは、
隊長の隣にいた天象庁医療班だった。
「これは……生体反応があります!
でも魔力構造がまったく読めない……!」
「当然よ。
異世界残滓に近い構造だもの」
セシリアがきっぱり言う。
「どうしますか隊長……
この子……」
レオン隊長はしばし黙り込み――
そして決断した。
「保護する。
――天象庁の庇護下に置く」
その返答に、
ソーマもリュミもほっと息をついた。
「ただし」
隊長の目が鋭くなる。
「この件はまだ“王家”も“神殿”も知らない。
全て我々で処理する。
……特に“神殿”には絶対に悟らせるな」
「そ、そんな危険なんですか……?」
ソーマが尋ねる。
「影主の欠片……?
神殿がその意味をどう解釈するか分からん。
巫女絡みの“神託”にして奪う可能性もある」
リュミが小さく身を縮めた。
「じゃあ……」
セシリアが続ける。
「ソーマたち四人は――
事の全容を知る“最初の観測者”になったわけね」
「そ……そんな大役……?」
ソーマの声が震える。
「大役だ。
だからこそ――守れ」
レオン隊長は
影の子をそっと見下ろした。
「この子も、
お前たち自身もだ」
その一言に、
仲間全員が小さくうなずく。
◆
その帰り道。
王都の夕暮れは美しく、
空は淡い赤色に染まっていた。
ソーマは歩きながら、
胸の奥のわずかな疼きを感じていた。
(……“影主の欠片”……
あれは本当にこれでよかったのかな……)
『……ありがとう……』
ふと耳奥で響いた、あの小さな声。
(……うん。
あれが答えだ)
隣ではリュミが
大切そうに影の子を抱きしめている。
「ソーマさん」
「ん?」
「……おかえりなさい」
「……ただいま」
その言葉に、
ソーマはようやく“戻ってきた”実感を得た。




