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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第一章

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影主――谷に潜むもの

 黒い亀裂が大地を舐めるように広がった。


――ピシ……ピシィ……


 周囲の霧が吸い込まれるように揺れ、

 空気の温度が急速に“下がっていく”。


「……まずい……」

 セシリアが青ざめて言う。


「この温度の落ち方……

 ただの魔物じゃない……」


「分かるぞ……」

 ガルムが斧を肩に担ぎ、前へ踏み出す。


「これ、絶対ヤバいやつだ」


「語彙ぃ!!」

 ソーマのツッコミが谷に響いたが、

 本人も震えていた。



 黒い亀裂はついに“形”を持ちはじめる。


 影の霧が凝縮され、

 骨のような線が浮かび、

 人のようでも、獣のようでもない縦長の輪郭をつくる。


 一行は息を呑んだ。


「……なんだ、あれ……」

 ソーマが声を失う。


 亀裂の奥――

 影が、ゆっくりと腕に似たものを伸ばし始めた。


「形が……定まってない……」

 セシリアが眉を寄せる。


影核えいかくが無数に混じって――

 ひとつの“かたまり”に……」


「ってことは……合体した魔物って感じ?」

 ソーマが震えながら言う。


「合体……?」

 ガルムが考える。


「つまり……“でっけえ雑煮”だな!」


「例えを料理にするな!!!」

 セシリアが即ツッコミを入れた。


「雑煮って影の気配じゃないですよ……」

 リュミの控えめな補足が刺さる。


「二人して冷静に刺してくるのやめて!!

 怖がる余裕なくなるから!!」



 そんな掛け合いをしている間に――

 “影主えいぬし”は完全に姿を整えた。


 それは“白い膜”をまとい、

 体の中心には黒い“穴”のような核が脈動している。


 真っ黒でも真っ白でもなく、

 世界の継ぎ目がそのまま化け物になったような存在。


「……っ」

 ソーマの耳奥が震えた。


――ザザザァ……ッ。


 明らかに、

 今までの“影の子の声”とは違う揺れ。


 深く、重く、刺すような気配。


『……返せ……』


 低い声が、谷全体を震わせた。


「返せ……?」

 リュミがぎゅっと影の子を抱きしめる。


 その瞬間、影主の核がぐにゃりと歪む。


『……返せ……

 おれの……“かけら”……』


「お前の……欠片……?」


 ソーマは背筋が凍るのを感じた。


(まさか……

 リュミが抱えてる“影の子”って……

 この影主の一部――?)


「ソーマさん……」

 リュミが不安げに見つめる。


「この子の揺れが……

 急に荒れています……!」


『……戻れ……』

『……おれの……部分……』


 影主の声と、影の子の震えが同時に重なり――


――空間が悲鳴を上げた。



「くそ……まずい……!」

 セシリアが歯を食いしばる。


「このままだと、

 影主が暴走して《谷》そのものが崩壊する!」


「崩壊……!?」

 ガルムが身構える。


「影主は自分の“欠片”を取り戻そうとしてる。

 でも、欠片は半分“別の世界”の情報を持ってる……

 混ざったらどうなるか分からない!」


「そんなの……渡せるわけないだろ!!」

 ソーマが叫ぶ。


(この子……助けを求めていた……

 渡したら絶対に壊される……!)


『……かえ……せ……』


 影主の声が濁る。

 谷が鳴動する。


――ゴゴゴゴ……!!


 足元の大地がうねり、

 霧が渦を巻く。


「ソーマ、決めろ!!

 どうする!!」

 ガルムが叫ぶ。


「どうするって……

 どうやったら助かるかなんて分かんないよ!!!」

 ソーマが泣きそうな声で返す。


 だがそのとき――


 リュミが静かに言った。


「……ソーマさん。

 たぶん、選べます」


「選べる……?」


「ええ。

 “この子を渡す未来”と“守る未来”……

 あなたの《予報よほう》が沈黙したのは……

 どちらにも転ぶ“大きな分岐”だからです」


「どっちに転んでもおかしくないから……

 予報が出なかった……?」


「はい……

 だから今は――

 ソーマさんの選択が“未来”を決めます」


 影主が一歩、近づいた。


――ドロ……ッ……


 白い膜が地面に垂れ、

 触れた大地が音もなく消える。


 影主の核が脈打つ。


『……かえせ……

 おれの……かけら……』


 影の子が震え、

 リュミの腕にしがみつく。


『……たすけて……』


 二つの声が重なり――

 ソーマの胸の奥を刺す。


(……選べって……

 こんな状況で……!?)


「ソーマ!」

「ソーマさん!」

「ソーマ!!」


 仲間たちの声が重なる。


 ソーマは歯を食いしばった。


「……選ぶよ……!!」


 影主の核が揺れ、

 谷全体が沈む。


(絶対……間違えられない……!!)


 ソーマは影主を真っ直ぐ見据え――


 自分の未来を、初めて自分で選んだ。

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