崩落――世界が裏返る瞬間
真っ白な光が爆ぜ、
音が消えた。
世界が“息を止めた”ような静寂。
次の瞬間――
床だったはずの白層が、
ぱきん、と氷のように割れた。
「やばっ……!!
リュミ、掴まって!!」
ソーマが叫ぶ。
リュミはソーマの手をしっかり握り返しているが、
その足元はぐらぐらと沈む。
「ソーマさんっ……!!
足場が……!!」
「大丈夫、まだ“落ちてない”!!」
そう言いながらも、
白層は次々に裂けていく。
――パキ、パキパキパキィィ!!
響きは空間全体に広がり、
白い世界が“瓦解”していく。
◆
ソーマは腕に抱えた“影の子”を確認した。
子どもは形を持たない影の輪郭に近く、
小さな体を丸めて震えている。
『……さむい……さむい……』
『……こわい……おちる……』
(大丈夫……まだ助けられる……)
そう言い聞かせようとした瞬間――
――ビシィィィ!!!
頭上からも“白い天井”が割れた。
「上も割れるの!?!?」
「ソーマさんっ、早く……!!」
リュミが必死に叫ぶ。
白い破片が雨のように降り注ぎ、
触れるとふわりと霧のように消える。
それなのに、なぜか“質量”を感じる。
まるで夢が壊れていくようだ。
◆
『戻れッ!! 二人とも!!』
鋭い声が響く。
ソーマは振り返ったが、姿は見えない。
声が、どこから来ているのか分からない。
「誰だ……!?
さっきから警告してくる声……!」
ソーマが叫ぶ。
『ここは“死層”だ!!
生きた者が長くいれば、魂が摩耗する!!
早く出ろ!!!』
「死層……って……
魂まで削られるってこと?」
リュミの顔が青ざめる。
『その子を連れていくな!!
“落ちかけたもの”は世界を歪める!!』
「落ちかけたもの……?」
ソーマが顔をしかめる。
『その子は“どちらの世界にも属していない”!!
そのまま持ち帰れば――
どちらかが崩れる!!!』
ソーマの心臓が止まりかけた。
(……どちらかが……崩れる……?
アステリアか……
前世の世界か……)
影の子は震えながら、
小さな声で囁いた。
『……ひとりに……しないで……』
「っ……!」
(どうすれば……
この子を見捨てれば……助かる……?
でも……見捨てられるかよ……!)
逡巡している間にも――
白層は崩れ続けていく。
◆
ガンッ!!!
白い床の破片が大きく裂け落ちた。
「ソーマさん!!」
リュミが叫ぶ。
ソーマは覚悟を決めた。
「……リュミ。
この子、抱えてて」
「わたしが……?」
「俺が前に出る。
出口を探す……!!」
「……はい!!」
リュミは震える影の子を胸に抱きしめ、
その手でそっと包む。
「大丈夫……大丈夫ですよ……
もう寒くないから……」
その優しい声に、
影の子の揺れがわずかに落ち着いた。
(よし……いける……)
◆
ソーマは耳奥の揺れに意識を集中させた。
雑音は混ざっているが、
微かに“出口の揺れ”がある。
(……南東……!)
「リュミ、こっち!」
「分かりました!」
二人は崩れる白層を走る。
足元が沈む。
空間が波打つ。
視界が歪む。
白い世界が“音もなく崩落していく”なか――
二人は呼吸の音すら失いながら突き進んだ。
◆
裂けた壁の向こう――
淡い青の光が見える。
「出口……!」
ソーマの声が震える。
『来るな……!!
戻れ……!!』
警告の声が響くが――
ソーマは振り返らなかった。
『……いっしょ……
いっしょ……』
影の子が、リュミの胸の中で小さく震える。
(そうだ……一緒に帰るんだ……)
「リュミ!!
飛ぶぞ!!!」
「はいっ!!」
そして――
二人は青の光へと飛び込んだ。
◆
光が弾けた。
白層が、背後で完全に崩落する。
――――バキィィィンッ!!!
(間に合った……!?)
重力が戻り――
ソーマたちは、現実の大地に叩きつけられた。
ドサッ!!
「いっっったぁぁぁぁ!!!」
ソーマが派手に転がる。
「ソーマさんっ!!
大丈夫ですか!!?」
リュミが慌てて駆け寄る。
「俺は全然大丈夫じゃない!!
背中砕けたかもしれん……!!」
「いや、砕けてはないだろ」
ガルムの声が頭上から降りてきた。
「お前……!!
生きてた!!」
「お前が勝手に落ちてったんだろうが!!」
セシリアも息を切らしながら歩み寄る。
「まったく……!
何回死にかければ気が済むのよアンタ!!」
「いや、俺だって好きで落ちたわけじゃ……!」
そんな騒ぎの中で――
「……あ……」
リュミが腕の中を見た。
影の子が、
まだ小さく、弱々しく揺れていた。
光にあてられ、
姿が少しだけ“明確な輪郭”を持ち始めている。
「……この子……
本当に……落ちかけてた……」
ソーマは息を呑んだ。
(助けることはできた……
だけど……本当にこれでよかったのか……?)
そのとき――
――ザザ……ザ……ッ。
耳奥に最後の揺れ。
『……ありが……とう……』
弱い、温かい声だった。
ソーマは拳を握った。
(……救えてよかった……)
だがその直後――
谷の奥から“異様に冷たい風”が吹いた。
「っ……なに……!?」
リュミが肩を震わせる。
「……影の気配が……濃くなってきてる」
セシリアが顔を上げた。
ソーマの耳奥にもはっきり聞こえる。
――ザ……ザザァ……。
声が変わった。
さっきまでの弱い声ではなく、
圧のある、低い揺れ。
(……誰だ……?
誰か……“別の存在”が……)
その直後――
谷の中央から、黒い亀裂が音もなく走った。
――ピシ……ピシィッ……!!!
ガルムが斧を構え、低く唸る。
「……来るぞ」
影の“主”が、ようやく姿を表そうとしていた。




