影の白層――落ちかけたもの
光の裂け目へ踏み込んだ瞬間――
重力が逆さに落ちた。
「っ……!」
足元の大地が遠ざかり、
空が下に沈む。
「ソーマさん、しっかり……!!」
リュミが強く腕を掴んだ。
白い光に包まれ、
方向も距離も匂いも――
すべてが曖昧になる。
(ここ……空間そのものが崩れてる……!)
――キィィ……ン……
金属がきしむような音だけが、
どこからともなく響いた。
◆
やがて、光が薄れ――
二人は“柔らかい何か”の上に落ちた。
ふわっ。
「うわっ……!?
リュミ、大丈……っ!」
ソーマの腕の中にリュミが倒れ込む形になり、
リュミの髪がソーマの胸元にふわりと落ちる。
「す、すみません……」
「いや、こっちこそ……!」
二人は慌てて離れたが、
周囲を見渡すと、息をのんだ。
◆
そこは――
“白い空だけ”の世界だった。
地面も空も区別がなく、
空気がふわりと白い粒子になって漂っている。
上下の感覚が曖昧で、
歩いているのに沈んでいくような錯覚。
「……ここ……世界の裏側……」
リュミが小さく呟く。
「裏側……?」
「空の層が薄くなったとき、
その“裏打ち構造”が露出すると言われています。
《白層》……」
「空の……内面……みたいな?」
「はい。
本来は絶対に“見えない”場所……」
――ザ……ザザ……。
耳奥が揺れる。
今までより、ずっと近い。
『……みつけて……
ここだよ……』
「近い……!
すごく近い……!」
ソーマは声の方向を探る。
すると、白い空間の一角が“しみ”のように黒ずみ、
そこだけ形を持ちはじめた。
「あれ……?」
黒いしみは、
徐々に“影の塊”として形を作る。
人型……だが未完成。
靄のように体が揺れている。
そこから、弱々しい声が落ちた。
『……さむい……
ひとり……
いたくない……』
リュミが息を呑む。
「……子ども……?
声が……幼い……」
「いや……違う。
声は子どもでも……
中身は“子どもの残滓”じゃない……」
ソーマの耳には――
声とは別に“不自然な揺れ”が混じっていた。
(これは……
人の揺れじゃない……
もっと……世界の“層”が砕けたみたいな揺れ……)
『……さむ……
おちる……
おちる……の……』
「落ちる……?」
リュミが震える声で言った。
「ソーマさん……
この子……“この世界に落ちきってない”んです」
「じゃあ……
どこから……来たんだ……?」
ソーマの耳が、はっきりと反応した。
――ザザ……ザ……ッ。
白い空のさらに奥――
薄い“膜”の向こうから
別の周波数が微かに響く。
ソーマの胸が跳ねた。
(この揺れ……知ってる……
前世の……世界の……)
「ソーマさん?」
リュミが不安げに覗き込む。
「……この“影の子”……
もしかしたら――」
言葉の続きを出そうとした瞬間――
――ガッ!!
白い空間に“ひび割れ”が走った。
「!!?」
リュミがソーマの腕にしがみつく。
「空が……割れた……!?」
ソーマが叫ぶ。
そこから――
もうひとつの声が響く。
『――戻れ!
ここは“死層”だ!!』
「死層……?」
「死層って何ですか……!?」
リュミが怯えてソーマの背に隠れる。
「知らない!!
俺もここ初めて!!!」
ソーマの声が裏返る。
ひび割れがさらに広がる。
白い破片が舞い散り、
空間がごうっと吸い込まれる。
『戻れ!!
お前たちは“まだ間に合う”!!』
「お前たち……?」
ソーマは眉をひそめる。
(この声……
俺とリュミのことを言っている……?
なら、さっきの“子どもの声”は……?)
影の子が、か細い腕を伸ばした。
『……こわい……
おいて……いかないで……』
その瞬間――
白層がぐらりと“沈んだ”。
「やば……!!
リュミ、掴まって!!」
ソーマはリュミの手を強く握り、
影の子へ一歩踏み出す。
(――間に合うか……!?)
「ソーマさん、危険です!!」
リュミが叫ぶ。
だが――
『……たすけ、て……』
弱い声が、
確かにソーマの耳を震わせた。
「……ああ、もう!!!」
ソーマは――
影の子の腕を掴んだ。
――――その瞬間。
空間が真っ白に弾け飛んだ。




