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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第一章

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残滓の谷――境界が崩れる音

 境界帯きょうかいたいの裂け目を越えると――

 空気が変わった。


 “冷たい”でも“重い”でもない。

 ただ、静かすぎる。


 音が全て、

 どこか遠くに吸い込まれていくような感覚。


「……ここ……谷の“入口”だと思います」

 リュミが震える声で言う。


 霧が淡く光っている。

 白とも銀ともつかない色。


 足元の地面は……地面ではなかった。


「なにこれ……床が……“波”みたいに揺れてる……」

 ソーマが、そっと踏みしめる。


 ぼん……。


 大地が、ほんの僅かに沈んで跳ねた。


「……これ、やっぱり大地が疲れてない……?」

「だからその表現やめろって!」

 ガルムがすかさずツッコミを入れる。


「でも“疲れた世界”って言われてる場所ですし……」

 リュミは控えめにフォロー。


「フォローになってねぇええ!!」

 ソーマが両手で頭を抱えた。



 谷の奥へ進むほど、

 霧が幻灯げんとうのように揺れ始めた。


 まるで誰かが“記憶の断片”を垂れ流しているかのように。


 ぼやけた街並み。

 聞いたことのない言語。

 小さな笑い声。

 雷鳴。

 人影。

 そしてすぐに霧散する。


「……これ……全部“別の世界の残滓ざんし”ですね」

 リュミが言う。


「うわ、さっきの光の中に子どもみたいな影が見えたが……」

 ガルムが背筋を伸ばす。


「見ちゃダメよ」

 セシリアが短く言った。


「え、なんで?」

「残滓の“記憶片きおくへん”に引っ張られると――

 戻ってこられなくなるから」


「……ちょ、怖いのさらっと言わないで……」

 ソーマが泣きそうな声になる。


「でも実際そうなんだもの」

「せめて優しい言い回しで……!」


「お花畑に吸い込まれちゃう感じ?」

「それはそれで怖い!!」



 さらに奥へ進むと、

 霧が急に、ぱたりと止んだ。


 空気が凍りつく。


「……風が……止まった……?」

 リュミが眉を寄せる。


「やばいな、この“完全無風かんぜんむふう”……」

 セシリアも即座に魔導具を構えた。


 ソーマの耳奥がざらつく。


――ザ……ザザァ……。


(……来る……)


 微弱な雑音が、急に明瞭になる。


――ザ……キィ……ィィ……


「っ……!」

 耳が刺さるような痛み。


「ソーマ!?」

 ガルムが素早く支える。


『……おち……て……ない……

 まだ……ここ……』


 声だ。

 昨日の影の“残った部分”の声。


 だが、今回は違う。


『……くるな……

 きけ……

 きけ……!』


「え……?」

 ソーマの顔色が変わる。


「どうしたのソーマさん!?」

 リュミが焦って肩を掴む。


「声が……違う……

 “来ないで”って……言ってる……!」


「来んなって!?

 呼んでおいて!?」

 ガルムが怒る。


「いや……多分……“呼んでる何か”と

 “警告している何か”が別……!」


「別?」

 セシリアの表情が強張る。


 ソーマは震える声で続ける。


「“呼んでた声”は弱くて……子どものようで……

 “今の声”は……もっと硬い……別物だ……!」


 風が――吹いた。


 谷の奥から、冷たい風がひと筋だけ。


 その風に、黒い“線”が混じっていた。


「……ひび割れ……?」

 リュミがつぶやく。


 風に乗って、空間が

 “音を立てて裂ける”。


――ピシ……ピシィ……!!


「裂けたぁぁぁ!!?」

 ソーマの悲鳴が谷に響く。


「影の裂け目……!?

 こんな浅いそうに!?」

 セシリアが青ざめる。


「危ねぇ!!

 構えろ!!」

 ガルムが前に出る。


 裂け目の奥は――暗くない。


 白い。


 まるで“白い空”が裏返ったような光景。


 その中から、

 ひとつの影がゆっくりと浮き上がる。


「……あれは……」

 リュミが震える声で言う。


 ソーマの耳奥が強く反応する。


――ザザザザ――!!


(……これ……

 昨日の……)


 影はふらふらと揺れ、

 白い光を滴らせながら――


 こちらへ手を伸ばした。


『……みつけて……

 さむい……

 いき……たい……』


 弱々しい、子どもの声。


 同時に――


『――近寄るな!!』


 鋭い大人の声が重なった。


「二つ……同時に……!?」

 ソーマが叫ぶ。


「ダメ!! ソーマさん、下がって!!」

 リュミが腕を引く。


 影の“子どもの声”は懇願し、

 “もう一つの声”は拒絶する。


 その矛盾が空間を揺らし、

 裂け目がさらに広がる。


――ピシィィィン!!!!


「まずい!!」

 セシリアが叫ぶ。


影核えいかくが暴走する!!

 離れて!!」


 だが――


 ソーマは耳にまだ残る声を聞いた。


『……たす……けて……』


 弱々しく、震えた、小さな声。


 それは――

 完全に崩れゆく世界の隙間からの“最後の声”のように聞こえた。


(……助けなきゃ……)


(あれは敵じゃない……

 本当に“迷って落ちてきた”だけだ……)


「ソーマ!!!」

 ガルムが叫ぶ。


「行くな!!

 落ちたら戻れねぇぞ!!」


(でも……

 あの声を無視したら……)


 ソーマは拳を握りしめた。


(――未来は、きっともっとひずむ)



 影の裂け目の前。

 世界が揺れ、足元が波打つ。


 ソーマは息を吸い――


「……大丈夫。

 “落ちきってない”なら……

 まだ間に合う」


 一歩、踏み出そうとした瞬間――


 真横から手が伸びた。


「待ってください、ソーマさん」


 リュミが強く、手を握っていた。


「……一緒に行きます」


「リュミ……」


「あなた一人で“未来”を抱えこませない。

 私の《同調どうちょう》は、

 “あなたの声”を導くためにあります」


 風がふわり、と二人を包んだ。


「……っ」

 ソーマの胸の奥が熱くなる。


「なら……行こう」


「行くなぁぁぁぁ!!!」

 後ろでガルムの悲鳴が響いた。


 セシリアも叫ぶ。


「アンタら!!

 勝手に感動しないで!!

 まだ状況最悪よ!!!??」


 だが、もう動き出していた。


 二人は手を繋いだまま、

 裂け目の光へ――


 世界の“継ぎ目”の最深へ――


 踏み込んだ。

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